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第7章 これでお別れ

季節は変わり、辺境の冬がついに終わろうとしていた。街の外れのこの家は、レオンが最初に訪れた季節と同じように、キラキラ輝く雪に照らされていた。レオンが魔女の家に来てから、一年が経とうとしていた。


フィオナの家での忙しい日々の中、レオン宛に王都からの使いが訪れた。立派な制服を身にまとったその男は、肩の雪を払って丁寧に挨拶を述べた後、レオンに向かって一通の手紙を差し出した。


「レオン・ファーウッド様。王都より重要な知らせをお届けに参りました。」


レオンはその手紙を受け取り、封を切る。フィオナも作業を中断し、彼を見守っていた。手紙を読み進めるうちに、レオンの表情が明らかに変わった。驚き、そして喜びがその顔に浮かび上がる。


「僕が……騎士に認められた!」


彼は目を輝かせながら声を上げた。




豪華に装飾された手紙にはこう記されていた。レオンは異能を生かした抗生物質ペニシリンGの開発により、間接的ではあるが戦争に大きく貢献した。その功績により、正式に騎士として認められる。


「間接的な戦争への貢献で騎士として認められたのは、これが初めての例だそうです。」


レオンは手紙を持つ手に力を込めながら、フィオナにそう語った。


「これからは、一見戦闘に向かない異能も、研究によって活かせる可能性があるってことが国に認められたんです!」


フィオナは彼の言葉を聞きながら、穏やかに微笑んだ。


「良かったじゃない、レオン。君の努力がついに評価されたね。」


「はい……ありがとうございます。」


レオンは少し照れくさそうに頭をかいた。




しかし、手紙には続きがあった。


「騎士になったからには、希望の通り『魔女監視業務』からは外れ、ペニシリンGの生産は国に引き継ぎ、前線の戦いに出ることが許可されます。」


その内容に、レオンは一瞬言葉を失った。


「えっ……。」


戸惑う彼をよそに、使いの男が手を振って説明を続ける。


「ああ、大丈夫です。この手続きは、ファーウッド家のご家族の方がすでに代行されております。戻られましたらすぐに前線配属の準備が整えられる予定です。」


レオンは思わず手紙を握りしめた。




正式に騎士として認められることは、彼の人生にとって大きな目標の達成だった。家族が自分を誇りに思う姿を想像すると、胸が熱くなった。


しかし同時に、フィオナと共に過ごした日々が頭をよぎる。


(騎士になったら……もうフィオナさんとは一緒にいられない......。)


彼女のもとを離れるという現実が、レオンの心に寂しさを刻んでいく。


(フィオナさんがいなかったら僕はここまで来られなかったのに……。)


彼の心の中では、喜びと寂しさが入り混じっていた。レオンはそれを誤魔化すように、いつもより早い速度で、培地を混ぜ続けた。



数日後、フィオナの家に、次の監視役の騎士が来るまでの代理として、辺境の騎士ラウル・フォージャーが手配された。レオンがいつ王都に帰ってもいいようにという、フォーウッド家の配慮だという。


魔女の家にやってきたラウルはフィオナよりも年上の、落ち着いた雰囲気の男だった。短い黒髪に鋭い目つきを持つ彼は、辺境勤務の経験が長く、無駄のない動作からその実力がうかがえた。


「久しぶりだな、フィオナ。」


ラウルは気さくな笑顔を浮かべて、フィオナに親しげに声をかけた。


「ラウル、あなたが来てくれるなんて、とても助かる。」


フィオナも自然な笑みを返し、その様子を見たレオンはどこか胸が痛んだ。ラウルとフィオナが並んでいる姿は、大人の落ち着いた雰囲気を醸し出し、どこかお似合いにも見えた。


(ラウルさんなら、もし何かあってもフィオナさんを守ってくれるだろう。)


そう思う一方で、心の中に小さな棘が刺さるような感覚があった。




ラウルへの任務の引き継ぎ中、レオンはどこか喧嘩腰になってしまう自分に戸惑うのだった。


「フィオナさんの生活は非常に乱れがちなので、食事の世話をしていました。」


「へえ、君はそこまで気を配っていたのか。16にしては偉いじゃないか。」


ラウルはにやりと笑い、レオンの様子を揶揄うように見つめた。その視線にレオンは不機嫌そうに顔をそむけた。


「フィオナさんが困らないようにしただけです。」


「そうかそうか。まあ、俺に任せて安心しな。」


ラウルの余裕ある態度が、レオンの中にモヤモヤとした感情を引き起こしていた。彼は不機嫌そうに顔をそむけたが、心の奥底では、この感情はどこから来るものなのか気づき始めていた。彼女が笑うと嬉しく、ラウルがフィオナと親しげに接する姿を見ると胸が痛む。彼女の正装したあの姿を、ラウルも見ることがあるのかと思うとたまらない気持ちになった。


その感情が何と呼ばれるなのか、彼はようやく理解しつつあった。




雪の間から、少しずつ木や草の蕾が顔を出し始めた。そんな時期に、レオンの家族が王都からはるばる辺境のフィオナの家までやってきた。


「レオンがなかなか王都に帰ってこないから、何かに引き止められでもしてるんじゃないかと思ってな。」

フィオナの前で無邪気にそんなことを言う両親や兄弟たちは、レオンの騎士任命を心から祝福していた。


「よく頑張ったな、レオン。この任務から外れられて、本当に良かった。」


父親が満面の笑みで言う。


「魔女と一緒で、辛いことも多かっただろう?これからは前線で堂々と戦えばいい。」


その言葉に、レオンは反射的に部屋の奥のフィオナの方を見た。彼女の耳にも、この言葉は届いているはずだった。しかし、彼女は興味がないような顔をして、実験を続けている。


(フィオナさん……。)


彼女が反論しない理由を、レオンは理解していた。優しいフィオナさんは、家族との間に波風を立てないようにと思っているのだろう。彼女と長く過ごしたレオンには、その優しさが手に取るようにわかった。レオンが父親に反論する暇もなく、父親の話が続いていく。衝撃的なことに、元婚約者との再婚の話が進んでいるらしい。ペニシリンG開発の功績を受けて、相手がもう一度考えてみてもいい、と言っているのだという。


「レオンの婚約で、両家にとっていい結び付きができる!」


押し寄せる家族の期待に押しつぶされそうになって、レオンは何も言えなくなった。




レオンが家族と王都に帰る日が決まり、粛々と手続きが進められた。最後にフィオナの家を去るとき、ポツポツ降り始めた雨が、玄関をでたレオンの肩を濡らした。レオンは家の中のフィオナの方に向き直り、戸惑っているかのようにゆっくりと話し始めた。


「フィオナさん……僕を救ってくれてありがとう。あなたの力なしでは、僕の夢を叶えることは決してできませんでした。」


フィオナは微笑んで彼を見つめた。


「……あなたに何もしてあげられなくて、ごめんなさい。」


レオンは俯きながら、最後に小さな声で呟いた。


「あなたが……好きでした。」


レオンはそのまま踵を返すと、呆然と立ち止まるフィオナを残して、足早にフィオナの家から去っていた。


彼の背中が遠ざかっていくのを、フィオナはじっと見つめ、そしてふっと微笑んだ。告げられたレオンの気持ちは、教育者や姉に対するような思慕であり、ゆっくりと思い出になっていくだろうと、そういう予感がした。


(いつの間にか……子犬だと思っていた少年の背中は、こんなに大きくなっていたのね……。)


フィオナの視線は、レオンの背中が完全に見えなくなるまで動かなかった。


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