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招かれざる客


 ルイが出かけて、カフェに来ていたお客さんたちやアーキさんが去ってからリオに母乳を与える。

 最近母乳だけでは足りなくなっているし、ちょっと噛むようになってきたのよね。

 歯は——まだ生えてないけど。

 カフェの片付けを終えてぼんやりテラス席に座る。

 湖の優しい風に乗って、いつもと違う、どこか焦げたような匂いが混じっているような気がした。


「ぶぶぶぶぶー。ぶっぶぁーぶっぶっぅーぶっー」

「うん、そうね……」

「キキっ」

「うん……」


 リオはただ、自分の口から出る音が面白い、みたいなんだと思うけれどコルトはわかりやすく私を心配してくれていた。

 小さな手のひらで私の頬をペタペタ触る。

 切なそうに「キィー……?」と覗き込むほど。

 ああ、心配させている。


「ごめんね、コルト。大丈夫よ。私はルイを信じてるから」

「キキィ」


 リオを抱いたまま、小さな白い小箱のオルゴールを手に取った。

 ルイが私たちを守るために置いていった、結界魔法を発動させられる“護り”のオルゴール。

 今まででこれほど心強いものがあっただろうか。

 いつも私を守ろうとしてくれたお兄様でも、学園に出かければその間はずっと辛く当たられていた。

 でもルイは、ここにいなくとも私たちを守る術を置いていってくれた。

 優しいルイ。

 もちろん、お兄様が優しくないとは言ってない。

 でも、決定的に違う。


「……!」


 複数の足音と人の声。

 カランカランと扉が開く音がして、リオをベビーベッドに寝かせコルトに「見ててね」と頼む。

 嫌な感じがする。

 複数の男の声と、女の声。

 この町の人の声にしては聞き覚えがない。

 オルゴールを握り締め、恐る恐る店舗を覗くと。


「あれ! アンジェリカちゃん!?」

「え、あれ、あの子」

「っ」


 郁夫! あと近藤さん!

 その後ろから兵士が続々武器を持ったまま入ってくる。

 やはり、聖剣が抜かれた……!?

 でも、ルイは聖剣が抜かれたらその瞬間ルイのもとに剣が帰ってくると言っていたのに……。


「どうしてあなたたちがここに」


 後ろへ一歩下がる。

 大丈夫、まだ距離はあるわ。

 郁夫は人当たりのいい笑みで「川を渡って来たんだ」とあっさり答える。

 あっけらかん、と。

 本当になにも考えていないのね。


「どうやって川を渡って来たんですか」

「どうやってって……聖剣を近藤さんが無効化? して?」

「あなたって、あたしが【召喚】を[略奪]した赤ちゃんのお母さんだよね? どうしてこの国にいるの? 侯爵様だっけ? ちゃんと守るとか言ってなかった?」

「あれ、そういえば……」

「っ! 見捨てておいてなにを!」

「え」


 本気でわからなさそうな近藤さん。

 よくあなたが私たちのことを覚えていたものですね。

 でも、それに対して郁夫のこの能天気なセリフ!


「私はあなたに『助けて』って頼んだわ! 見捨てたのはあなたじゃない! 危うくリオハルトまで死ぬところだった! 前世の私と晴翔が死んだあとも、あなたなにも変わっていないのね! 最低!」

「ア、アンジェリカちゃん? あの、ちょっと」

「コバルト王国の手下になってまた私の居場所を奪いに来て! 信じられないわ、この人でなし! 出て行って! この国から! 二度と来ないで!」


 小箱を抱いたまま店舗に入り、郁夫を突き飛ばす。

 病弱で貧弱な小娘の力で、勇者として訓練を受けた郁夫を突き飛ばしてもよろめかせることもできないけれど。

 ずっと、ずっと溜まっていた不満。

 私は一度死んだのに。

 死んでも次の生(アンジェリカ)で虐げられてきたのに。

 また息子を殺してしまいそうだったのに!

 いえ、いいわ。

 今回はあなたの子ではないもの。

 私だけのリオハルトだもの!

 でも、それでも、あなたが私たちを殺しかけたのは事実!


「そうよ……助けてくれたのはあなたじゃない。この国の人たちよ。なにが『ドルディアル共和国が戦争を仕掛けてくる』よ。コバルト王国の方こそ虐殺者じゃない! 薄汚い侵略者! さっさと出て行って!」

「お、落ち着いてよアンジェリカちゃん! 俺たちはこの国がコバルト王国にまた戦争を仕掛けようとしてるから、調べて来てくれって頼まれただけだから! その情報が嘘だったら戦争にはならないって!」

「コバルト王国の話ばかり鵜呑みにするなって言ってるの!」


 ルイの言う通りだ。

 郁夫たちはコバルト王国に騙されてる。

 でも、たとえそうだとしても郁夫は私とリオハルトを見捨てた。

 見殺しにしたの。


「せんぱぁい、多分この子の言ってること本当ですよ。あの王様も王女もマジ胡散臭いですもん」

「えっ」

「!」


 意外だったのは、近藤さんが私の言葉を信じてくれたことだろうか。

 郁夫に擦り寄っているところはやはり見ていて気分がいいものではないけれど……。

 彼女を味方にできれば、帰ってもらえ——。


「!?」

「え!」

「きゃあ!」


 帰ってもらえるかもしれない。

 そんなふうに思ったけれど、それは甘かった。

 コバルト王国はこの国の民を虐殺することで成り立つ“人間”の国。

 この世界は“人間”のために成立するよう設定され、運営されている。

 だから、それを阻害するのならばたとえ私が人間でも“異物”として処理されるのだ。

 郁夫の後ろにいた兵が、槍で私の首元を狙う程度には——()()はごくごく当たり前のこと。


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