第5話 ギルドの揉め事
仕事終わりに、ギルド併設の酒場で夕食を食べるのを日課にしている。
一週間に一度は酒を飲む、という贅沢をしていい日も設けている。
それが、長年の私のルーティーンであり、30年以上続けている日課で、変えるつもりはない。
だからだろうか……それを邪魔されると、無性に腹が立つ。
「ち……ちがうんスよ姐さん!俺はアイツに突き飛ばされただけなんスよ!!悪いのは俺じゃないですかんね!!」
「そりゃテメェがケンカ売って来たからだろうが!聞いてください姐さん!!根本的に悪ぃのはソイツですぜ!」
酒場で暴れた結果、私の食事ごとテーブルを破壊した馬鹿共の言い訳を黙って聞く。
「ふざけんなよ!酔った勢いで、先に手ぇ出してきたのはテメェだろが!」
「あぁ?テメェが、その臭ぇ息と一緒に暴言吐き出さなきゃ手は出さなかった、っつてんだろうが!」
私への謝罪の言葉はなく、言い訳と罵り合いが続く。
「黙れ馬鹿共……で?結局、私はどっちをぶん殴ればいいんだ?」
今日は週に一度の酒を堪能する日。
最初の一口を飲んで「一週間お疲れ私!」と心でつぶやきながら至福の時を味わい、つまみに手を伸ばした瞬間の出来事だった。
いくら温厚な私でもキレる時はキレる。
前に『荒くれ者が集うギルドの酒場では揉め事が多く、そのギルド内での一番の実力者であるギルドマスターが仲裁に入るような仕組みになっている』みたいな事は説明したかもしれないが、ギルドマスターが巻き込まれた場合はその範疇ではない……私の中のマイルールでは、だけどね。
そもそもで、荒くれ者共と揉め事を繰り返し、淘汰されずに生き延びてきたからこそのギルドマスターなのだ。
ギルドマスターだからといって、聖人君主でも何でもない、キレる時はキレる普通の人間なのだ。『右の頬を打たれたら、相手の左頬の骨を砕いてやれ!』が私の信条だ。
ちなみに、私の職業は『拳聖』という兵種であり、殴るために存在するような職なので、こういった場面ではもってこいなのだ。
といっても、最初から人をぶん殴るのが好きだからこの職を選んだ、とかじゃないよ。そこは誤解しないでほしい。
このゲームみたいな世界に転生した時、職を自分で選ぶ事ができた。
普通にこの世界に生まれる場合は、勝手に割り振られるだけで、自ら選ぶ事はできないらしいので、転生特典みたいなものなのかもしれない。
まぁともかく基本職である『ファイター』『ナイト』『プリースト』『マジシャン』の中から好きな職を選ぶ事ができた。
私はこの時「異世界って危険そうだな……」と思って、何かあった時に回復とかできそうなプリーストを選んだ。その方が長生きできそうな気がしたからだ。
しかし、いざギルドに所属してモンスターと戦う事になって、火力の低さに絶望した。
ギルド員は皆自分勝手な人間なので、よっぽど信頼できる相手以外とは組んだりはしない。つまりはソロプレイが基本なのだ。
そして、例に漏れず私もソロプレイヤーとなった。
回復魔法のおかげで、死ぬような目に合う事はほぼなかったが、敵一匹倒すのに結構な時間を浪費するはめになっていた。
それでも私はめげずに頑張った。
その結果、プリーストの上限レベルに達して上級職へとクラスチェンジが可能となった。
プリーストからのランクアップは『ハイプリースト』か『モンク』の二択だった。
……何でプリーストからモンク?とか考えたりもしたが、寺とかの修行僧が心身を鍛えるために拳法とかをたしなんでる、みたいなイメージが無くはないかな?という事で納得したりもした。
とにかく、火力の低さを何とかしたかった私としては、まさに渡りに船だった。
前衛職程の火力は無かったが、それでも今までとは比べものにならないほどの火力を手に入れる事ができた。
殴って回復もできる素晴らしい職だ。
ちなみに『ナイト』も自分だけを回復できるスキルを持っているので、スペック的には一緒っぽく思われるかもしれないが、ナイトはモンクと違って防御力に特化している。
じゃあ「モンクってナイトの下位互換?」とか思われるかもしれないが、モンクには『素手攻撃』という特殊スキルがある。
他の職業は武器が壊れたりしたら、戦闘ではまったく使い物にならないゴミクズと化すが、モンクは基本が素手なので、武器破壊をまったく気にせず戦える優位性がある。
あと、ナイトは単体の防御力が上がるバフスキルを覚えて、モンクは単体の攻撃力アップ系バフスキルを覚えるのも違いがある。
ちなみにハイプリーストは、対象が全体効果の防御・攻撃バフスキルを覚えるけど、攻撃力は相変わらずゴミ、という特徴があるので、その辺で差別化されている感じだ。
そして……上級職であるモンクのレベルも上限まで上げ、さらにランクアップしたのが超級職と言われるうちの一つである『拳聖』なのだ。
説明が長くなったような気がするが……ともかくそんなわけで、こういった酒場での殴り合い程度で、私が青二才連中に負けるような事はまず無いのである。
そう、そして……私の経歴をたらたら説明している片手間で、私の酒と食事を台無しにした馬鹿二人は既にボコボコにしてたりもするのである。
「姐さん!落ち着いてください!!」
「酒!新しい酒持ってきましたから!」
「料理も新しいの持ってきました!これで怒りを鎮めてください!」
暴れている私を止めるために、周りにいた連中が機転をきかせて動いていたようだ。
「今日はこれくらいで勘弁してやる。次やったらマジで殺すからなお前等」
私も大人なので、とりあえず今回は許してあげる事にする。
うん、良いギルドマスターだな私。
「クソみたいなギルドマスターやってるなオマエ……」
暴言を吐かれたような気がして、言葉が聞こえてきた方に視線を向ける。
そこには、先日の同窓会の時にもいた、どっか近くの町でギルドマスターをやってる……えっと?この世界での名前は忘れたな……前世は坂上、だったかな?
「その様子じゃ夕刊は見て無さそうだな倉田」
そう言いながら、手に持っていた新聞を私の方へと投げ渡してくる。
……ってか前世の名前で呼ぶなよ。
「ったく、いきなり人様のギルドにやって来て何なんだよお前は?」
ブツブツ文句は言いつつも、新聞の一面に目を落とす。
「…………は?」
あまりの衝撃で、思わず変な声が出てしまう。
坂上も「やっぱ驚いたろ?」みたいに勝ち誇ったような顔をしている……ように思える。
「ローランド公爵……川田が死んだらしい」