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コバルト王国の影


 それから一週間でさらに単語が増えた。

 単語というか、単語的に聞こえる言葉が。

 言えるのは「まんま」と「まま」と「こーと」……こーと、は、おそらくコルトのことと思われる。


「ぱぁぱぁんまぁ」

「パパ!? パパって言った!?」

「あらー、ルイ、パパって言われてるわよ」

「え、えっ、いや、でも」


 アーキさんたちが今日もお昼を食べにきていた。

 お客さんに抱っこされ、ご機嫌にきゃっきゃと笑っているリオが発言した単語に、ルイだけでなく私も狼狽えてしまう。

 リオ、リオ、そんな、一体どういうことなの、ルイに「パパ」って、い、言ったの? 言ったの!?

 なんでそんなことをー!?

 でもでも、あなたにパパはいないのよ、とも言えないし!

 言ってもまだわからないと思うし!


「大変だー! マーチさん、いるか!?」

「あら、コボさんじゃあないかい。どうしたんだい?」


 突然カフェのドアを荒々しく開けて入ってきたのはコボルト族のコボさん。

 垂れ耳の小さな犬のような種族で、仕事大好きなおおらかな人だ。

 木こりで、よくうちにも薪を卸してもらっている。

 いつも穏やかな彼がこんなに慌てるなんて、どうしたのだろう。

 ……嫌な予感。

 不安が胸に、広がっていく。


「マチトさんと川向こうに小枝を拾いに行ったら、いたんだ! 人間の兵士が! 何人も!」

「ええ?」

「どういうことですか? あそこには迷いの結界が張ってあるのに——」


 マチトさんはルイの張った結界のことを知っているから、週に一度様子を見に対岸に渡る。

 私のことも、その時偶然見つけて拾ってくれたのだ。

 そして今日はコボさんと一緒に対岸を渡った。

 そこで見かけたのは、武装した人間の兵士たち。

 それを聞いた時、私はお皿を落とした。


「ティータ!」

「!」


 皿が落ちた音、割れた音が、聞こえなかった。

 意識がそこになくなっていたのだ。

 ルイに肩を掴まれて、耳元で叫ばれて意識を取り戻す。

 でも、そこにさっきまでの優しい、安全な空気はない。


「おいらにも詳しくはわからない。でも見たんだ、武器を持った兵士が数人、列を作って歩いてきたのを! 慌ててマチトさんと戻ってきたんだ!」

「そ、そんな、まさか……」

「ルイが結界を張って、悪意ある者は川に近づけないようになっているはずだよ。本当に見たのかい?」

「見たよ! 間違いない! なのにマチトが兵士の確認をしてくるって、また川向こうに戻っちまったんだ!」

「なっ! なんだって! あのバカ!」

「っ! マチトさんがっ」


 マチトさんは、オーガだ。

 コバルト王国の誰がどう見ても危険な魔物。

 本当に兵士がいたなら、討伐されてしまうかもしれない。

 いえ、それよりも——対岸の森には悪意ある者が迷う結界が張ってある。

 もしも兵士が対岸の森にいたのなら、それは……。


「ル、ルイ、まさか」

「結界核の剣が抜かれたのかもしれない。ティータの話だと、異世界人が召喚されたんだよね?」

「え、ええ……」


 郁夫と千春さん。

 前世の私の夫と、その不倫相手。

 ……もう字面でアウトすぎる。

 あの二人、どれだけ私の人生をめちゃくちゃにすれば気が済むのかしら。

 私になんの恨みがあるのだろう?

 やっと落ち着いてきたところなのに。

 ようやく、ようやく夢を叶えて走り出せたところなのに。

 前世と、そして今世の自分が自由になれそうだったのに。

 どうして?

 どうして?


「リオ……リオ……」

「落ち着きなさい、ティータ、大丈夫よ。まだ王国が攻めてくると決まったわけではないわ」

「でも、でも、アーキさん……」

「それにね、この国の者はみんな受け入れているの。この国の国民は『魂の入れ物』。王国の人間が新たな命を芽吹かせるためならば、喜んでこの魂を差し出すわ」

「——!!」

「でもアンタたちは人間だ。ルイはとにかく強い。リオのこともコルトのこともアンタのことも、絶対に守ってくれる。安心して避難しな」

「っ、あ……」


 なにを言ってるの?

 違う、ちがう、ちがう!

 この国の人は、コバルト王国の虐殺を受け入れてしまう。

 それが正しいこと、当たり前のことであるかのように。

 それがこの世界の(ことわり)であり、摂理だからと。

 ルイはそれが嫌で、対岸の森に結界を張ったのだ。

 それなのに……それなのに!


「やめてください、やめて! アーキさんたちを犠牲にしたくないです、嫌! そんなの! みんなで逃げましょう!」

「? どうしてそんなに慌てるの」

「人間の国が攻めてくるのは仕方ないさ。ただ、せっかく再興した町がまた燃やされるのは嫌だな。ああ、こうしちゃいられない。町のみんなにもコバルト王国の兵士が迫っているかもしれないって伝えておかなきゃ! お別れの挨拶をしておかなきゃ!」

「そうだね。まだ死にたくないやつもいるだろうし、遠くの親戚に手紙で挨拶くらいしておきたいね」

「な、なんで、そんな……アーキさ……」


 コボさんが慌てていたのは「お別れ」の時間を作るため?

 待って、おかしい。

 そんな、これは私がおかしいの?

 どう受け入れるのしてみんなそんな簡単に?

 これが……。


「ティータ」

「ルイ! どうして? どうしてみんな、こんな!」

「……これがこの国……ドルディアル共和国なんだ。歪んでて、でもそれが当たり前なんだ」

「っ」


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