プロローグ ~出席番号11番 倉田朝香~
私は異世界転生した。
前世では高校の修学旅行中のバス事故で死亡したようで、気が付いたら記憶を持ったままこの世界で赤ん坊として生を受けていた。
その時は色々と思う事はあったような気がするのだが、今となってはもう、あまり覚えていない。
というか、こちらの世界で既に、前世での享年の倍以上生きているので、正直前世での記憶とか、実は夢でも見てたんじゃないかとさえ思えてくる。
転生する時、神様だか何だかわからない人に、この世界を平和にしろ、とか言われた言葉を真に受けて、幼い頃からギルドに所属してレベル上げに勤しんでいたせいで、今では婚期を逃したどころではなく、このまま一人寂しく独身のまま天寿をまっとうしそうで、正直困っている。
というか、もうすぐ50歳という年齢と、このファンタジー世界での平均寿命を考慮すると、もう棺桶に片足突っ込んでいるレベルだ。
まぁレベル上げを頑張っていたおかげで、高位職の上の超位職になれたので、今現在、ギルドマスターの職につけて、生活に苦労する事はないんだけどね。
それにしても、世界を平和にしろ、とかいう話だったのだが、何をもって『平和』なのかがまったくわからない。
この世界は、別に人類の存続の危機だったり、世界が破滅するとか、そういった事は生まれてから一度もおとずれてきていない、普通に平和な世界だ。
そりゃあ魔物とかがいて、人に襲い掛かってきたりもするけれど、前世でも猛獣とかはいたわけで、大した差はない気がする。
むしろ、レベルやステータスがあるおかげで、魔物に襲われても普通に対処可能なんで、前世よりも危険度は低い気もする。
平和を乱すような事なんて、ゲームのイベントかのように出て来た『出会っても絶対に手を出してはいけない超極悪賞金首』とか『世界全土の領主を恐怖に陥れた魔王』とかの出現くらいだろう。
まぁその辺も気が付いたら討伐されていて、私からしたら、結局何だったの?って感じだ。
そういえば言い忘れていたのだけれど、私が転生してきたこのファンタジー世界は、完全にゲームの中の様な世界なのだ。
生前、私はあまりゲームはやっていなかったのだけれど、その当時流行っていたフルダイブ型VRゲームってやつみたいだって事くらいはわかる。
とにかく、そんな世界に転生してきてしまった感じだ。
『レベル』や『ステータス』という概念が存在し、魔物を倒してレベルを上げれば、それがステータスに反映されるし、自分のステータスも見れる。自分に割り振られた職業?兵種って言うの?よくわからないけど、そういう物も存在しており、その職業のレベルを上げる事で特技や魔法を習得できて、使用できる特技や魔法とかも、そのステータス欄で確認できる。
頭の中で「ステータスを確認したいな」とか意識すると、何も無い空間に文字が表示される、みたいな感じ?自分の網膜にだけ映し出されるみたいで、他人の物は見る事はできなかったりするんだけど……それでも何とも便利な体内構造になったものだ。
ゲームと違う部分を上げるとしたら、年月と共に自アバターが老いていく事と、死んだらデスペナルティとか無く、本当に死んでしまう事くらいだろうか?
あ、後はログアウト機能が存在しないって事もあるか。
まぁログアウトを選択できるボタンが目の前に現れても、それを押す勇気は私にはないだろうけどね。
前世での「たぶん死んだだろうな……」って記憶がある状態で今のファンタジー世界を『ログアウト』して、私の意識はどこに行くの?ってね。
いや……無い物の話をしても意味はないか。
そんな、前世がどうこうとかに思いをはせるよりも、今をどう生きるか、だ。
この世界に転生してきた皆も、今となっては、前世よりも今世に重点を置くようになっているだろう。
うん、それくらいには年齢的に達観してきている気がする。
あ、ちなみになんだけど……修学旅行中のバス事故に巻き込まれたクラスメイト全員が、こちらの世界に転生してきているらしい。
いや、バス事故で一命をとりとめたヤツは来てないらしいけど、1クラスほぼ全員がこの世界に来てるという話だ。
ちなみに、さっきから『~らしい』を連呼しているのは、私が実際に確認したわけではないからだ。
事実、この世界で生きてきて、数十年間はその事に気付かなかった。
いや……何となくだけど「転生したのは私だけじゃないんじゃないかな?」「他の皆もこの世界に来てるんじゃないかな?」とか想像する事はあったかもしれない。
ただ、まぁ確認方法がなかったってのはあるかもしれない。出会う人全てに「アナタも転生者ですか?」とか聞くわけにもいかない。聞き回ってたら、ただの危ない人認定されるだけだろうしね。
じゃあ、何で「転生者が他にもいる」ってのを知ったかというと……
「やあ朝香。相変わらず難しい顔してるね。トイレ行きたいなら行った方がいいと思うよ。我慢はよくない。一人で行くのが寂しいなら、高校時代みたいにトイレ付き合ってあげようか?」
私の職場でもあるギルドマスターの執務室。そこにある来客用のソファーで寝転がりながら喋りかけてくる少女。
私のこの世界での名前は『オリヴィア・ウォード』という。
しかしこの少女は、名乗ってもいない私の前世の名前を呼んでくるのだ。
彼女の名前は『レイナ・ベレージナ』。
その名前は出会う前から噂で知っていた。30年前くらいに『勇者』とか『英雄』として世界中に名が知れ渡っていたからだ。
詳しい話は当人の口から聞いた事はないのだけれど、途中起こった『超極悪賞金首』とか『魔王』とかを倒したのが彼女なのだろう……少なくとも世間一般的には、そう噂されている。
そんな彼女と出会ったのが、私が30歳ちょいの時だったと思う。
驚いた事に彼女は、前世では同じクラスで親友でもあった飯島愛花だと言うのだ。
それを証明する物は何も無いのだけれど、愛花しか知らないような事を知っていたり、口調や性格が昔のままだったりと、状況証拠的にいちおうは納得している。
とにかく、彼女から「一部除いたクラスメイト全員が、この世界に転生してきている」と聞かされたのだ。
何でそんな事を知っているのか?そもそもで、どうやって私の前世の名前がわかったのか?疑問に思う事は多々ある。
ただ、彼女と再会してから十数年。そんな事を気にするのを辞めた。
もう「コイツはそういうものなんだ」と思って気にしないようにした。
愛花だけど愛花じゃない……そんな存在。
「愛花さぁ……いつまでも、そんなバカみたいな事言ってないで、少しは年相応な発言をしよう、とかってないわけ?」
「アハハハハ……別にいいじゃん。だって私の心はいつまでたっても若いままなんだから」
私の呆れたような言葉に対して、笑いながら返してくる愛花。
でもさぁ……
「それって……ギャグで言ってんの?」
そう!コイツ……
私と一緒に転生してきたって言うのなら、私と同じで、もうすぐ50歳なハズなのだ!出会ってからも十数年経っている!それなのに……それなのに!
「ギャグじゃないよ。それが若さを保つ秘訣なんだよ」
嘘つけよ!!
そんな程度の秘訣で説明つくかよ!?
だってコイツ……
出会ってから一切老けていない!
いまだに20歳前後な容姿って有りえないだろ!?