勇者の幕間 ⑥
「あなたが…私を救う…?」
何を、言っているんだろう?
私の困惑に構う事なく、魔王はさらに一歩を踏み出した。
「この手を、取ってくれ」
口調は至って穏やかだった。
けれど、その脈絡も動機も不確かな勧誘はいっそ狂気的で、どうにもその鎧の奥には狂人がいるのだと、それだけが伝わってくる。
「…なら、教えてほしい。この村の人たちは、あなたが殺したの?」
それでも、騙すよりも懇願するような魔王の口調に絆されてしまって、私は会話を始める。
すかさず、「ユズっ!!」と叱責するミカの声が聞こえたが、無視をした。
「そうだ」
「どうして…!彼らが、何をしたっていうの?」
「この村は王国が抱える『転移陣』の一つ。ならば、死んだ方が幸せだ」
「転移陣?何を言っているの…?」
「全ては奴らを滅ぼすためだ。この世界の癌たる勇者どもを、一匹残らず殺しつくす。そのために人間が邪魔だというのなら…皆殺しにするまでだ」
勇者への憎しみを語るその瞬間、魔王の全身から溢れる呪いが一層濃くなる。
勇者憎し。
まるでその厭悪だけが、この魔王を突き動かしているかのように。
それだけわかれば、もう十分だった。
「あなたがどんな経験をして、何のためにそこまでしようとしているのかわからない。だけど…その過程で罪のない人たちを殺し、これからも殺し続けるのだと言うのなら………お前は、私の敵だ」
だって、私は勇者だから。
敵意を乗せて、私は魔王の誘いを全て否定した。
すると、珠の他魔王は動じる事もなく、そっと私に差し出していた左手を降ろす。
「変わらないな、君は」
どころか、ポツリとこぼしたその声は、とても嬉しそうだった。
その私を知っているかのような口ぶりと、言い回しはなぜか懐かしい。
浮かんだ疑問符を押し流すように、魔王は右手に持った刀を薙いで爆風を巻き起こし、大仰に構える。
「ならば、挑むか?この俺に」
呪いを自在に操り、魔王から夥しい量の魔力が溢れかえった。
「この、〈第八魔王〉に」
魔族領を統治する最強にして最悪の領主、魔王。
八人存在するその中でも、10年前に突如として誕生した史上最悪の魔王。
それが、〈第八魔王〉。
歴史の座学の中で教えてもらった魔王の特徴を思い出し、自身が今、最も遭遇してはいけない存在に出会ったのだと理解した。
「挑むよ。いずれは倒さなければならない相手だ」
「血気の勇だな」
「かもしれない。でも、あなたは村の人たちを殺し、私の友達を傷つけた。見逃すことはできない」
「たとえ、自らが死ぬとしても?」
「うん。私はここで死ぬ。でも、あなたが私を殺すことには多分、意味がある。アルスや、王城の人たちはきっと悲しんでくれる。そうやって積み重なっていったお前自身の罪が、いつかお前を殺すんだ」
「…………」
「忘れないで。この命を賭してでも、お前という悪を許さなかった者がいることを」
私は赤い炎の光を束ねて剣を作り、右手で握りこんだ。
そんな私を見て、ミカが叫ぶ。
「駄目だよ…!!逃げてよ、ユズ…!!」
その涙を見て、私はやっぱり確信できた。
この選択は、間違ってなんかいない。
友達を、ミカを見捨てる選択に比べてしまえば。
「ごめんね、ミカ。あとのことは、お願い」
「ユズ…ッ!!」
なおも私を止めようと疾呼するミカの声を聞きながら、私は魔王へと走りだす。
これは、正義を示す戦いだ。
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