第19話 大ピンチ
しくじった。
何もかもをしくじっていた。
このダンジョンは私では攻略が不可能なレベルの場所だ。最初から最後まで油断なんてしてはならなかったのに、上手く進んで来れたせいで気を緩めていた。
目の前にいるヤツが敵だとわかったのなら、そいつを警戒しつつも周囲の状況を確認するべきだった。
今までの私だったら、全て出来ていた事だ。
ギルドマスターになって驕っていた。上を目指す立場から、下を見守る立場になっていたせいなのだろうか?
ギルドマスターになってからは、無茶な任務をやる事が少なかったせいで、完全に勘が鈍ってしまっていた……いや、それとも歳のせいなのだろうか?
ともかく、今のこの状況は非常にマズイ。
前後を囲まれているため、回復魔法をかけつつ、ゆっくりと空いている側面へ移動する。
私が動いた方向へと、2匹のゾンビが向きを変えて、同じくゆっくりと近づいてくる。
やっぱり片方のゾンビは土屋君だ。
改めて顔を見返して確認する。
何者かに操られている、とか?
いや、その線は無いな。顔色からして完全に死んでいる。何よりも、右肩から左わき腹にかけてバッサリと斬られている跡がある。どこから見ても致命傷になるような傷痕だ。
ん?右肩から左わき腹にかけて?
……まさか?
いや、今はそんな事考えている場合じゃない。
何者かに殺された土屋君の死体を操っているヤツがいるのかもしれないので、ソイツをどうにかしないと、土屋君の遺体を埋葬できないかもしれない。
だが今は、ソイツをどうこうするよりも、この土屋君含めた2匹のゾンビを何とかしないと、私もゾンビの仲間入りになりかねない。
逃げるか?
いやいや、逃げてどうする?そもそもの目的が土屋君の捜索だったろ?『土屋君がどうなったのか?』『土屋君が、チート能力保持組を探すうえで、何故この場所を選んだのか?』そのあたりの答えは目の前のゾンビが持っているのだから。
土屋君の事だ、ちょっとした日記だったり資料だったりを持っているハズだ。おそらく、あの腰に掛かっているバックの中に……
ってなると、やっぱり戦うしかないかな?
死んで魔物になってしまったのなら、倒して成仏させてやるのが友人としての役目なんじゃないかと思う。
クソ……本来、こういう役目は坂上なんだけどな……アイツももういないんだ。私がやってやるしかない。
意を決して、まとまって歩いてくる2匹のゾンビに廻し蹴りを、不意打ち気味に放つ。
2匹とも若干よろめいた感じには見えたが、如何せん相手はゾンビなので、ちゃんとダメージが通っているのかどうかの判断がつきにくい。
すぐさま土屋ゾンビが私に向かって剣を振ってくる。
よし、大丈夫だ。相手の動きはちゃんと見えてる。
私は土屋ゾンビの攻撃を避ける。すると、それを狙ったかのように、私が避けた方に向かって、もう1匹のゾンビが剣を振り下ろす。
もちろん、その攻撃もかわす。
大丈夫大丈夫。冷静に相手の動きを見れば対処が可能だ。
昔っから、すばしっこさだけは得意だった私を舐めるなよ。
1撃では物足りなかったのか、土屋ゾンビは間髪入れずに2撃目を放ってくる。
今度は私の足をめがけて、執拗に剣を振り回してくる。
私はそれを、縄跳びを飛ぶようにピョンピョンと跳ねてかわし続ける。
そういや何度か土屋君とパーティー組んで魔物退治とかしたけど、土屋君って、まずは相手の長所を潰そうとする戦い方してたような気がする。
ゾンビになっても、その辺のクセは出るんだなぁ……
土屋ゾンビに対抗するかのように、もう1匹のゾンビも私へと攻撃してくる。
何とかかわすが、さすがに2匹同時に攻撃されるのは厄介だ。
私は2匹のゾンビ同時に、足払いを仕掛ける。
うまい具合にヒットし、2匹同時に倒れる。
よし、上手くいった。
この間に少し距離を取って、態勢を立て直そう。
そう思って走り出した瞬間、思いっきり顔面からズッコケる。
よく見ると、私の右足首を、土屋ゾンビじゃない方が、倒れたままガッチリと掴んでいる。
ちょっと待ってよ!?それあり!?
それを確認したかのように、土屋ゾンビがゆっくりと起き上がり、力を貯めるような体勢をとる。
アレってもしかして、ファイター系が覚える、攻撃力が倍になる代わりに防御力が半減するっていう『パワーチャージ』じゃない?
ヤバイ!呑気に転んでる場合じゃない!?
掴まれた右足を思いっきり振り回してみるものの、ゾンビの手はまったく離れてくれない。
そうこうしている内に、土屋ゾンビは次の動作に入る。
剣を両手に構えて大きく振り上げる。
アレはファイター系の連中が頻繁に使っているから見覚えがある。相手に大ダメージを与える事ができる『スラッシュ』って技だ。
大振りなんで命中率は高くないけど、今の私は動けない格好の的だ。『パワーチャージ』と『スラッシュ』の合わせ技は非常に危険だ。
私は自由にできる左足で、私の右足を掴んでいるゾンビの顔面に蹴りを数発入れる。
しかしまったくといっていいほど、右足の拘束は解けない。
クソ!ダメージは通ってる感触はあるのに……コイツらゾンビだから痛覚とか無いのか!?
仕方ない、覚悟を決めよう!強烈な一撃がくるのは理解できる。なのでせめて、急所だけは守るようにして左腕くらいは犠牲にしよう。
身体をひねって攻撃をかわしつつ、直撃をくらったらマズい首から頭にかけては左腕でガードして……
「うあああぁぁぁぁ!!!」
凄まじい痛みに叫び声がもれる。
色々考えてる内に攻撃が来てしまっていた。
考えた通りに致命傷さえ避ければ、まだ対抗策はあった。
しかし……
土屋ゾンビの攻撃は、私が予想していた箇所には来なかった。
狙われたのは、固定されたままの、私の右足だった。
土屋ゾンビの攻撃は、私の足を掴んでいたゾンビごと、私の右足を切断していた。
「クソ……」
ぼやきながらも回復魔法をかけて、転がりながら、その場から少し距離をとる。
……距離を取って、それでどうする?
私の右足は太ももから先が無くなっていて、立ち上がる事さえできない。
この状態で、ココから先どうやって戦うっていうの?
あくまでも、相手の長所を潰そうとする土屋君の戦い方をあまくみていた。
あの状態でも、一撃で倒せる可能性がある方を選ばずに、足を狙ってくるとは思ってもみなかった。
回復魔法をかけながら冷や汗をかいている私へと、土屋ゾンビがゆっくりと近づいてくる。
ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!痛い!痛い!ヤバイ……
冷や汗が止まらない。自分でも信じられないくらい動悸が激しい。このまま心臓が破裂するんじゃないかと思えるほどだ。
一歩、また一歩と土屋ゾンビが近づいてくる。
ヤバイ!このままだと死ぬ!ヤバイ!ヤバイ!!死にたくない!まだ死にたくないよっ!!
ふいに、私の視界に映る土屋ゾンビの首が飛ぶ。
そして、そのまま崩れ落ち動かなくなる。
え?何?何が起きたの?
「こんな場所で何やってんの朝香!ここは危険だから近づくなって言ったの忘れたの!?」
背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「それに、ここの2層は、この場所で死んだ連中がゾンビになってうろつくっていう特殊なフィールド効果があるんだ!相手が土屋君だと思って手加減でもした?土屋君はもう死んでるんだ!あのゾンビは土屋君じゃない!ただの魔物なんだよ!」
私が振り返ると、そこには愛花が立っていた。
そう……
土屋君が既に死んでいた事を知っていたような口ぶりで喋る、利腕である左手に剣を持った愛花が……




