第4話 ローランド公爵
「はぁ~……」
ため息とともに、手に持ったグラスの中身を飲む干す。
ちょっとした談笑も聞こえてくる同窓会会場を眺める。
最初のうちは、次々に愛花を問い詰めるヤツ等がいたりもしたが、最終的には『前世が誰なのかわかる能力を得た愛花が、何の裏もなく本当にただ同窓会をしたくなったから』という結論に落ち着いた。
というよりも、そう思わせるように愛花が上手く演技した、といった方がいいかもしれない。
皆はどうかわからないが、少なくとも私にはわかる。
愛花は本心を話していない。
まぁどう聞いたところで、絶対に本心は話さないだろうから、私もこれ以上は聞かない事にしている。
無駄な事に時間を浪費するほど私は愚かではない。
それにしても、『自分に害の無いただの同窓会だった』って結論が出たんだったら、本来の目的、というか『同窓会通知に偽装された脅迫文問題』は解決したんだからさっさと帰ればいいのに、誰一人帰らずに飲み食いをしている。
ちゃっかり同窓会楽しんでやがるなコイツ等……暇なのか?
……いや、実際暇なんだろうな。
ここにいる連中のほとんどは冒険者ギルド所属者だ。
ギルド員は基本、ギルド支部に来た仕事を選んでクエスト受注する。そして成功すれば報酬が得られる、という仕組みだ。
余裕があれば1日に何個受けてもいいし、やる気がなければ何日サボっていても誰にも文句はいわれない。
生活維持ができるのだったら、どのタイミングでどんな仕事をするのかは個人の自由なのだ。
……つまりはそういう事だ。
ここにいる連中、私もそうだから気持ちはよくわかる。今日の分の仕事は済ましているので、帰ったところで食って寝るだけなのだ。
だったら一人寂しく食事するより、ここで皆と飲み食いした方がマシだろう、って皆考えているのだろう。
ただ一人を除いては……
「ローランド公……いや、閣下とお呼びした方がよろしいか?わざわざこんな場所までご足労いただきありがとうございます。ここは私が責任者を務めさせていただいているギルドです。何か入用でしたら私にお声かけください」
部屋の端の方でチビチビと酒を飲んでいる公爵に声をかける。
中身は川田だったか?ただこの際中身は置いといて、少なくとも外身はこの世界の権力者だ。ここのギルドマスターとしてしっかりと挨拶しておかないと色々とマズイだろう。
「倉田……だったか?言葉遣いは気にしなくていい。私は今、この場には『公爵』としているわけじゃない。『川田健一』として同窓会に来ているだけだ……前世と同じような感じで話してもらって構わない」
と言われてもなぁ……私からしたら、外見通りの『ローランド公爵』にしか見えないからなぁ……そもそも、あれから50年近く経ってるせいか川田がどんな容姿してたのかすらあまり思い出せてないってのに……
「『権威』なんてものは外面を着飾るためのものだ。着飾った姿を見せびらかすべき相手というのは、今はこの場にいない。何も気にするな」
私の表情を見て察したのか『いいから、ため口で話してこいよ』というような圧をかけてきているように感じた。
川田ってこんな大物感あったっけ?
……いや、前世云々じゃなくて、今の人生が彼をそう成長させたのかもな。
ローランド公爵。
王位継承3位の王子として生を受け、幼い頃から才覚を発揮する。その才能から早い段階から自らの派閥を形成。先王の引退が囁かれた時にはすぐに行動し、兄二人を謀殺する。身の危険を感じた他の兄弟達によってローランド公は更迭されかけるが、証拠不十分と判断され難を逃れる。
次期国王確定とされながら、直前で王位を放棄し、国王の座を長兄の息子に譲り、自らは当時10歳の新国王の摂政となる。
国王が成人したと同時に、公爵としての地位を得て王宮を去り半隠居状態となり、歴史の表舞台からは消える……
私が知っているだけでも、これだけ壮絶な人生を送っている。
川田健一としての17年の人生なんて、ローランド公爵としての50年近い人生に比べれば無いに等しいのかもしれない。
だからこそだろうか、気になる事は色々ある。
「では、お言葉に甘えよう……ローランド公なら、こんな同窓会の通知なんて無視しても構わないものだったハズだ。コレが脅迫文だとしても密に脅迫相手を探し出し処断する事だって容易くできるだろう?どんな相手が来ているかもわからない危険な場所に、わざわざ自分から出向いて来た理由が知りたいな」
とりあえずローランド公の要求通り、ため口で喋りかけたけど大丈夫かな?後で不敬罪とかで王宮にしょっ引かれたりしないよね?
「特に理由なんてないさ……同窓会通知の真偽だって本当のところどうでもよかった。ただ感傷に浸りたかっただけなのかもしれんな……窮屈に感じてはいたが、束縛はされていなかった学生時代……少しでもあの頃の私を思い出させてくれるのなら、何でもよかったのかもしれない」
うわぁ~哀愁漂ってるなぁ……
平民に転生した私からしてみたら、王族に転生できただけで勝ち組に思えるんだけど、それはそれで問題抱えるんだなぁ。
「身分の違いがありすぎるから今日限りになるだろうけど、愚痴くらいなら聞いてやるよ。普段は聞けない貴族様の愚痴ってのにも興味があるしね」
「貴族として耳が痛いな」
あ、やべぇ……無礼講って言われてたからウッカリ皮肉っぽい事言っちゃったけど大丈夫かコレ?
「せっかくのお誘いだが、ここで愚痴をこぼすのはやめておくよ。あの平和だった頃の空気を感じられただけで、今日のところは満足しておくよ」
どうやら皮肉は許されたようだ。
「そりゃ残念……謎多きローランド公爵の本心ってのを聞いてみたかったんだけどな。ただ、溜め込みすぎってのは体に良くないから、その内どっかで吐き出した方がいいぞ」
「今の私のこの心情は、学生時代の幼稚な気持ちを持ったまま王族として生きてしまった私自身の責任なのだ。私の後悔の念は墓場まで持って行くつもりさ……」
そう喋りながらローランド公は、片手にグラスを持ったままゆっくりと椅子から立ち上がる。
「倉田……今日は話せて良かったよ。私は他の連中にも少々挨拶して帰る事にするよ」
そう言って近くで酒を飲んでいるヤツの元へと歩いていく。
「はぁ~……」
私は、再びため息とともに、手に持ったグラスの中身を飲む。
「約50年……か」
つぶやきながら虚空を眺める。
長いよな、50年って。