第20話 ~出席番号11番 倉田朝香 part2~
愛花に助けてもらってから数か月がたった。
片足を失って、満足に歩く事もできなくなった私は、ギルドマスターの役職を解任された。
まぁ、そのあたりは納得している。有事の際に何もできないギルマスなんているだけ無駄だ。
人間とは不思議なものだ。
仕事をしている時は「もっと休み欲しい」とか思っているのに、いざ「ずっと休んでていいよ」と言われると、何をすればいいのかわからなくなってくる。
最初の数日は、読みたかった本を読んだり、昼間っからゆっくりと酒飲んだりと、自堕落な生活をしていたのだが、あっという間に飽きてやる事がなくなった。
ウォーキングとかを趣味にでもすればよかったのかもしれないが、如何せん片足が無いせいで、歩く事が億劫になってしまい、ほぼ寝たきりの生活になった。
年齢のせいでもあるのだろうか?
寝てばかりいた時間に比例して、私の体力は日に日に奪われていった。
そうなると、もう悪循環だ。
動く気力がないから動かないでいる。結果どんどん体力が減っていく。そして余計に動けなくなっていく。
鏡を見ていないので確信はないが、ここ数日で私はだいぶ老け込んでいるだろう。
そして何となくだがわかる……私はもう長くないだろう。
先程も言ったが、人間とは不思議なものだ。
愛花に助けられたあの時は、心の底から「まだ死にたくない!」と思っていたのだが、数か月経った今は、死を受け入れている自分がいる。
「やあ朝香。今日もヒドイ顔してるね。ちゃんと食べてる?」
私の部屋へと愛花がやってくる。
ここのところ毎日来ているような気がする。
「今日は……そういや、まだ何も食べてなかったな……昨日は……愛花が置いてった食事を食べただけ、だったかな?」
「朝香ぁ~私が来たのって、昨日じゃなくて一昨日だよ……まさか丸一日何も食べないで過ごしてたの?」
そうだっけ?昨日だったような気がするんだけどなぁ……
腹は……まぁ何となくお腹すいてるような気はするんだけど、よくわからない。
食べなくても大丈夫な気もすれば、すぐに食べないと飢え死にしそうに思えたりもする。
うん、本当によくわからなくなってるな。
「しょうがないなぁ~……また胃に優しそうな物作ってくから、ちょっと台所借りるよ」
そう言ってキッチンへと向かう愛花。
あ、でも、この前愛花が作ってくれた料理、ほとんどそのまま残ってるんじゃないかな?
案の定、キッチンから、それらを片付けてる音が聞こえる。
悪い事したなぁ……愛花のヤツ気を悪くしたんじゃないだろうか?どうせなら、その残り物持ってきてくれるだけでよかったんだけどな。
「…………なぁ愛花。何でこんなになった私の世話をしにきてくれてるんだ?」
愛花の懸賞金だって解かれたわけじゃない。今でも立派なお尋ね者だ。危険を冒してまで、私の家まで来てくれる理由がわからなかった。
「そりゃあ友達だしね。それに……いや、何でもない」
何を言いかけたんだ?
ちょっと気になるけど、聞き返したところで、おそらく愛花は何も答えないだろう。そういうヤツだ。
「そういや朝香、坂上君や土屋君と仲良かったよね?二人ともタイプが違うけど、もしかしてどっちか好みの顔だった?」
唐突に世間話するように話題を変えてくる愛花。何が言いたいんだ?
「そうだな。仲良かったかもな。でも、もうこの歳になると、誰が好みとかそんなのはどうでもよくなってるからな……単純に一緒にいて楽しめる連中だったかもな……まぁそういう意味だったら、2人とも好きだったって言えるかもな」
何となく言葉にしてみて、今更ながら気付かされたかもしれない。
私はたぶん、2人の事が好きだったんだ。
だからこの数か月、2人がいなくて、急に静かになってしまったみたいで嫌な気分になって、色々とやる気力がなくなっていたのかもしれない。
おかしな話だよな。
同窓会で会う以前と同じ環境になっただけなのに、それで満足できなくなってたんだから……
あの2人とはよっぽど馬が合ったんだろうな。
こんな事なら、前世のうちから、もっと仲良くしとけばよかったかもな。
何だろう?考え出すと、色々な想いが浮かんでくる。
昨日までは、頭に靄がかかってるみたいに、何かを考えるだけで億劫になっていたのに、今日は何か調子がいいな。
「…………ごめん、朝香」
不意に愛花から謝罪の言葉がもれる。
何を謝ってるんだ?
……もしかして土屋君の事か?
「謝る意味がわからないな愛花……愛花には愛花の考えがあって、それを最優先に行動したんだろう?その結果がどうあれ、お前は胸を張って生きていればいい。愛花の行動で死んだヤツは大勢いるだろうけど『間違えた結果殺されました』なんてわかったら、たまったもんじゃない。だからお前は堂々としていればいい」
お、何か良い事言ったな私。
「それでも……朝香にだけは謝りたいんだ」
なんだよ、せっかく良い事いったのに台無しじゃないか。
「ここ数年の朝香を見てたら、これは私のせいなんじゃないかって……だからどうしても謝りたかったんだ…………この事を朝香は忘れるかもしれない。だからこれは、単なる私の自己満足の懺悔なのかもしれない……けど、それでも言わせてほしかったんだ」
ん?『数年』?『忘れるかもしれない』?
言ってる意味がよくわからないけど、まぁそれはいつもの事かな?『自己満足の懺悔』とも言ってたから、言葉の意味がわからなくてもいいのかもな。
でも、私の事を友達として大事にしてくれてる、って事でいいのかな?
「そっか……ありがとな、愛花」
そう思うと自然と感謝の言葉が出た。
はぁ……それにしても今日は喋りすぎて疲れたな。
普段ほとんど喋らないで過ごしてたのに、体調がいいからって、調子に乗って喋りすぎたかもな。
疲れて、もの凄く眠くなってきている。
「愛花が……友達で……本当に良かった」
とりあえず寝落ちする前に、言いたい事だけは言っておく。
「朝香……?おい、朝香!?」
急に私が変な事を言ったせいか、愛花が騒ぎ出す。
でも無視だ無視。
今はもの凄く眠いんだ。
とりあえず寝かせてほしい。
「……あ…………か!………………か!!」
何だ?私が寝ようとしてるのがわかって、音量下げてくれてるのか?でも逆に何言ってるのかわからなくなってるぞ。
まぁいいか。寝やすい環境にしてくれるのなら、愛花の厚意に甘えてひと眠りしよう。
今日は気分がいいから、いい夢見れそうだ。
どうせなら、坂上や土屋君とバカやってる場面の夢が見たいな……あ、夢なら何でもありだから、そこに愛花加えるのもアリかもな。
ああ……静かだ。
これなら……気分よく、ゆっくり……眠れ……そうだ……な……
※補足
朝香の主観時間で『数か月』と言っていますが、体力低下に認知症が加わって、実際は『数年』経過してます。




