チェック・メイト
題名を変更して上げ直しました。
「そうだな。そなたが勝てば禅譲しよう」
そんな言葉が聞きたかったのではない。
「なに、儂のような不出来な王など誰も望まん」
どうしてそのようなことをおっしゃるのか…。
「お受けできません」
「どうせ自分が勝つからか」
「いいえ」
「儂に恥はかかせたくない、か?」
「…」
何故このようなことになってしまったのか。かつては名君の誉れ高かった方が…。
「そなたの番だ」
駒は容赦なく進められていく。
「ほお、そう来たか」
楽しいのだろうか、陛下は微笑まれている。
「わたくしが幼き頃、陛下にお会いしたことがございます」
「ほお」
「行幸中の陛下の馬車の御前を、横切ろうと致しました」
「不敬だな」
「陛下は」
ポーンが固い音を響かせる。
「わたくしを咎めないばかりか、父のような大きな手で、頭をなでてくださった」
「そうか」
まるで興味の無さそうな声音だ。
「なぜ今、滅びの道を辿られるのです?」
盤上を見つめ考え込み、陛下は駒を動かされた。
「…儂は、誰なのだろうな」
「?」
「良き王たらんと努力してきたつもりだ。だが…儂の望み、ひとりの人としての望みは、どこにあったのだろう」
思わず手が止まった。そうか…この方は…。
やっと、わかった。
陛下はあまりに重い責務に、もはや圧し潰されそうになっていらしたのだ。ご自身の幸福を無視し、何十年も民のためにのみ過ごされた名君の、これがその末路なのか。
陛下は、王位を…手放したかったのだ。
わたしは自分の下そうとしている決断を恐れ、迷った。
永遠の忠誠を誓った家臣として、王を支え続けるべきではないのか?
だがそれでは陛下のお気持ちはどうなる。
王位簒奪とののしられるぞ。
それがなんだと言うのだ?
しかし…
やがて震える手を励まし、重い駒を最後のマスへと進めた。
「…チェック・メイト」
この時の陛下の笑顔を、生涯忘れることはないだろう。
これが最善の選択ではなかったかもしれない。それでも、わたしは陛下の重荷を下ろして差し上げたかったのだ。
どうかこれからはお幸せに。ただひとりの、「人」として…。
終




