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異世界恋愛【短編】

魔王の娘は休業中?専属侍女は残業中!


 私は魔王の娘、フリージア・ドゥ・ディアボロ。

 この魔国で誰よりも美しく、もっとも高貴な女。


 私は魔王の娘、フリージア・ドゥ・ディアボロ。

 薔薇のごとき気高さを持った、この魔国の王女。


 それがこの私、フリージア・ドゥ・ディアボロ!



 よし!



 強く暗示をかけて、むんと気合を入れる。


 この重厚な大扉は社交界(戦場)に繋がっている。


 そう、政界に蔓延る魑魅魍魎(貴族たち)と、威圧感がハンパない荘厳な会場が私を待っているのだ。



 王女である私とエスコートをしてくださる魔王陛下(お父様)の入場は一番最後。

 間も無く順番が回ってくると考えただけで身体が(ふる)えそうです。



「よいかフリージア?」

「はい、お父様」



 いよいよね。


 お父様の隣に立ってその腕に手を添えると、時を同じくして大扉が開いていく。



「魔国第百十代魔王プロテア13世、並びに第一王女フリージア・ドゥ・ディアボロ様のご来場にございます!」



 私たちの名が高らかに告げられ、扉を潜ると世界が一変した。


 煌びやかなシャンデリアに照らされた会場内はその全てが輝いて見える。


 綺麗に飾られた場内にテーブルを埋め尽くす贅沢な料理の数々。


 洗練された正装に身を包む男性も、豪奢な宝石やドレスで身を飾った女性も別世界の住人のよう。



 ゴクリ……



 みなの視線と豪華絢爛な会場の雰囲気に気圧されて、思わず生唾を飲み込む。


 隣をちらりと見れば魔王陛下(お父様)にはまったく動じた気配がありません。


 さすがです。


 いけない、いけない……


 感心している場合ではありません。

 魔王の娘はこの程度で動揺したりしないのです。


 この夜会の主役(ヒロイン)はこの私、フリージア・ドゥ・ディアボロよ!


 感情を隠す微笑み(アルカイックスマイル)を顔に貼り付け、私を気遣いゆっくりと足を運ぶ魔王陛下と並んで進む。



「さすがの威容ですな」

「本当に魔王陛下はいつ見ても凛々しいですわ」

「何とも頼もしい我らの王だ」

「ああ、相変わらずなんて素敵なのかしら」



 魔王陛下の堂々たる美丈夫っぷりに貴族たちは感嘆し、令嬢たちは熱く潤んだ瞳しを向けている。


 確かに三児の父とは思えぬ若々しく美しい姿よね。



「王女殿下もお美しい」

「さすが魔王の娘」

「魔王の娘に相応しき所作」

「お召し物もとっても素晴らしいですわ」

「とても綺麗……」



 私向けられる賞賛の声


 だけど……


 ――みんな本当の私を知らない。


 誰も彼もが今の私を魔王の娘としか認識していない。

 誰もこの私をフリージアという娘として見ていない。


 実の父である国王陛下も本当の私を知らないのだと思う。


 誰も私を……私の本当の姿を見ていない。



「私は仕事の話がある」



 魔王陛下が宰相たちを見つけ、私に耳打ちしてきた。



「私はお邪魔ですわね」

「すまないな」

「問題ありませんわ。私はもう子供ではないのですから」



 そう強がると魔王陛下は優しい目を私に向けて笑われた。



「そうだったな。フリージアはもう立派なレディだ」



 魔王陛下(父親)の娘に向ける慈愛の瞳に私の良心が少し痛む。



「夜会を楽しんでくるといい」

「はい……それではお父様、行って参ります」



 スカートの裾を軽く摘み膝を折ってカーテシーをして魔王陛下から離れた。


 一人になった王女はみなの良い獲物らしい。


 次々に貴族子女が私の元へと訪れた。


 時に歓談を、時にダンスの誘いを受け無難に対応していく。

 時間は過ぎていき、ほぼ重要な人物とは相対し終えたはず。


 基本的にまず地位の高い者から順に、身分の低い者は後に回されるのが通例。


 後半の疲れている時に誘いを断りたくても断れないような人物が来られると困るものね。


 身分の低い者なら相手をしなくとも問題にはならないので、たいてい後半に声をかけてくる貴族子女はあしらうのが通常である。


 もう疲れたし、これから近寄る者たちはよっぽどの相手でない限りはにっこり笑ってお帰りいただきましょう。


 だから、これから誘いに乗らねばならない相手は地位の如何に問わず重要な相手であると周囲に示さねばならない人物とも言える。



「王女殿下」

「……シビリカ卿」



 私を呼ぶ声に振り返れば、そこにいたのは優しく微笑む美青年。


 アキレス・シビリカ男爵。


 その燃えるが如く見事な赤髪が目に入ると、いつも(・・・)のように私の心臓はドキッと高鳴る。


 私の動揺に気づいているのかいないのか、彼は私に歩み寄ると両足を揃え軽くお辞儀をした。



「俺……私と一曲踊っていただけませんか?」

「私で良ければ喜んで」



 感情を隠す微笑み(アルカイックスマイル)を崩さないように気をつけながら、軽く首を横に傾けて頷き了承する。


 シビリカ卿は魔国において絶大な人気を誇る救国の英雄。


 爵位こそ低いが『卿』と敬称を付けて呼んでいる事からも分かるように粗雑に扱えない人物である。


 今から一年前、平和な魔国を卑劣な人間族が条約を破って侵攻してきた。


 最初はうるさい蝿を追い払うようにあしらっていたが、人間どもが『勇者』などと名乗る野蛮な戦闘狂(ベルセルク)を投入してから事態は一変。


 女神の加護を受けたと自称する勇者の力は凄まじく、魔国の名だたる将や猛者が討ち取られてしまった。


 このままでは魔都パンデニウムまで攻め上られる。

 そんな危機感を勇者は魔国の住人たちに抱かせた。


 そこで登場したのが目の前にいるアキレス・シビリカ。


 当時、ただの平民で無名だった彼は魔国を救うべく果敢に勇者に挑み見事これを撃退した。


 その功績と魔国民からの絶賛を背景に魔王陛下より男爵位を賜ったのです。



「私のような卑賤の者の誘いを受けていただきありがとうございます」



 シビリカ卿がスッと出した手の平に私はそっと手を乗せた。



「シビリカ卿の誘いを断っては国中の子女に高慢との誹りを受けてしまいますわ」

「まさか」



 冗談めかして口にしたけど、これは真実だ。


 救国の英雄かつ美男子の彼は女性たちの憧れの的。


 魔国には多数のファンがいるのだ。


 かく言う私もその一人……


 その気持ちが露呈しないよう表情に気をつけなきゃ。


 私たちは和やかに笑いながら手を繋いでホール中央まで進み僅かに離れて向かい合う。


 前奏が始まりシビリカ卿の差し出す左手に手を添えると、彼の逞しい右腕が私の細い腰に回された。


 想いを寄せる相手と密着する体勢に私の期待はどうしたって高まる。


 それを見透かしているのかシビリカ卿がふっと眩しく笑った。



(いや)しき出自ゆえ不作法はご寛恕(かんじょ)ください」



 よく言う。


 彼の所作はそこらの下手な貴族よりよっぽど洗練されている。

 叙爵された彼は蔑まれぬよう血の滲む努力をしたに違いない。



「あら、どこの貴公子かと思いましたわ」

「ご冗談を」



 お互い言葉の牽制をしながらクルクルと踊る。


 一年前まで平民であったなど信じられないくらいリードが上手。


 既に幾人かと踊って疲れていた私をさりげなくフォローするところも憎い心遣いよね。


 だけど、問題はそこではないわ。


 ヤバい……さっきから心臓がバクバクとうるさく早鐘(はやがね)を打ってる。


 シビリカ卿に聞こえてはいないかしら?


 平静を装っているけど内心ではかなりテンパってる。


 自分の想いを胸の奥に押し込めようと必死になりながら一曲なんとか踊り終えるのに成功した。


 きっと私の恋心はバレていないはず……



「少しお疲れですか?」

「えっ!?」

「お顔が赤いですよ」

「あっ!?」



 シビリカ卿の指摘に顔が熱を持っているのに今更ながら気がついた。


 分かってる。

 私のこの想いは……


 シビリカ卿の顔をまともに直視できない。


 は、恥ずかしい……



「少し涼みましょう」

「そう……ですわね」



 シビリカ卿に誘われてテラスへと出れば涼しい風が吹き抜け、私の火照(ほて)った身体を癒すように冷ましてくれる。



「ふふっ、気持ちいい……」



 欄干に両手をついて寄りかかると僅かに強い風が私の銀色の髪を(なぶ)った。



「綺麗だ……」

「はい?」



 風で乱れた髪を手で押さえながら声に横へ顔を向ければ、シビリカ卿が熱のこもった瞳で私を見つめていた。


 そんな目で見ないでください……



「あなたは本当に美しい」

「心にも無い事を軽々しく仰るものではありませんわ」

「私の口からは本心しか出てきませんよ」

「まあ、救国の英雄様でもそのような巧言を口にされるのですね」



 言葉では拒絶しながらも、私の胸は喜びに溢れてしまった。


 だけど……


 この方の視線の先にいるのは魔王の娘(・・・・)であって本当の私ではない。


 その事が頭をよぎると気持ちがズーンと沈んだ。



「私は王女殿下……魔王の娘ではなく本当のあなた(・・・・・・)に想いを寄せているのです」

「お戯れを」



 いけないと頭では理解しているのに、どうしても好いた男性から言い寄られて嬉しさが込み上げてきてしまう。



 ダメよ。


 だって彼は男爵、そして私は……身分が釣り合わない(・・・・・・・・・)もの。


 これは一夜限りの夢物語。


 彼も本当の私を知らないわ。

 これ以上の深入りは危険よ。



「少々お酒が過ぎたのではありませんか?」

「本日は一滴も飲んでいませんよ」

「そうでしょうか?」

「私は想い人に告白する為に酒の力を借りようとは思いません」

「あっ!?」



 突然、シビリカ卿が私の手を取った。



「会場に入ってくるあなたを見た時に伝えようと決心したのです」

「いけませんシビリカ卿」

「どうか名前で……アキレスと呼んでいただけませんか?」

「それは……できません」



 ファーストネームを呼び合うのはよほど親しい仲でもなければありえません。

 シビリカ卿も無茶なお願いをするものです。



「少し性急過ぎましたか」

「そう言う問題ではありません」



 私とシビリカ卿では立場が違いすぎます。

 私の拒絶に彼の瞳が悲しげな色を映した。


 落胆する彼の姿に罪悪感が湧いてきたけれど……


 彼の気持ちはとても嬉しい、ですが受けるわけにはいかないのです。



「ではチャンスを頂けませんか?」

「チャンス……ですか?」

「はい、一つゲームをしましょう」

「どのような?」



 迂闊にも私は尋ね返してしまった。


 何も聞かずきっぱり断わるべきだったのに。

 ですが、気持ちを抑えられなかったのです。



「指輪をお借りしても?」

「これですか?」



 右の薬指を飾る緑の宝玉(エメラルド)の指輪を彼に渡す。



「明日あなたの指にこの指輪をはめられれば私の勝ち。その時は私をアキレスとお呼びください」



 ゲームの内容を聞いて私は安堵した。


 なぜなら私が負ける事はないから……



「負けたら?」

「臣下として王家に絶対の忠誠を誓います」



 私を見つけ指輪をはめるのは絶対に不可能。

 最初からシビリカ卿の負けが確定している。


 だって私は……



「明日、必ずあなたに会いに行きます」

「……期待しないで待っておりますわ」



 守る事のできない約束を交わし私はシビリカ卿と別れた。


 この場に私の叶わない恋の残滓を残して……



 そうして会場に戻ってはみたものの、シビリカ卿との切ない一時が頭を離れず夜会を楽しむ気持ちも湧いてきません。


 必要最低限の義務は果たしていたので、私は魔王陛下に暇乞いをして会場を後にしました。




「おや、セラ・テラン嬢は一緒ではないのですね?」



 会場を出るとパーティーの警護をしている騎士たちに声をかけられた。


 セラ・テランとは魔王の娘フリージア・ドゥ・ディアボロの専属侍女。


 王女の一番のお気に入りであると周知されており、騎士たちは一緒にいないのを不思議に思ったらしい。


「ええ、彼女は現在休業中(・・・)よ」

「休業中ですか」



 私の言い方が可笑しかったらしく、騎士たちがくすっと笑う。



「それではすぐに護衛の騎士をお呼び致します」

「いいえ、一人で大丈夫よ」

「ですが城内とは言え王女殿下お一人にするわけには……」

「問題ありません」



 私は早くドレスなんて脱ぎ去りたいの。

 いちいち護衛が来るのを待ってはいられないわ。



「私は魔王の娘フリージア・ドゥ・ディアボロよ。この城で私に危害を加えられる者はそう多くはないわ」

「はっ、失礼致しました!」

「いいえ気にしないで。これは私の我が儘です」



 私がふっと笑うと騎士たちがサッと顔を赤くした。


 今の私(・・・)の容貌は魔国一の美女です。

 彼らが見惚れるのも仕方ないでしょう。



「あなた方が職務に忠実だから私たちは安心できるのです。これからもよろしくお願いします」



 騎士たちに労いの言葉をかけその場を離れると、私は部屋への帰途についた。


 騎士たちと別れ周囲に人気がなくなると、部屋へと向かう私の足が自然と速くなる。



「まったく……どうして私がこんな事を」



 つい愚痴が(こぼ)れる。


 こんな姿を先程の騎士たちには見せられないわね。


 だけどクサクサした気持ちも見慣れた扉が視界に入ると何となくホッとして落ち着いた。


 扉を開け滑り込むように部屋へと入った私を迎えたのは、今の私(・・・)とまったく同じ容姿をした銀髪の美少女。



「お帰りセラ」

「ただいま戻りました姫様」



 私は両手を前に揃え、深くお辞儀をする。


 長く綺麗な銀髪が垂れて頭を下げた私の視界に入った。


 が、その髪の色が次第に濃くなり若草色へと変じていく。


 顔を上げ鏡に映る自分の姿は魔王の娘フリージア・ドゥ・ディアボロとはまったくの別人であった。


 いつもの(・・・・)侍女服へ着替える私を眺めながら銀髪の美少女が感嘆のため息を漏らした。



「いつ見てもセラの変身魔法は凄いわね」

「恐れ入ります」



 ――私はセラ・テラン。

 ――魔国の第一王女フリージア・ドゥ・ディアボロの専属侍女。


 私は姫様になりきる為の強力な暗示を解くべく何度も心の中で呟いた。



 そう、私はセラ・テラン。


 部屋でだらしなく寝そべって私の帰りを待っていた目の前の美少女――本物の魔王の娘フリージア・ドゥ・ディアボロの専属侍女。



「ふふふ、誰も……お父様でさえセラだって気づかなかったんでしょ?」



 大成功ね、と屈託なく笑うのは我が主人らしい。

 本当に天真爛漫で悪戯好きな可愛い王女様です。


 いつもお澄まししている王女殿下の姿しか知らない殿方は、今のこのグータラした本性を見たら幻滅なさるでしょうね。


 まあつまりそう言う事です。


 魔王陛下にエスコートされ夜会で数々の貴族たちを相手にしていたのはフリージア王女殿下ではなく、彼女に変身した私セラ・テランだったわけです。


 平民出ながら私の変身魔法は国一番だと自負していおります。


 この国でもっとも魔法に長けた魔王陛下でさえ気がつかないほどです。

 ただ、娘を想う魔王陛下(父親)を騙してしまったのは心苦しいですね。


 そして、シビリカ卿さえ私を看破できず、あの方の王女殿下への想いを知ってしまっては……



「お陰でゆっくり休暇を満喫できたわ」

「代わりに私は超過勤務ですけどね」



 ホクホク顔の姫様に撫然の表情で少し棘のある言葉を投げてしまったのは許して欲しいものです。


 私は失恋の痛手に心の中で号泣しているのですから。



「いやぁ、これでしばらくは社交界もセラに任せて休めそうね」

「……残業代は請求させていただきますよ」



 このグータラ娘はまだやる気ですか!



「あ〜ん、セラのいじわる〜」

「あ、甘えてもダメですからね」



 くっ!

 可愛い過ぎます。



「ふふふ、ねっお願〜い」

「……たまにだけですからね」

「わ〜い、だからセラが大好きよ」



 嬉しそうに抱きつく愛らしいフリージア様につい相好を崩してしまう。



「くすっ、脈ありみたいね」

「し、知りません!」



 どうにも私はこの方のお願いに弱いみたいです。


 だって仕方ないじゃないですか!

 姫様ってばすっごく可愛いんですもの!


 可愛いは正義です!



「それじゃ、今日の夜会の報告をお願いね」

「はい」



 私は歓談した人物と重要な内容を簡潔に報告していく。


 最初はふんふんと微笑みながら聞いていたフリージア様でしたが、シビリカ卿の話になったところでいきなり不機嫌になった。


 もしかしてフリージア様はシビリカ卿をお嫌いなのでしょうか?


 私の話を聞きながら、時折フリージア様はあいつ私のセラに手を出して、とブツブツ呟いておりますが、シビリカ卿が言い寄ったのは私ではあっても私ではありませんよ?


 それなのにフリージア様は指輪のゲームについて話したら不快感を一気に噴出させました。



「あいつ!」

「落ち着いてください。私とフリージア様は指のサイズが違いますから勝負は最初から負けはありません」

「バカ!」



 私の説明にムッとした表情になるフリージア様。


 その可愛いさプライスレスです。



「ホントに鈍感なんだから!」

「はい?」

「もういいわ……えいっ!」

「きゃっ、フリージア様ぁ!?」



 いきなりフリージア様は私に抱きついてベッドに押し倒したのです。



「いい? セラは私のものなんだからね」

「は、はぁ? 私はフリージア様の専属ですよ?」



 いったい何だと言うのでしょうか?



「ううう、この子は……今日はもう寝るわよ!」

「もう添い寝という歳ではないでしょう」

「セラのバカァ! 知らない!」



 ホントに何なのでしょうか?



 その夜は不機嫌なフリージア様を宥めるのに大変でした。


 まったく、ホントに残業代を請求してやりましょうか?



 ――夜も明けて


 けっきょく添い寝させられてしまいました……


 隣で幸せそうに眠っていた姫様を叩き起こすと恨みがましい目で睨まれました。



 私はそれに構わずフリージア様の身拵(みごしら)えを済ましたのですが――



「セラは今日一日お休みよ」

「はあ?」



 昨日は残業で今日は休暇ですか?


 この我が儘な姫様は何をほざいているんでしょうか。



「明日まで城には戻らないでね。それから絶対に誰にも見つからずに街へ行くのよ」

「いったい何だと言うのです?」

「いいから!」



 フリージア様に背を押された私は――


「いい事、絶対にあいつ――アキレス・シビリカには見つかっちゃダメだからね!」


 ――そう言い残され部屋から追い出されてしまいました。



「ホント何なんでしょう?」


 鼻先で閉められた扉の前で一つため息が漏れる。


 こうなっては仕方がありませんね。


 私は我が敬愛する姫様の言い付け通り、なるべく人目のないルートで城を出たのですが……



「セラ・テラン嬢!」

「……シビリカ卿」



 いきなり見つかってしまいました。



「奇遇ですね」

「えっ、ええ、そうですね」



 あなた待ち伏せされていませんでしたか?



「街へお出掛けですか?」

「はい、王女殿下が本日は侍女業は休業だと申されて」



 私が肩をすくめてみせるとシビリカ卿がくすりと笑った。



「ふっ、予想通りだ」

「はい?」

「いえ、何でもありません」

「は、はぁ?」



 フリージア様もシビリカ卿も何なのでしょう?



「俺もちょうど街へ行くところだったのです……ご一緒しても?」

「ええ、構いませんよ」



 お断りする理由もありません。

 私たちはそのまま並んで歩き始めました。



「テラン嬢はどちらへ行くご予定でしょう?」

「急な休暇ですので特に目的は……」

「でしたら新しくオープンしたカフェへ行きませんか?」

「シビリカ卿と一緒にですか?」

「出来れば」



 う〜ん、どうしましょうか?


 フリージア様はシビリカ卿に近づいて欲しくなさそうでしたが。



「友人に教えてもらったのですが、小洒落た店らしく男一人で入るのは気後れしてしまって」

「勇者に立ち向かった英雄様でも敵前逃亡されるのですね」

「勇者の方がまだマシでしたよ」

「まあ!」



 和やかな雰囲気になって、自然と私たちは並んで街へと向かいました。


 雲一つない良い天気です。


 そんな日に男女が並んで街を歩く――ってまるで逢引(デート)ではないですか!?


 はっ! 私は何を考えているのでしょう。


 シビリカ卿は救国の英雄にして男爵。


 平民のただの侍女とでは身分も立場も釣り合わないと言うのに……



「危ない!」

「きゃっ!」



 つい注意力が散漫になり向かってきた馬車の存在に気づかず轢かれそうになった私の手をシビリカ卿がグイッと引っ張り助けてくださいました。



「大丈夫ですか?」

「は、はい、ありがとうございま……すっ!?」



 彼の逞しい胸に抱き止められた体勢なのに気づき、意識すると顔がカッと熱くなりました。



「手は繋いでおいた方が良さそうですね」

「シビリカ卿!」



 彼の大きな手が私の小さな手を包み込む。


 男女が手を繋いで歩くなんて恋人同士だと誤解されてしまいます。



「いけません……私のような平民と誤解されればシビリカ卿の名誉に傷が付きます」

「構いません」

「で、ですがシビリカ卿……」

「いつまで他人行儀なんですか?」



 シビリカ卿は悪戯っぽく笑い、私の手を眼前に持ち上げました。



「約束ですので俺の事は名前で……アキレスと呼んでください」

「えっ!?」



 驚く私の指にキラリと光るものが――


 それは、昨夜テラスで渡した彼との約束(エメラルド)の指輪でした……


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― 新着の感想 ―
変身魔法でも指の太さまでは模倣できないんですね。 それはそうとねぇ……やられてしまいましたなぁ~。 まさか侍女さんが男だったという大どんでん返しとは(違
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