誘いと同行
二話続けて投稿しています。
「あかのく――、えっ、なんて?」
「赤の国。南東の島の、地の塔」
ジュトが一字一句繰り返す。赤の国なんていうところは聞いたことがない。またみきの住んでいる地域に塔なんてものはない。
「日本じゃない?」
「そのような名前の国はこの世界にはない。……少なくとも、ここは君の知っている場所ではないはずだ」
「本当に?」
「そうだ」
そう話す少年たちからは嘘をついている気配がない。みきはいよいよ唖然とした。思わず目を見開いたまま固まる。これって、つまり。
しばらくそのまま動かないみきに少年が声をかける。
「なあ、大丈夫か」
知らず知らずのうちに顔が熱くなった。つまり、私は――
「本当にファンタジーの世界に来ちゃったんだ……!」
家のガレージに空いた穴に入ったと思ったら、まさか異世界につながっていようとは!みきは興奮しきって、わああと喜色をあらわにして大きな声をあげた。突然の大声に少年たちが肩をびくつかせる。
「すごい!びっくりだよ!」
無邪気にはしゃぐ彼女を理解できず困惑した表情で見るジュトに、少年も困ったように少し笑って、面白い子だなと呟いた。
「なあ、これも何かの縁だ」
少年がみきに言葉を投げかける。みきは未だ目を輝かせているが、エッ!?とご機嫌な笑顔で少年に向かった。それを苦笑いで少年が続ける。
「俺たちは実はわけあってあそこの塔を目指しているんだが……」
そう言って、少年が遠くを指し示す。――南西の方角。そこにみきが追われているときに見たあの塔が見える。みきがジュトについて歩いているときにも存在感をあらわにしていたもの。切り立ったような崖の上に建つそれは、さきほど追われていたときよりも大きく見える。みきが塔を見上げたときに、ちょうど後ろから風が吹いた。少年の帽子から垂れた布とジュトの髪を揺らし、みきの帽子を攫いかける。みきはキャップを深く被りなおした。
「あれが地の塔ってことなんだよね?」
「そうだ。それでなんだが」
そう言って少年が快活そうににっこり笑った。
「お前さえよかったら、あそこに一緒に行かないか?」
彼の思いがけない誘いの言葉に、みきの顔は輝いた。同時に隣で聞いていたジュトも驚いて小さく、えっと漏らす。
「いいの――ッ!?」
「ああ、せっかくだし、一緒に行こう」
再び期待で熱を帯びたみきの目をよそに、ジュトがこの親友の肩を小突いて、彼女に聞こえないよう声を潜めて話す。
「いいのか?」
「ああ、ここに置き去りにしてまた魔獣に襲われるともわからないし、船に戻ってもここからじゃ時間を食ってしまう。――神殿にはうまく言うからさ」
いいだろ?ジュト。少年がニヤリといたずらっぽく口角をあげる。ジュトは肩を落として、
「まあお前が良いと言うのなら……」
「決まりだな」
ジュトの首が軽くうなずいたのを確認して、少年はみきを振り返った。
みきは少年に誘いをかけられて本当に嬉しかった。ファンタジーの世界に来るだなんて夢にも思わなかった。この楽し気な世界を冒険できるだなんて!
しかし彼女の脳裏には、ふと彼女が本来行う予定であったことがよぎった。もうここに来てから少なくても30分はかかっているかもしれない。
――もうバス、来ちゃったよね、なんとなく彼女はそう思って、それから自分のこれからの予定を改めて考えた。友だちのきぃちゃんの家に遊びに行くのは何も約束していたことではない。休みの日には遊びに行くのだと習慣化されていたのだ。そう考えている内にみきの目の前に褐色の手が伸ばされた。
みきはその手を取るか少し戸惑って、しかし、――たまにはいいよね、その言葉がみきの頭の中に浮かんで、みきはその手を取った。あの穴を通ればすぐ帰れるのだから、この冒険が終わったら、すぐにあの穴を通って帰るんだ。家に着いたらきぃちゃんにすぐ電話して謝って、それからこの冒険のことを話そう。きっと信じてくれるはず。そう思って。
「俺の名前はエティム」
「あたしはみき!あおい みきだよ」
「アオイ……」
少女の名前を聞いて一瞬だけジュトの表情が陰る。しかし少年――エティムはそれに気づかずみきの柔らかな手を握って、握手を交わした。みきの目を見つめ、明るい笑顔で彼女を迎えた。
「よろしくな、ミキ!」
「うん!」
こうして三人は西の高地にそびえる塔に向かうことになった。
しかし、エティムとジュトが考えているみきのこれからと、みきが思い描いているこの冒険が終わった後の予定の考えには食い違いが発生していた。彼女の楽観的な考えは、結局のところ大きく裏切られることになるのである。
次話11/25 10時投稿予定