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とある受付嬢の後悔 ②





 赤い目の少女が、アウラ・ザントーレであることなぞ一目見てわかった。


「あっ…」


 中央の受付に立っていた私と目が合って、思わず私は声を上げる。

 けれど、瞬間的に彼女は三角帽子のふちで自分の目を隠す。


 その所作一つで、傷つくことはなかった。

 ただ、少し悲しい。

 それは、アウラは自分の目が私の視界に入る事を、私を慮るがゆえに避けたのだと、わかったから。


 そんな私へ、鎧を着た人物が近づいてくる。


 不思議な人物だ。


 全身に纏った鎧は漆黒であるが、何か認識を阻害するスキルを使っているのか、その輪郭や細かな機序を見て取る事が出来ない。

 姿を薄ぼんやりと隠匿しつつも、圧倒的な存在感を放っている。

 それは戦士でもない私にさえ感じ取れるもので、協会内にいた冒険者たちはもっと鋭敏に、その圧力を感じ取るだろう。

 実際に、アウラと共に現れた事もあって、チラチラと視線がその人物へ向けられている。


 そんな人物が、私の眼前に立った。


「…………冒険者に成りたい。登録してもらえるか」


「…え?」


 一瞬、違和感を感じて、その正体にすぐ気づいた。


 声を、発していなかった。

 その人物の声は脳内に直接響いていたのだ。

 つまり、〈念話〉のスキル。


「えっと…なぜ念話を?」


「失語症でな。喋れないんだ。無礼だとは思うが、許してほしい」


「わ、わかりました。聞き取りと読み書きは、可能ですか?」


「聞き取りは可能だが、書くことはできない」


「なるほど。代筆してくださる方はいますか?」


 聞くと、その人物は後ろへ振り返り、アウラの方を見た。

 念話で何か喋ったのだろう、彼女は杖を抱えてトテトテと走ってこちらへ向かう。


「なにゴブリンさん?………あっ、文字ね。そっか、忘れてた。サインも必要だもんね………ううん、いいんだよ。じゃあ、私が代わりに書くね」


 アウラはコロコロと表情を変えながら、彼女にしか聞こえない念話に返事を返す。


 正直、驚いた。


 これほど自然に笑っている彼女を、見た事がなかったから。


 二人は、どういう関係なんだろう?


 ポカンと呆気に取られていると、鎧の人の目線がこちらに向いていた。


「代筆は彼女に頼む。構わないか?」


「え、ええ、もちろんです。えっと、冒険者についての説明と、規約の話をしますね。そのあと、契約書にサインをしていただければ、登録は完了になります」


 毎日している説明。

 何も考えなくても口を出る、マニュアルに沿った説明をひどく簡潔に行った。

 これがまったくのド素人の、村から出てきたばかりの少年少女であれば、丁寧に説明をする。

 しかし、熟練の冒険者であるアウラの紹介であれば、重要な部分以外は取り除いて仔細ない。


 故にこそ、私の思考はずっと上の空だった。

 横目で何度もアウラばかりを見てしまって、けれど三角帽子のふちの向こうには、鎧の人物を優しく見つめて微笑む彼女の姿が映るばかり。


 ものの5分程度で説明を終えると、私は契約書である刻印型魔術式(ギアス・スクロール)を取り出して、魔力液に浸った羽根ペンによるサインを求めた。


「ゴブリンさん、名義は何にする?………ゴブリンでいいの?……私が、そう呼ぶから?そっか。うん、わかった」


 そういって、アウラは刻印型魔術式(ギアス・スクロール)に『ゴブリン』と、魔物の名前を書き連ねた。


 すると、刻印型魔術式(ギアス・スクロール)はふわりと浮き上がり、サインされた墨汁が青く光る。

 刻印された通りの名前が、連結された冒険者プレートに自動で名入れされ、世界で一つだけの冒険者プレートが作成される。

 そうして作られた小指サイズのネックレス型プレートを手渡され、『ゴブリン』と名乗る人物は驚いたようにまじまじと見入っていた。


 ごく一般的な工程であるが、見た事がなかったのだろうか?


「…その、理由をお聞きしても?なぜ、魔物の名前を?」


 思わず、聞いてしまった。

 例えばいずれ討伐したいという目標を掲げて、幻獣の名前を書くものはごく稀にいる。

 しかし、そこいらの村娘でも弓の扱いを覚えれば容易に倒せるゴブリンを、そのまま冒険者名義に使うなぞ、聞いた事がない。


「…ゴブリンに、恨みがあるんだ。決して忘れない様に、この名前にした」


 答えてはくれたものの、その返答はやけに、歯切れが悪かった。








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