番外編 ~出席番号8番 川田健一~
「お久ぶりですね叔父上。お元気しておりましたか?」
国王に呼び出され、久しぶりにやってきた王宮の一室。
扉を開けるなり、国王は私へと親しげに話しかけてくる。
「前置きは結構だ。国王が私を呼び出すという事は、それ相応な理由があるのだろう?それとも、私が恋しくなったとでも言うつもりか?」
本来ならば敬語を使うべきではあるのだが、お互い了承済みで、2人きりで会う場合に限りそれは省く事にしている。
それは私が摂政として、国王を支えていた時から決まっていた事の一つだ。
「ご冗談を……本来なら叔父上の顔すら見たくもありませんよ」
随分と嫌われたものだが、これが私達の関係……というか距離感だ。
国王からしてみれば私は、父親を殺した張本人なのだからな……
あの頃の私は調子に乗っていた、というよりも世間というものがまるでわかっていなかった。
前世の記憶を持ったまま転生したおかげで、年齢に伴わない無駄な知識を持っていた私は、皆に『神童』とか『未来の賢王』とか言われて浮かれていた。
家臣達は私をもてはやしていた。
私にすり寄っておけば、将来美味しい汁を吸えると踏んだ重臣も数人いた。
今にして思う。
前世からの知識だけで何とかやっているだけの、人気だけはある張りぼての神輿は実に軽かっただろう、と。
気が付いた時には、もう何もかもが遅かった。
私の意思が及ばないところで、私を王にしようとする一大派閥が出来上がってしまっていた。
私のあずかり知らぬうちに、私より王位継承権の高い兄2人は殺されてしまった。
何だかんだは言いながらも、2人とも、こんな私にも優しくしてくれていた。そして……照れくささのせいで永遠に伝える事ができなくなってしまったが、私も2人の事が好きだった。
そんな、何の罪もない兄が死んだのだ……全て無能な私のせいで。
そんな事になって、やっと目を覚ませた馬鹿な私のせいで……
この頃だったと思う。『前世は前世』と区切りをつけ、今を生きるこの世界を意識したのは……
ゲーム感覚でいたこの世界は、リセットのできない現実世界なのだと実感した。
……本当に気付くのが遅すぎだな、私。
それから私は必死になって知識を付けた。行動するのが遅かったという後悔とともに、この地獄のような王宮内で、私という個を確立させるために。
色々あった……
暗殺という脅威にさらされながらも、前世の知識までフルに活用し、何とか長兄の子を王に据える事ができた。
だからといっても、まだ年端もいない子供を王にして「はい、お終い」というわけにはいかなかった。
本来ならば兄が王になり、末永い安定と平和が続くはずだった国を滅茶苦茶にするわけにはいかない。
確立した私という個を再び捨てさり、国の為になる事を最優先に行ってきた。一方で現国王には、私が持てる全ての知識を叩き込んだ。
親を殺した私への恨みからか、現国王は知識を吸収していった。
プラス方向にしろマイナス方向にしろ、感情が一方に振り切れていた方が能力は向上しやすいという事を、この時はじめて知った。
「それで?大嫌いな私を呼び出してまで、いったい何の用件だ?」
私の事を嫌っている国王の事だ、何もないのにわざわざ会おうとはしないだろう……嫌な予感しかしない。
「単刀直入に言いましょう。勇者とのパイプをお持ちですね?」
勇者?レイナ・ベレージナの事を言っているのだろうか?
王は、どの情報ソースを元にその発言をしたのだろうか?
30年以上前に城に来た勇者と話した時の事?それとも、数日前に同窓会で会った時の事?
まぁおそらくは後者だろう。
今更30年前の事を引っ張り出して、関係性を探っているとは思えない。
同窓会には一人で行く、と言った私に「せめて数名だけでも護衛をつけさせてくれ」と部下に泣きつかれ、仕方なく連れて行った兵士の誰かから聞いたのだろう。
会場となった建物の入り口で待機させてはいたが、どこからか覗き見でもしていたのだろう。
なるほど……あの兵士は、私を監視するために王が仕込んでいた、というわけか。
「何を根拠に言っているのかわからんが、そんな物は持っていない」
嘘は言っていない。
勇者が偶然『前世での同級生』だった、というだけで、それ以上の繋がりはない。
ただ、それを言って、王が信じるのかどうか?というのは疑問ではある。
「先日、勇者と密会している場面が目撃されたとの証言がありますが?」
やはりそうか……思った通りだな。
「偶然その場にいたから少し話をした程度だ。それ以上の事はない……仮に私が勇者とのつながりがあったとしたら、何をさせたいのだ?」
「我が国に招き入れ、近衛兵として我が国所属の兵にしたい」
随分と馬鹿の事を考えているな。
あんな得体の知れないヤツを、この国に招き入れたらどんな事になるか想像もできん。少なくとも良い方向には向かわないだろう。
「無理だろうな。どんな好待遇だろうと、どこかの組織に肩入れするようなヤツではないな……アレは」
「なるほど、叔父上でも無理ですか……では、この国の総力を持って勇者を討伐いたします」
は?何を言っているんだコイツは?
おっと、国王を思わず『コイツ』呼ばわりしてしまった……
「叔父上がそんなしかめっ面するなんてめずらしいですね……理由がわかりませんか?」
国王の「そんな事もわかんないの?」というような勝ち誇った顔が無性に腹立つが、私は大人なので黙って話の続きを聞く事にする。
「ヤツは『勇者』『英雄』等と群衆に言われ、種族を問わず老若男女に大人気です……それこそ、国の求心力を奪うほどに。隠居していて気付いてないかもしれませんが、国民の国に対する不信感と勇者を崇める信仰心は反比例しております。昔に比べて国の求心力は落ちている……このままでは勇者のせいで国の運営が成り立たなくなってしまいかねない」
隠居していても、勇者人気は知っている。『生きる伝説』とまで言われているヤツの噂話など、どんな辺境に居ても聞こえてくるものだ。
ただ……
「人気のベクトルが違うだろう?『群』と『個』では比べる尺度が全然違うのだ。仮に勇者人気が落ちたとて、国の求心力が反比例するとも思えんな……勇者を敵にまわす、などという愚行は止める事だな」
そもそも、国の求心力が年々落ちているのは、意味のない国同士の小競り合いが原因だ。王族・貴族達のくだらない意地のための領土争いに、国民は飽き飽きしているのだ。
そんな事もわからないとはな……知識はあっても、所詮は王宮から出た事のないボンボン国王だ。実際に見る・聞くという経験値が圧倒的に足りていない。
まぁそれは、出来る限り汚い物を見せないようにして教育してきた私の責任でもあるのかもしれないな。
「勇者を庇うおつもりか?叔父上も私と同じように、国の事を第一に考えてくれていると思っていたのですが、国よりも友人を取るのですね?」
何を言っているのだろうか?
第一、国の事を考えるなら『勇者』などという化物と戦う事こそ国力を損なう行為だと気付かんのか?勇者の強さを知らないから言っているのかもしれんが、こんな事を……
…………いや、違う。
コレは、この話の流れは……
「国王の……国の命令に背くか叔父上。聞いていただろう?諸君!!」
国王の言葉を合図に、兵士達が一斉にドアを開け部屋へと入ってくる。
つまりは……そういう事だ。
「ローランド公爵は謀反を起こした!即刻、この場で処刑を命じる!」
勇者を国に引き入れられなかった時点で、私は用済みとなったわけだ。
まぁ引き入れられないのはある程度わかっていたから、何かしら理由をつけて私を亡き者にしたかったのだな。ついでに、止めるべき私がいなくなった事で、勇者討伐も視野に入れているのだろう……全て計画通りなのだろうな。
その証拠に、部屋に雪崩れ込んで来た数十人の兵士達全員に、一切の動揺が無い。
いきなり、それなりに権力のある私を「処刑しろ!」とか言われたら、1人くらいは動揺する兵士がいてもおかしくはない。
それが無いという事は、最初からこのつもりだったのだろうな……
今まで、私を謀殺するタイミングなんていくらでもあっただろう。
それをしなかったのは、まだ私の知識だけではなく、武力も必要だと感じていたからなのだろう。
その私を切り捨てる判断をした、という事は、武力面でも何かしらの地盤が出来上がったという事だろうか?
まったく……前世でのゲーム好きがたたって、無駄にレベル高くなっている私も、随分と舐められたものだ。
「この程度の人数で、私に勝てると思っているのか?」
いちおうは定型文っぽいセリフは言っておく。
強者感出してはいるものの、言っている私本人も、この人数相手にはあまり勝てる気がしない。
だからと言って、このまま私が死んだら、おそらく王は、勇者引き抜きか、討伐という愚行を行うだろう。
引き入れるも敵対するも、どちらも国を崩壊させる要因になりかねない。
だから止める。
おそらく王は、これが国のためだと本気で考えているだろう。
そして私は、それに反対する事が国のためだと本気で思っている。
なるほど、二人とも国の為に最善を尽くしたいと思いつつも対立しているのか……
「耄碌したか叔父上。『勝つ為の戦力を見誤るな』と教えてくれたのは叔父上だ。過小評価はせずに集めた戦力がこの数なのですよ!」
確かに、王の意見は正しい。
魔法職の私に、今の状態での「1対多」は厳しい。
前衛職に囲まれれば、バフ・デバフを入れるスキも与えてくれないだろうし、逃げ回って全体攻撃魔法をチャージできるほど、この部屋は広くない。
……となると、チャージタイムの短い単体攻撃魔法で各個撃破を狙うしかないか?
「やれるものならやってみるのだな…………『ハイ・サンダーボム』セット」
臨戦態勢を取り、小声で魔法のチャージを始める。
「ッチ!叔父上が魔法を撃つ前に仕留めろ!!」
私が動くとほぼ同時に、王が兵士達へ命令を出す。
状況は絶望的だ。だが負けるわけにはいかないのだ。
私の生死に、この国の未来がかかっているのだから……