婚約
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コンコン
「はい」エマがドアを開ける。
「お嬢様、お客様がお見えです。旦那様と奥様が先にお相手しております」
見ると執事のカーターだった。
「? 誰かしら、今行くわ」
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ホールへ向けた階段を降りていくと、話し声が聞こえてきた。
(どなたかしら、っは! まさか……)
だんだん足早になる。すると、父と母の後ろ姿が見える。
まだ少年だもの、隠れて見えないわ。
気持ちばかりが急いでしまう。
あぁ、やっぱり。
「お待たせしました……来てくれたんですね」
思わず近づくと両手を握られる。
「うん、会いたかった。グレース・シェラード嬢」
「はい、私もです。ようこそいらっしゃいました。……あの、お名前をお聞きしても?」
すると、男の子は右手を後ろに、左手を横にし、右足を引くと丁寧にお辞儀をする。
「僕の名前はエリオット・ウィンダム アクア国の王太子です」
私もカーテシーでお辞儀をする。
殿下だから、もしかしてと思っていたけど王太子様だったなんて。
「今、お父様とお母様に話をしていたんだよ……よかったら庭を案内してくれないか?」
「はい。 庭を? ……わかりました。どうぞ、こちらです」
チラッと見ると父も母も“行っておいで“と言う感じで頷く。
しばらく庭を案内すると、エリオット様が止まる。
「? どうされましたか?」
「……どうか、聞いて欲しい」
「はい、聞きますわ」
どうしたんだろう? 姿勢を正す。
「グレース・シェラード嬢 私と結婚して欲しい」
「!」
「出会ったばかりだと笑わないで欲しい。昨日君に出会ってから、僕はおかしくなってしまった。君が頭から離れない。君の瞳が忘れられない。今もこの心を落ち着かせるため早朝にも関わらず訪ねてしまった。心から愛している」
愛の言葉が溢れている。その言葉に溺れそうな錯覚。
震えてしまって言葉が出てこない。
「……」
「どうか、ハイと言ってくれまいか? グレース」
あぁ、そんな風に跪いて、懇願されたら……。
「……は、はい」
「あぁ! ありがとう! もし断られたらきっと生きてはいなかった」
ぎゅーっと抱き寄せられ、耳元で囁くように言う。
手を引かれ、近くのベンチに座ると。
「これを受け取って? 婚約指輪だよ。デザインが僕とお揃いなんだ」
殿下、顔が少し赤いわ。きっと私も……。
「うふふ、ありがとうございます。殿下」
「だめだよ? もう婚約したんだ、エリオットと呼んで?」
「…エ、エリオット……様?」
「うん、グレース手を出して? 指輪をはめるよ」
「はい……」
「エメラルドがグレース。君の色がなかなか無くて、オパールが僕の……わかる?」
瞳の色だわ……。コクンと頷く。
「仮面、とっていい?」
「はい、お願いします」
エリオット様が手をかけると、コロンと膝に落ちる仮面。
「やはり、美しい……。愛している、グレース」
「わ、私もです……エリオット様」
「本当? あぁ、嬉しい。このまま連れて帰りたい!」
再び抱きしめられる。温かい。人の温もりって温かいのね。
でも、ちゃんと伝えないといけないことが……。
「エリオット様、話さなければいけないことがあるのです」
「何?ここではだめなの?」
「いいえ、でも、私の部屋にいる者に会わせたいのです」
「え?何それ、グレースの部屋にいる者って」
「どうぞ、こちらです」
ん?なんかエリオット様、少し怒っている? なぜでしょう?
庭からぐるりと邸に入り、私の部屋に案内する。
「トトス。エリオット様をお連れしたわ。どうかもう一度説明を」
すると、トンとテーブルの上に乗るホワイティ。
「ヤメレ、ヤメレ」
ぺっと落とされるトトス。
「「……」」
「なんだ、乱暴者の猫だな。うん、そなたが伴侶殿か?」
「……伴侶。そ、そうだ。グレースの伴侶になるのは私だ」
急に嬉しそうに胸を張るエリオット様。ん〜?さっきと今と、何があったんだろう?
そして、トトスは先ほどの話をエリオット様にも聞かせた。
「厄災か……なるほど。グレースの瞳はその為にあると言うことか」
「そう。ただ、今回の厄災がなんなのか。それはわからない」
「仮面が取れたと言うことは、近いのですか?」
「仮面が外れた時期は厄災の発生には関係無い。伴侶に出会えば外れるだけ。ただ、まだグレースはエリオットと
会う時以外は仮面をつけている方がいい」
「どうしてですか?」
「きちんと婚約を各国に知らしめ、確固たるものにしてからじゃないと、君の瞳を見て知った者達から横槍が入るよ? 顔だって今まで見せなかったのに、こんなに美しいとか。特にエリオットは嫌だろ? みんながグレースを欲しがるんだよ? よその国のくせに〜とかさ。言われちゃう」
「……グレース。私と一緒に国に来てくれないか? まだ婚姻は先だが、父も会いたがっていたし、も、もちろん部屋は用意する。トトス殿もだ。厄災を一緒に追いやらなければいけないのだ。離れてはいられまい? で、できるなら例外で、こ、婚姻もできるかもしれないし……僕としては、その方がゴニョゴニョ」
後半もちょっと聞こえてしまったわ……恥ずかしぃ。
「あの、父と母にも厄災の話をしたいわ。私もエリオット様と一緒にいた方がいいと思います。いつ、何が起きるのかわからない今、離れていたら伝えられないもの。ちゃんと見定めないと」
「そうだね、虹色の瞳の正確な意味を伝えよう。ホワイティ、行くぞ」
トンとテーブルに現れるホワイティ。トトスを咥えると部屋から出ていった。
「ええと……ホワイティも連れていきましょう……ね」
「あぁ、猫を乗りこなすとは……ん? 違うな、咥えさせているから……。まぁ、と、とりあえず行こうか」
2人揃って、父と母の所へ向かう。
『厄災』って恐ろしい響きだけど、きっと2人なら。大丈夫。