天理
アレックスに促されるまま、俺は仕方なく座りなおした。
「…アレックス、お前も…異世界人、なのか?」
俺は恐る恐る、隣の男へ問う。
「お前も、ってことはゴブリン君はそうなんだな?」
「俺は…そうだ。気付けば、この世界に居た」
「気付けば?いや、なるほど。召喚されたわけじゃなく…こりゃ珍しい」
意味ありげに、アレックスは笑った。
「ゴブリン君、君は…元の世界に帰りたいとは思わないか?」
唐突に、男は真剣な声色でそう言った。
「そりゃ、帰れるものなら…けど、俺はもう死んでいる。帰れる場所なんて…」
「方法なら、ある」
「え…?」
「俺達はいつか元の世界に帰る。必ずだ。その時、君が望むなら…一緒に帰らないかい?」
もしそれが本当ならば、願ってもない提案だった。
けれど、だからこそ俺は慎重に言葉を選ぶ。
「…具体的に、どうやって?」
「君は、天理を知っているかい?」
知っている、と答えそうになって、俺は言葉を呑み込む。
素直に答え過ぎた。
俺はこの男を完全に信用したわけではない。
ならば、嘘と本当を混ぜながら話そう。
「…いや。なんだそれは?」
「全ての黒幕だ。魔王なんてものを生み出し、この世界を混沌に陥れる諸悪の根源。システムなんてものを作って、終わらない勇者と魔王の戦いを続けさせている」
話が、印象が、随分と異なった。
タナトスが語った時には、もっと神聖で、神のように語っていた。
同じ人物を語るというのに、こうも正反対の印象になるものか?
「奴は俺達がいた世界とこの異世界との間に逃げ込み、今もシステムを通じて世界を支配している。だが、いつか必ず滅ぼす。その時だ。天理を打倒したその時、元の世界に帰る道が一瞬だが開ける」
「…どうしてわかる?」
「長年の研究さ。この千年、多くの者達が天理を滅ぼすため、その存在と居場所について研究してきた。その結果、研究者たちが出した結論。もちろん、間違っているかもしれない。だが、それしか可能性がないのなら…試す価値はある」
その話が全て正しいとするなら、確かに試す価値はあるだろう。
けれど、タナトスの話とあまりに異なる印象に、俺はまだどちらが正しいかなんて結論が出なかった。
いや、もしかしたら…どちらも間違えている可能性だって多分にあるはずだ。
「なぁゴブリン君、もし君が俺を信じてくれるなら…俺と手を組まないかい?」
アレックスは珍しく優しく笑って、俺に手を差し出した。
「……」
「あぁ、いや、今すぐ全部信じろとは言わないさ。だが、同じ異世界人同士、共有できる思いはあると思うぜ?」
男は、もっともな事を言っていた。
でも、何故だろう。
どうにも、この男が真実だけを言っているようには見えなかった。
それはきっと、俺の中の回避的な思考回路のせいで、ただの人間不信なんだろうけど。
「そうだな。お前とは、もっと話してみたいとは思った。結論は、お互いにもっと信頼関係を築いてからでもいいか?」
結局、俺がアレックスの手を取る事はなかった。
「……あぁ、もちろん」
けれど、男の表情は何も変わらず。
それが一層、不気味だった。




