勇者の幕間 ⑤
※
「はぁ…!はぁ…!」
私は、ただひたすらに走った。
ミカの事を信じていないわけじゃなかった。
けれど、魔王との戦いであるのなら、何が起きるかわからない。
彼女の身を案じる一心で、全力で爆発の上がった村まで向かう。
今の私の速度ならば20分も走れば村に到着し、その惨状を見る事になった。
「酷い…!なんてことを…!」
決して大きな村ではない。
それでも、その全てが火に包まれ、村民の死体が散らばる光景はあまりに惨く、私の中に度し難い怒りを呼びさます。
「どこにいるの、ミカ…!」
村民の生存者を見つける事はほぼ絶望的だと、到着した瞬間に理解していた。
故に、今私にできるのは彼女の無事を祈る事だけ。
燃え盛る村中を走っていた私は、村の広場まで転がる様に到達した。
そこで、その人物を見た。
「ッッ…!!」
一目見た瞬間に、それが、それこそが『魔王』だと直感する。
全身から漂う、夥しい量の呪い。
狂気的な鎧のフォルムと、手に持つ日本刀はアルスの〈星剣〉に匹敵する力を宿している。
長身で、190近い。全身鎧のせいで姿形はわからなかったが、兜の隙間を縫う赤い瞳は確実に人間のそれではない。
そんな魔王のすぐそばに、ミカは跪いていた。
両手を地面につけ、苦しそうに悶えながら魔法陣の上で魔王を睨んでいる。
「ミカッ!!」
私は叫ぶが、魔王とミカまでまだ距離があり、届かない。
「くっぅぅ…!どうして、あなたが……!!『対魔法少女結界』を、使えるの…!!これは、リリーが編み出した魔法だ…!!」
見た事のないほど殺意を宿し、ミカが魔王へ疾呼する。
魔王はそんなミカを見下ろして、手に持っていた何かを投げた。
投げられたのはネックレスだったようで、地面をわずかに転がってミカの眼前で止まる。
「ッ!!?」
それを見た瞬間、ミカの表情が驚愕に歪んだ。
「彼女からだ。その意味は、自分で考えろ」
魔王の声は、この世の邪気を凝縮したような、非常に澱んだ音だった。
ミカは投げ渡されたネックレスを見て戦意を失ったのか、目を見開いたまま動かない。
そして、やっと魔王は視線をずらし、走る私の方へ向いた。
「来たか。神林、柚」
名前を呼ばれて、思わず私は立ち止まる。
「どうして、私の名前を…!」
私の驚きなぞ全く意に介さず、魔王はこちらへとゆっくり歩き出す。
「俺と来い、神林柚」
超然とそう言い放ち、私に向かって左手を差し出した。
「何を言って…」
「君は騙されている。この世界の真実を教えてやる。だから、俺と手を組め。そうすれば、元の世界へ帰る方法を教えよう」
「え…?」
何を言っている?
私が、騙されている?誰に?なぜ?
頭に疑問符ばかりが浮かぶが、正気に戻ったミカが私の方へ声を荒げた。
「駄目だよユズ!!そいつの言葉に耳を貸しちゃ駄目!!今すぐ逃げてッ!!」
ミカの言葉に、私も少し冷静さを取り戻し、魔王が近づく分だけ一歩ずつ、後ずさる。
それを理解し、魔王は一定の距離を保ったまま立ち止まった。
「君は、自分がなぜ呼ばれたか知っているか?ゲルニア王国が、いや、あの王と剣星が、何を成そうとしているかわかっているのか?」
「……?」
「この世界にいる限り、救いはない。元の世界に帰りたいとは思わないか」
「それは…」
「俺が…君を救ってやる」
魔王は、赤い瞳で私を正視した。




