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番外編2 ~出席番号19番 千葉真里佳~

 ここは地獄だろうか?

 私は何か大罪でも犯したのだろうか?

 私なりには一生懸命マジメに生きてきたつもりだったのに、どこで間違えたのだろうか?


「痛い……痛いよ……助けて…………お願いだから助けてよ……」


 目の前には、両足を失いながらも、必死に這いつくばって逃げて来た同僚が、私に助けを求めてきている。

 ただ、どれだけ回復魔法をかけても、もうこれは助からないと一目でわかる。

 傷はゆっくりだけど癒えるかもしれない。

 でも、それまでに奪われた血や体力までは回復できない。

 回復魔法をかけている最中でも、体力はジワジワ奪われていくだろう。

 傷が完全に治りきるまで彼女の体力が持つとは思えなかった。


 それでも……それでも彼女が、少しでも楽に逝けるのなら。そう考えて彼女を抱きかかえながら必死に魔法を唱える。


 ゆっくりとではあるが、彼女の苦痛に歪んだ表情は緩和していく。

 代わりに、彼女の呼吸もゆっくりと止まっていった。


 王宮の兵士になって25年。

 同じ時期に入隊した彼女とはずっと一緒に戦ってきた仲間であり大切な戦友だ。「まだまだ若い連中には負けないよ!」そう言って笑う彼女の笑顔は実に印象的だった。

 カサカサの紫色に変わってしまった彼女の唇を見て、あの可愛くも美しくあった彼女の笑顔がもう見れなくなった事が悲しかった。


 いや……悲しむフリをして、恐怖を紛らわせたいだけなのかもしれない。

 私はなんて嫌な女なんだろう。

 そして……そんな私も、すぐに彼女の後を追って逝く事になるだろう。


「死んだら……また転生できるかな?」


 誰に語りかけるわけでもない、ただのひとり言が口から漏れる。

 と言っても、今この場は阿鼻叫喚の地獄絵図状態だ。誰も私の言葉など聞いていないだろう。

 自然と瞳からは涙が零れ落ちる。


 死にたくない……まだ死にたくないよ……


 前世の記憶がある分、人よりも長く生きているようなものであり、この世界でも十分生きたと思っている。

 それでも、死ぬときはベットの上で家族に見守られて死にたいと思うのは私のわがままなのだろうか?

 こんな場所で、あっさりと死ぬなんて最後は絶対に嫌だ。


 どうしてこんな最後になってしまったのだろう?

 私はどこで選択を間違えたのだろうか?



 前世でいう『国家公務員』を目指すような感覚で、王宮の兵士を目指した。

 幼い頃からレベル上げを必死にやった。

 その甲斐あってか、案外あっさりと王宮の兵士に採用された。

 そこで出会った、少し年上の男性と結婚もした。

 前世では体験できなかった事をたくさんした。

 家族のためにと努力は続け、国王付の精鋭部隊に配属もされた。

 騎士の位も貰えた。平民出身だった私からしたら大出世だ。

 皆の助けになる事は長年たくさんしてきたつもりだ。


 何が……何がダメだったの?


 その場を動く事が出来ずに、うずくまりながら声を殺して泣いた。

 今すぐにでも、この場から逃げ出したかった。


 「万全を期すために」と雇っていた、ギルド員達が逃げ出しているのが見えた。

 雇った人数と、逃げている彼等の数を比べると、ギルド員もだいぶやられてしまっているのだろう。

 出来る事なら、そんな彼等に混じって、全てを投げ出して逃げ出したい……


 わかっている。

 王宮の兵士である私が、命令も無しに逃げ出したら、どう言い訳したところで『命令無視の敵前逃亡』だ。

 そもそも、この瓦解した部隊で、命令系統はどこまで機能しているのだろうか?

 おそらくだが、指揮官達はもう……

 それでも……それでも逃げ出しておめおめと生き延びてしまったら、私だけじゃなくて家族にも迷惑がかかってしまう。

 一度でも「味方が戦っている戦場で敵前逃亡した」という嫌な噂が流れてしまったら、どこまでいっても、その言葉は追いかけてくる。

 どこにも、私達家族が生きていく場所は無くなってしまうだろう。

 私だけならそれでもいい。

 だけど、子供達の事を考えると、そういうわけにはいかない。


 涙を拭いながら、ゆっくりと立ち上がり、戦場の中心地へと歩きだす。


 敵はたったの1人。

 そのたった1人の敵に、数千人の部隊が半壊……いや、もう既に全壊寸前になっている。


 楽勝な任務のハズだったのに……



 敵は、一昔前には『勇者』と云われた、元英雄だ。

 国家反逆罪を犯したらしく、私達に捕縛任務が下された。

 集められたのは各国の精鋭部隊と冒険者ギルドからの支援員、合わせて4桁にもなる人数。普通に考えれば過剰な戦力だ。

 私の様に、後方支援組も多くいるので、全員が全員直接戦うわけではないのかもしれないが、それでも1人に対して、と考えるなら十分すぎる戦力のハズだった。


 それに、敵は仮にも『勇者』とまで呼ばれた人物だ。

 魔物相手ならともかく、人に対して牙をむくような事はないだろうと思われていた。


 この、見た目過剰戦力は、あくまでも勇者に、抵抗する気力を無くさせるためだけの物であり、誰もが「勇者は無抵抗のまま捕まるだろう」という予想だった。


 結果はこの有様だ。


 人類ではどうにもならなかった魔王を倒したという勇者。

 私達は、そんな勇者の実力を過小評価しすぎていたのだ。

 その気になれば勇者は、過去の魔王と同じように、世界を恐怖で縛り上げる事が可能な程の力を持っているのだ。

 ……ただ『勇者』だからソレをしなかったというだけの話だ。


 でも……


「『勇者』なんでしょ?何で……何でこんな酷い事できるの?」


 自然と口から愚痴が漏れる。


 前線に近づいていくにつれ、地面に転がっている死体の数がおびただしい数になっていた。

 直視できないような惨い遺体も転がっている。


 いや……わかってる。勇者がこうするのも、ちゃんとわかる。

 無抵抗のまま捕まっても、待っているのは確実な処刑。たとえ無実だったとしても、国相手ではそんな事は通じない。国の偉い人達が全員で「黒だ!」と言えば、白でも黒にさせられてしまう。

 それでいて、国が相手でも戦える力を持っているなら、そりゃあ抵抗もするだろう。私だってそうする。


 私が考えている事は、身勝手なだけの事なのだ。「私達は死にたくないから、代わりに死んでくれない?」というものだ。


 前世では、よく「魔王を倒す勇者」という内容のゲームはあった。

 しかし、描かれている内容は「勇者が魔王を倒すまでの話」であって、その後の内容は存在していない。

 もしかしたら、ゲーム世界の勇者達も、最終的にはこんな感じの事になってたりしたのかな?


 そんなくだらない事を考えているうちに、ついに前線へと到着する。

 そこでは私と同じように、逃げるに逃げられない人達が、まだ勇者と戦っており……そして死んでいっていた。


 私がここまでやってきたのは、そんな人達を少しでも救うため。少しでも生き延びられるようにするためだ。


 補助魔法をかけようと、魔力を溜める。


 そして、一瞬だが勇者と視線が合う。


 バフ魔法が入ると厄介になるのは勇者もわかっているのだろう。凄まじく速い動作で、持っていた予備の剣と思われる物を抜き取り、私へと投擲したのが見えた。


「あ……」


 そんな言葉しか言えなかった。

 走馬灯というのだろうか?時間の流れがゆっくりになったような気がした。

 飛んで来る剣を見ながら「死んだかな?」と思うくらいの思考はできた。

 ゆっくりした時の中、最後に想う事は家族の事でも戦友の事でもない。ただ何も考えられずに、視線は刃に釘付けになっていた。


 そして……


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