外出
2012年、初春。若葉がちらほらと見えはじめた頃。首都近郊にあるA市の櫻木町では穏やかな風がそよそよと流れていた。
町の一角にある住宅街。ある家のテレビには昼のニュースが流れていた。次のニュースを告げる電子音とともに現れた大きなテロップには、【行方不明から7年】と文字が浮かんでいる。鉄仮面を装うニュースキャスターが淡々と台本を読み上げる。
『……行方不明から7年、少年はどこへ消えてしまったのでしょうか。H県F市に住む当時5歳のタカハタ ユウトくんが自宅のマンションを最後に姿が見えなくなってしまいました。父親の……』
「いやね、あなたと同い年ですって」
テレビを見ていた母親はため息をついて、半分に開きかけたドア越しに娘に呼びかけた。娘である少女は玄関で靴を履いているところであった。少女は母親のいる方を振り返って首を傾げながら、なにがと聞いた。
「行方不明の子。もう7年経つんですって」
母親は座っていた椅子から立ち上がって玄関へと踏み出す。これから遊びに出かける少女を見送るために。
少女はふうんと気に留めない様子で靴紐を結んだ。
「あなたは勝手にどっか行かないでよ。変な場所には行かないこと」
母親の心配をよそに、はあい、と元気な軽い声が返して少女は勢いよく立ち上がった。ポップな柄の鍔付きキャップを深く被り、若干乱れたポニーテールを手で浮かせて整える。玄関ドアの取っ手を掴んでから母親に向き直って明るい笑顔で手を振った。
「行ってきます!」
それが少女―あおい みきが母親と話した最後の会話であった。