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救うために


「ア、アンジェリカちゃん!」


 郁夫が少し動いたおかげで、首から逸れ、肩を突かれる。

 勢いのまま後ろに飛ばされ、テーブルを倒しながら床に転がった私。

 その私にとどめを刺そうと、兵士が全員で私を取り囲む。

 痛い。熱い。

 脂汗が体中から噴き出す。

 血が流れ、頭がうまく働かない。


 〜〜♪ 〜〜〜〜♪


「……!」


 その時だ、私の手から落ちた小箱の蓋が開く。

 オルゴール……。

 曲はゲームの主題歌だったはず。

 私もよく知らないけど、CMで流れていたのを聞いた記憶が微かにある。

 白い小箱が光を放ち、それが円形に大きく膨れ上がった。

 私を包むように大きくなった光は、兵士たちを弾き飛ばす。

 怪我の痛みも瞬く間に引いていき、見ると血は残っているが怪我そのものは消えていた。

 治癒の魔法?

 そんな効果も持たせてくれていたの?


「お、お前ら、なんてことを!」

「ちょっとちょっと、どーゆーつもり!? あたしらその子に怪我させろとか、命令してないんだけど!」

「国王陛下よりのご命令です。この娘は勇者様を突き飛ばそうといたしました。我々は攻撃を受けたのです」

「ええ、これで“口実”はできました。お疲れ様でございます、勇者様、聖女様」

「さあ、一路王国へ戻りましょう! この娘はこちらで処理しておきますので」

「処理!?」


 まだ痛みが残っている気がして、朦朧としながらも上半身を起こす。

 迂闊だった……さっきの私の郁夫への態度は、コバルト王国側にとって「攻撃した」になるのか。

 忌々しいぐらいのこじつけだけれど、向こうはそれで大義名分を得たことになる。

 攻撃されたから、正当防衛だ、って。

 兵たちが郁夫と近藤さんを守るように囲い、店から出ようとする。


「ちょっと! さすがにその理屈は通らないって! それじゃまるであたしらが戦争の引き金作ったみたいじゃない!」

「アンジェリカちゃん! あの、あの! 違うんだ! 俺たち、この国の調査に来ただけで!」

「……あなたたちの事情なんて、コバルト王国には関係ないわ。前の勇者も、だから裏切ったのよ……。言ったでしょ、コバルト王国は虐殺者なの……あなたたちも殺されないように……気をつけてね……」

「っっっ!」


 郁夫。

 私の話を、あなたは一度も聞いてくれなかったわね。

 だから私の忠告を、あなたが聞くとは思わない。

 でも近藤さんは、郁夫よりは判断能力がありそう。

 あなたたちがこの人たちのような虐殺者にならないことを、切に願うわ。

 ルイのように、ならないことを。


「よし、これを始末して急ぎ報告だ」

「ああ」

「結界魔法のようだな」

「だがまあ、こんなに弱ければ突貫魔法付与で十分貫けるだろう」

「世界の(ことわり)から外れた者は等しく処分する」

「無垢な魂に戻り、『入れ物』に入り救済を待つがいい」


 槍に光が灯る。

 私の状況は、ちっとも良くなっていないらしい。

 でも、いいや。

 私がここでこの人たちを引きつけておけば、リオとコルトには気づかれない。

 私を殺せば満足して立ち去るだろう。

 急いで戻って伝えなければいけないものね、戦争を始めるために。


「…………」


 幸せだった。

 前世からの夢だったカフェもできて、まともな人に恋もできて。

 ただ、ひとつだけ。

 リオ……リオハルト、ごめんね。

 でもこの国にいれば、この国の人ならあなたを必ず守り抜いてくれるから。

 どうか強く生きて。


「ぎゃっ!」

「!」

「なにっ、貴様——ぐぁ」


 声と同時に兵たちが倒れる。

 顔を上げると白い鎧を纏ったルイがいた。

 眼鏡もなく、黒かった瞳は金に。

 赤いマントを靡かせて、白銀に輝く剣を携えて。

 それは、まるで——おとぎ話に出てくる勇者のよう。

 ああ、違う。

 ルイは勇者。

 この世界に異世界から召喚されて、騙されて、この国の人々を虐殺し続けてしまった……可哀想なひと。


「ルイ……」


 涙が出た。

 彼の姿が見えるだけで、こんなにも安堵してしまう。

 よろよろ立ち上がると、ルイが近づいてきてくれた。


「怪我は?」

「結界を作動させたら、治ったわ。まだ少し、痛む気はするけれど……」

「幻肢痛は仕方ないね。すぐ治ると思うけど……リオたちは?」

「キキー!」

「リオ! コルト!」


 駆け寄ると、コルトがしがみついてくる。

 リオはベッドの中ですやすや。

 よかった……。


「あの、ルイ……マチトさんは……」

「連れて帰ってきたよ。町の中にかなりの兵が侵入しているね」

「えっ、そ、それじゃあまさか……」

「つまらない理由をこじつけて、間もなく攻め入ってくるだろう。召喚されてきた勇者がどれほどのものかはわからないけれど、数で攻められてはたまらない。俺の体はひとつしかないから」

「っ……」


 応戦すれば、ルイは勝てる自信があるんだろう。

 けれど、あちこちで虐殺が行われたらいくらルイでも手が回らない。

 でもそれなら……。


「町民をどこか一ヶ所に集めましょう。そしたら守るのは一ヶ所でいいでしょう?」

「うん、でも、町の人たちは言うことを聞かないと思う。以前もそれをやろうとして、『死ぬのなら家で死にたいから』と頑として動かない人ばかりだったんだ」

「……そ、そう……」


 私が考えることなんて、ルイはとっくに実践済みだった。

 でも、そうなるとどうしたらいいのだろう。

 なにか他に町の人を助ける方法は……。


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