ろうそくたてと錫のかたまり
大晦日の夜、ロニヤはたった一人で自分の部屋にいました。
ロニヤの部屋はすっかりきれいに掃除して、おまけにパーティーの時のようにささやかな飾りつけもされていました。小さなテーブルの上には、お皿に盛ったリンゴや、チーズや、ドライフルーツのケーキが置いてあります。一人分にしてはいささか多いようです。
ロニヤは、今夜来るはずの誰かを待っているのです。もう、なんべんも時計を見て、時間が止まっているのではないかしらともどかしい思いをしました。すっかり寒い冬だというのに窓を開けて、家の前の道を歩いてくる人がいないか見張ってもいるのですが、誰一人、ロニヤの家を訪ねてくる気配はありませんでした。
ロニヤが待っているのは、親友のイーダです。ロニヤとイーダは、大晦日の夜は二人で寝ないで起きていようと、約束をしたのです。イーダがロニヤの家に泊まりに来ることになったので、朝からはりきって部屋の掃除や飾りつけをしました。ところが、約束の時間になっても、イーダは来ませんでした。それから一時間たっても、二時間たっても。
ロニヤがすっかり腹を立てて、部屋の中をぐるぐる歩き回っていた時、ロニヤの部屋の窓から外に垂らしておいた鈴が、りんと小さな音をたてました。ロニヤははっと窓のそばに寄って、外を見下ろします。この鈴は、イーダや他の友達と遊ぶ時に、部屋にいたロニヤを呼ぶためにとりつけたものでした。
ロニヤは、部屋の片隅に用意していた長いロープを、窓の外に垂らしました。普通に家の玄関から入るよりも、縄を伝って部屋に昇る方が、冒険のようで楽しいのです。
ところが、ロープをたぐってひいひい言いながら登ってきたのは、イーダではありませんでした。
知らないおばあさんが、ロニヤの部屋に窓から上がり込んで、大げさにぜいぜい言っています。ロニヤは怖くなり、後ずさりました。
奇妙な格好のおばあさんです。左手には三叉のろうそくたてをしっかりと握っていますが、そのうち灯がついているのは一本のろうそくだけでした。服はロニヤが見たこともないようなへんてこな生地で、派手な柄入りです。
おばあさんは、ロニヤをじっと見て、しわがれた声でこう言います。
「クランベリーのジュースを一杯、いただけないかね?」
ロニヤは、イーダのために用意した、クランベリーのジュースをコップに注いで、差し出しました。
おばあさんはジュースをゆっくりと飲み干すと、また言いました。
「ドライフルーツのケーキも食べたいねえ」
ロニヤはしぶしぶ、ケーキを一切れ渡しました。そして、おそるおそる聞いてみました。
「あなたは、だあれ?」
「わたしゃ、魔女ばあさんだよ」
おばあさんは、ふぇっふぇっと不気味に笑います。たしかに、奇妙な服を着ているのは、魔女だからかもしれないとロニヤは思いました。
「じゃあ、何か魔法を使えるの?」
「わたしゃ占いが得意なんだ」
「どうやって占うの? 何でも分かる?」
「何でも分かるよ。あんたが今、友達が来なくていらいらしていることもね」
ロニヤはぎくりとしました。
「じゃあ、イーダがどうして来ないのかも分かる?」
おばあさんは、答える代わりに、ケーキのおかわりを要求しました。ケーキを食べ終えると、おばあさんはロニヤに言います。
「ケーキやジュースのお礼に、お前さんに未来を占ってあげよう」
そして、ロニヤに熱湯を沸かした小さな鍋と錫のかたまりを持ってこさせました。鍋の湯の中に錫を落とすと、熱でやわらかくなっていきます。そして、とろとろになったところでまた熱湯から引き上げました。後は皿の上で冷やすと、錫はいろんな形になります。固まった錫の形を見て、来年の運を占うのです。たとえば、錫の形がハートに見えれば、その人は恋人に出会えるでしょう。また、お金の形に見えるのなら、来年はどっさりお金をもらえるということなのです。
ロニヤの錫は、小さな丸いかたまりがたくさん連なったようになりました。
「何かしら、これ」
ロニヤが首を傾げていると、おばあさんが優しく言いました。
「このかたまりは、あんたの友達だよ。来年もたくさん友達に囲まれるってことだね」
ロニヤは嬉しくなりました。でも、おばあさんの話には続きがあるのです。
「さて、錫の占いはここまで。今度は、もっと未来へ連れて行ってあげるよ」
ロニヤはびっくりしました。
「もっと未来へ?」
「そうだよ。私は、未来からやってきたのさ」
ロニヤは、おばあさんはどこか頭が変なのではないかしらと思いました。おばあさんの目はなぜかずっと変にうるんでいますし、やけにロニヤの顔をじっと見て、顔を近づけてくるのです。
「どうする? 未来を見てみたくはないかい?」
ロニヤはためらいました。おばあさんを信用できないだけでなく、自分が未来とやらに行っている間に、イーダが来るのではないかと思ったのです。
おばあさんがささやきました。
「なに、ほんのちょっとの間さ。ろうそくの火が燃える間だけだよ……」
とうとうロニヤは押しに負けて、承諾してしまいました。
おばあさんは、ろうそくの火を吹き消し、別の一本に火をつけました。そして、ロニヤに手を差し出します。
「さあ、出かけよう」
ロニヤはしわだらけの手を取りました。すると、ロニヤの部屋の中に、薄暗い、まっすぐな一本の道ができました。おばあさんはロニヤの手を引いて、道を歩き始めます。
道の周りには絵が描かれています。象を追いかける人々の絵や、戦争をするたくさんの人の絵や、仲の良い男の子と女の子の絵や、洗濯物を次々と干す女の人の絵など、どこまでもその絵はくるくると替わりながら続いていました。おばあさんの歩みがゆっくりだったので、ロニヤはその絵の一つ一つを眺めながら歩きました。
道の途中で風が吹くと、ろうそくの火が消えかかりました。おばあさんはその時ちょっと慌てて、ろうそくを自分の体で守ろうとしました。ロニヤは自分の空いていた手をろうそくにそっとかざして、風を塞いであげました。
やがておばあさんは立ち止まり、「ご覧」と言いました。すると、ぱっと道が消え、ロニヤとおばあさんは知らない家の広い居間の中にいました。
居心地のいい部屋の中に、たくさんの子どもたちがいて、はしゃぎ合っています。お母さんとおぼしき女の人が、絨毯の上に腰を下ろし、編み物をしていました。お父さんらしき人は、新聞を読んでいます。そしてもう一人、暖炉のそばにとても年老いたおばあさんがいて、揺りいすに座ってにこにこと子どもたちを見守っていました。
編み物をしていた女の人が、おばあさんに話しかけます。
「お母さま、お体はどうですか?」
おばあさんはゆっくりと答えます。
「ありがとう。ずいぶん具合がいいわ。この子たちの声を聞いていると、私にも元気がわいてくるの」
子どもたちがおばあさんにかけより、先を争って抱きつきます。
「もっと元気を分けてあげるよ、ロニヤおばあちゃん」
……ロニヤは、魔女のおばあさんを見ました。
「あのおばあさんは、わたしなの?」
魔女のおばあさんはうなずきます。
「そうだよ。あんたがこの先どんな辛いことにあおうとも、いつかはこの光景に辿り着くよ。あんたを愛する家族がたくさんいて、寂しい思いをすることはない」
ロニヤは、何も言えず、孫に囲まれたおばあさんを見つめました。
魔女のおばあさんは、ロニヤの肩にそっと手を置きました。
「さあ、もう帰る時間だ。ろうそくたてをあげるから、一人で帰るんだよ。決して、道の途中で火を消してはいけないよ。百歩歩いたら、そこが元の場所だから、火を消すんだよ」
そして、今燃えていた火を消して、最後の一本に火を灯しました。
ろうそくたてをロニヤに握らせ、長い一本道に送り出す直前になって、おばあさんはロニヤに言いました。
「あの大晦日の夜、家にいかなくてごめんね、ロニヤ。ずっと謝れなくて、後悔してた」
それっきり、時の道はロニヤをおばあさんから隔ててしまい、ロニヤは何も言えずじまいでした。
いろんな絵が描かれた道を百歩分戻り、自分の部屋に戻ってきてから、ロニヤはそっと火を吹き消しました。時計を見ると、ちょうど新年になるところです。ロニヤは開けっ放しになっていた窓を閉めようとして、やっぱり誰も歩いてこない道を見下ろしました。
朝になったら、イーダに会えるでしょう。その時、用意していたジュースやケーキを一緒に食べようとロニヤは思いました。