仮面の秘密
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ーリトアモ国 シェラード侯爵・領地邸ー
あれから仮面はまたピッタリとくっついて離れなかった。
私は、殿下と呼ばれたあの男の子と別れた後、お母様の元に来ていた。
お母様は、刺繍をしながら目を細め、「おかえり」と言ってくださった。
「お母様、今日ね、変な事があったの。聞いてくださる?」
「もちろんよ。お茶でも飲みながらにしましょうか? エマ、お茶の用意を」
すぐにメイドたちが動き出す。はぁ〜、いつか私も、お母様のようなご婦人になれるかしら? 凛としてて、気品が溢れ、慌てず動じない。そして美しい。
テーブルが準備され、椅子に座る。
「お母様、私、先ほど庭から少し離れた所にある大きな木の下で男の子と出会いましたの」
「まぁ、男の子が? それで?」
「はい。ケガをしておりましたので、ヒールで治して差し上げました」
「良いことをしたわね」
にっこり笑って頭を撫でてくれる、母。
「そして、その子が仮面に手を触れると外れたのです」
ピタッと撫でる手が止まる、母。 ん? と思い見ると。
お顔が赤くなり、少し興奮しているのがわかる。……動じない母が。
「まぁ、そ、それで? その子はどこの子? なんとしてもお招きしなくては」
「ええと、お母様、落ち着いてください。その子が言うには、近々会いに来てくださると、ここの邸も知っておりますし」
「名は?名はなんと言うの?」
「ええと、聞いておりません。お母様?」
「そ、そう。落ち着いて、ええ、落ち着くのよ」
なんでしょう?お母様がかなり焦っているのがわかる。
「ごめんなさいね、思っていたよりも早かったものだから……あなたには仮面の事をきちんと話さないといけなかったのに」
お母様は、テーブルの上で両手を合わせるように組むと、意を決したように手を見つめながら話し始めた。
「あなたの目は、虹色なの。これは知っていた?」
「はい、今日ですが……男の子が教えてくれました。き、きれいだと……」
「そう、私の目も片方だけ虹色なのよ?今は魔法で隠しているけど……ほら、どう?」
「わぁ、きれい。私の目はお母様に似たのね?」
「そうなんだけど、そうだとも言えないのよ。元々、虹色の目は片方しか受け継がれないものなの。でも数百年に一度の割合で、妖精のいたずらで両目が虹色になる子が生まれるの」
「ええと、では、お母様に似た目だけど、妖精のせいで両目が虹色って事ですか?」
「ええ。初めて目を見た時は驚いたけど、あなたの枕元に妖精が現れて、仮面を渡してきたのよ。両目が虹色はこの仮面でなくては隠せないと」
確かに妖精がくれたと聞けば納得できる。この仮面はつけててもつけている感じが全く無く、例えば、目の下が痒いと、掻くことができるし、顔も洗える。目に見える顔半分の結界のような感じで自分自身には違和感はない。
ふと、足元に寄ってきた我が家の猫、ホワイティを抱き上げる。
「ナーオ」と一声泣き、膝の上で丸くなる。
ふわふわを堪能しながら、それで?と、お母様に聞く。
「両目が虹色は、見えないものが見えるらしいの。何が見えるのかは教えてもらえなかったの。ただ、仮面が外れる時は伴侶が見つかった時だと言っていたわ。それまで決して仮面は外れないと、もし仮面が無かったら婚約の申し込みが殺到するから本当の伴侶がわからなくなってしまう。だからつけてねとも言っていたわ」
「は、はんりょって……」
「貴方から見たらお婿さんね。旦那様になる人よ」
あの人が? 金髪で目がグリーンの……素敵な人が。
ボンッと音がしたように赤くなるのがわかる。
「まぁ、真っ赤になって。そんなに素敵な方なの? いいわね〜うふふ」
「は、はい。とても素敵な方です。あの、お母様。お父様にも報告した方がよろしいですか?」
「ええ、そうよ。今から心の準備をしていただかないと、旦那様の心が心配だわ」
そうでした。お父様は私を仮面ごと猫可愛がりに可愛がってくださる。とても優しい人。実は、婚約の話が一件もこないことを「仮面さまさまだね〜」と言って喜んでいるのを私は知っている。
仮面が外れる意味を知っているお父様は、その夜報告を聞くと、
「嫌だ。お嫁になんか行かなくていいんだからね?あぁ〜なぜだ〜まだ10歳なのに、まだまだ先だと思っていたのに〜〜〜」
と、私の部屋に来て、私を抱きしめ、しばらくぐずっていた。
だが、母が来て「あなた、嫁に行かずにおばあちゃんになったら困るでしょう?」
と説得されて、渋々部屋を出て行った。
まだ兄様に話せていない。昨夜は王都の屋敷に泊まったらしい。
「また、兄様も大変なのよね……」
お茶会の席で私の仮面が話題に出た時、兄様は怒って暴れたらしい。
どのくらい暴れたのか、詳細は教えてもらえなかったけど、かなり無茶をした様子。
ただ、不思議なことに、その後、兄様と結婚したいと申し込みが急増したらしく、兄様は、
「妹を悪く言う奴なんぞ嫁にもらえるか!」と一蹴していた。
転生した先がこんなに優しい家族に恵まれるなんて、よかったわ。
前世がどんな暮らしをしていたのかあまり思い出せないけど、こんなに幸せじゃ無かった気がする。