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番外編3 ~出席番号22番 新島カオリ~

 何とも嫌な仕事をした。

 仕事じゃなければ死んでもやりたくない事だ。


 前世の記憶があるから、倫理観がこの世界の常識から若干ズレている事はあるとは思って今まで生きてはいたけれど、それでもコレは、この世界での倫理観にも反している。

 そもそも、この世界に転生して、もうすぐ50年経つ。前世での常識よりもコッチの世界の常識に既に染まりきっている。

 だからこそ断言できる。

 私がやった仕事はイカレている。




「ついに追い詰めたぞ勇者レイナ・ベレージナ!」


 前方から聞こえてきた連隊長の声で、ふと現実に戻る。


 いかんいかん……いちおう今は部隊の大隊長としてこの場にいるのだから、数日前に行ったクソみたいな仕事の内容は、いったん忘れよう。


 私の人生色々あった。

 高校の修学旅行中バス事故で他界。気が付いたら記憶を持ったまま異世界に転生していた。

 ゲームのようなこの世界を楽しみつつ、成人してからは兵士として王宮に就職した。

 安定した職につけた事に安堵しつつも、それでも上を目指し、精鋭部隊に編入されてた。


 それから数年紆余曲折あり、今現在一部隊の大隊長としてこの場にいる。


 今回の任務は『勇者レイナ・ベレージナ捕縛作戦』。捕まえる事が主な目的ではあるが、困難だと判断された場合は討伐任務に切り替わる事になっている。


 何とも馬鹿らしい……

 勇者一人に対して数千人からなる大部隊。ただ連行するだけなのに、この数は多すぎだろ?『捕縛が困難なら討伐せよ』?この人数に対してケンカするバカなんているか?

 いきなり襲い掛かるわけではなく、話し合いから入るんだから『死ぬ』か『捕まる』かを勇者本人が選べるんだ。勇者だって素直に従うだろう。


「スゴイ兵隊の数だね……こんな大人数で私に何か用?」


「勇者レイナ・ベレージナ。貴様には国家転覆罪の容疑がかけられている。我々に従い王都までご同行願いたい」


 連隊長と勇者との会話が始まっていたので黙って聞く事にする。


「従わなかったらどうなるのかな?」


「捕縛不可能なら、すみやかに殺害するように命令を受けている……従う事を推奨する」


「う~ん……『国家転覆罪』とか言われても、身に覚えがまったく無いんだけど……ちなみに素直についてった場合はどうなるの?ちゃんと裁判とかしてくれる?」


「残念だが、貴様が何を言おうと罪は確定している。良くて無期懲役、普通に考えれば死罪だ」


「それって、今死ぬか後から死ぬかってだけの違い?ひどくない?」


 勇者の言う事はもっともだな。

 ただ、少しでも生きられる可能性があるなら、素直に従って無罪を訴える方を選ぶべきだろう。


「貴様には『国家転覆罪』だけでなく『偽証罪』の容疑もかけられている。簡単に許される罪ではない」


 ……ああ、連隊長。

 ()()を言うのか。

 そうだよなぁ……偽証罪の証明のためには必要だもんな。


「偽証罪?そっちも身に覚えがないんだけどなぁ」


 まぁ説明も何も無しじゃ、そういう反応にはなるよな。


「貴様が『勇者』と言われているのは、かつて『魔王を倒した』とされているからだ。違うか?」


「まぁ……そうだね」


「それが『嘘』だという事だ。我々は、魔王の埋葬地を掘り返してみたが、そこからは何も出てこなかった。骨の一欠片すらだ」


 簡単に言うなぁ連隊長……

 仕事とはいえ、墓をほじくり返すなんて事をされられた私達の身にもなってみろよ。

 死者の冒涜に嫌悪感を抱くのは、私が元日本人だからってだけじゃないと思うのだけれどな……


「墓を……掘り返した……?」


 連隊長の言葉を聞いて、勇者の声色が変わる。

 さっきまでは、この大人数に囲まれていても軽い口調を維持していた勇者だったが、声のトーンが重くなったのを感じた。


「お前等……やって良い事と悪い事の区別もつかないのか……?」


 口調だけではなく、周りの空気すらも変わる。

 勇者とはそこそこの距離があるのだが、これだけ離れていても凄まじい圧を感じる。


「アイツは……西野は私の大切は親友だったんだ……そんな……そんな西野の死を冒涜したのか!?」


 勇者が叫ぶ。

 ……いや、でもちょっと待て。勇者が今叫んだ言語って……日本語?じゃあ、この勇者って私と同じで、この世界に転生してきた誰かって事?

 ってか今、勇者日本語で『にしの』って言った?『西野の死を冒涜』?じゃあ、魔王の名前が『にしの』って事?

 んん?でも伝わってきた魔王の名前って『魔王ルカ』だったような……


 ……『にしの』?『ルカ』?……『西野ルカ』?…………『西野琉花(にしのるか)』!?

 いた!高校の時の同じクラスに確かにいた!!『沙川マヤと双璧を成す陰キャ西野琉花』って有名だった気がする。


「な……何?貴様、今何を言ったんだ?」


 そりゃ日本語なんて知らない連隊長じゃ、勇者が言った事なんてわからないだろうよ。


 本当だったら今すぐ勇者に詰め寄り「お前は誰だ?」と問い詰めたいところだが、当の勇者本人の表情を見ると、かなりブチキレてるようなので、そんな事を聞いている余裕はなさそうだ。

 というよりも、勇者からの圧がどんどん増しているような気がする。

 いや『気がする』じゃない。完全に増している。


 ヤバイ。

 何かよくわからないけれど、コレはヤバイ気がする。


「第二大隊!撤退だ!今すぐこの場から離れろ!!」


 私は自分の隊に大声で命令を出す。

 それと同時に全力で走った。

 私の隊の連中は「コイツ突然何言い出してんだ?」くらいの表情で呆けている。


「馬鹿野郎!!逃げろ死にたいのか!?」

「……エクスプロージョン!!」


 私が隊に檄を飛ばすのとほぼ同時に、勇者が聞いた事もない魔法を唱える。


 勇者を中心として、凄まじい炎が広がっていく。

 近くにいた連隊長だけでなく、私の隊も半分は飲み込まれてしまっていた。


 炎の塊は、ギリギリ私に届く前に止まり、ゆっくりと引いていった。


 助かった、と安堵の息を吐いたが、炎が引いた後の光景を見て、再び息を飲む。


 そこには、数えきれないほどの焼け焦げた死体が横たわっていた。

 おそらく連隊長は、あの死体の一つになってしまっているだろう。そして、私と同じ大隊長も何人かは巻き込まれてしまっただろう。


 コレは……指揮系統は完全に断たれただろう。

 そうなるとマズイのは……


「うわああぁぁぁ!!」


 任務を忠実にこなそうとしてなのか、恐怖からなのかはわからない。

 残った兵士達が叫び声を上げながら、一斉に勇者へと襲い掛かる。


「ダメだ!いったん引け!出直しだ!!無駄死にになるぞ!!」


 私がいくら叫んでも、その声は、たくさんの兵士の怒号によってかき消されてしまっていた。


 押し寄せる兵士の群れに、勇者は怯む事なく、大きく剣を横薙ぎに振るう。まだ剣の射程に、誰も入ってきていないにも関わらず……

 ただ、その瞬間、離れた位置にいた兵士数人が真っ二つに斬られたのだ。


「……飛ぶ、斬撃?何だよソレ?そんな技知らないっての……」


 ってボヤいてる場合じゃない!?

 斬撃が飛んでくるって事は、私が立ってるこの位置も安全圏じゃない!?


 そう思った次の瞬間だった。

 両足の太ももに凄まじい激痛が走り、気付いたら地面に倒れこんでしまっていた。

 すぐに立ち上がろうとするも、立ち上げる事ができなかった。


 恐る恐る、自分の足へと視線を向ける。

 そこには、本来だったらあるはずの物が無くなっていた。


 私の足は、太ももから先が無くなっていたのだ。


「うあああああぁぁぁぁ!!!?」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃ!!


 後になってから凄まじい痛みが私を襲ってきた。

 さらに、立ち上がれない私の上を、たくさんの兵士達が勇者に向かって駆けていく。


 怖い!怖い!痛い!怖い怖い!痛い!


 この場を離れなければ確実に死ぬ。

 死にたくない!まだ私は死にたくない。


 残っている両腕を使って、必死になってその場から逃げる。

 どう逃げたかわからにくらい必死になって逃げた。


 気が付くと、私の目の前に、後方部隊である同僚の女性が立っていた。

 彼女の職は『ビショップ』、回復のエキスパートだ。


「痛い……痛いよ……助けて…………お願いだから助けてよ……」


 なりふり構わず、必死になって彼女へと訴える。

 私はまだ死にたくない。


 彼女は、険しい顔をしながらも、私をそっと抱きしめてくれる。

 少しだけど、痛みが和らいだような気がした。

 助かるのかな?……私?


 あ、そういえば……冷静に考えてみたら、今の私って血と泥でグチャグチャじゃない……?

 そんな私を抱きかかえたりしたら……キレイな彼女が汚れちゃうんじゃ……?


 馬鹿だな……私、何も……考えずに、彼女を……頼っちゃった……。


 優しいよな……彼女…………どうか……彼女も…………死なず……に、無事に……帰れ……ると………いい…………な……


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