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不安が襲う


 カフェオープンから一ヶ月。

 その日の夜はリオがなかなか寝ついてくれなかった。

 そんな日もある。

 だって赤ちゃんだもの。

 けど、昼間はあんなにガッツリお世話されて昼寝も十分なはずなのに……。


「リオ〜、どうしたの? よしよし、大丈夫だからねー?」

「ティータ、大丈夫?」

「あ、う、うん……大丈夫よ。起こしてしまってごめんなさい、ルイ」


 自室から出て、ひとまず外に出て夜風にでも当たらせてみようかな、と思って店舗に降りてきたところでルイに声をかけられた。

 ルイもリオの泣き声で起きてしまったんだわ……申し訳ない……。


「っ」


 ずっと泣いているリオの泣き声を聞いていると、前世と今世の実家での出来事を思い出す。

 前世は私と晴翔の二人だけの部屋。

 カーテンは開いていて、陽光も差す昼間なのに、私は真っ暗なところにいたと思う。

 目の前が、常に薄暗かった。

 髪が伸びっぱなしで、外へ切りに行くこともできなくて。

 郁夫が笑いながら買ってくるインスタントや冷凍、コンビニ弁当をかき込んで、息子の世話につきっきり。

 私はあの頃、郁夫と会話していただろうか?

 私が疲れ果てて笑い方も思い出せなくなっていたのを見て、郁夫はなにを言っていただろう?

 へらへらと笑いながら「あんまり無理すんなよー」とか「なぁ、たまには俺の話聞いてくれよーぉ」とか言ってた気がする。

 それに対して私はどう思った?

 最初は腹が立ったけれど、だんだんなにも感じなくなったっけ。

 私だって休みたいし、私の話も聞いてほしい。

 けど、この人は仕事で疲れてるって言うし、私の話なんか聞いてくれないから。

 私の様子を見ても、なにも問題ないと思うような人だから……無駄だろうな、って。

 アンジェリカに生まれたあともそうだった。

 実家ではメイドが時折リオを見ててくれたけど、メイドに預ける不安の方が優ってほとんど眠れなかった。

 寝てても聞こえるんだもの——リオの、泣き声が、ずっと、ずっと。

 この世界でも、前世でも……私は息子を、泣かせてばかりで……。


「ティータ」

「!」


 肩を掴まれてはっとする。

 顔を上げるとルイが覗き込んでいた。


「あ……ご、ごめんな——」

「ううん、謝らなくていいよ」

「で、でも……」

「環境が突然変わると、眠れなくなるよね。ティータは特に真面目だから、人にやってもらうのもすごくつらそうにしてる」

「え?」


 そう、だろうか?

 リオを人に触れさせるのは、確かにちょっと怖いけど……それは、実家のメイドたちがリオになにかしていそうで、怖くて……。

 だから、リオは私がお世話しないと。

 今度こそ息子は私が守らないと。今度こそ。


「私は、だって…………お母さん、だから」


 リオは——リオハルトは『異界の子』。

 父親は、存在しない。

 私が守らなきゃ。

 私がお世話を頑張らなきゃ。

 だってこの子にとって血の繋がった“家族”は私だけなんだから——!!


「うん。でも、お母さんだから、リオのことを大切にしてくれる人たちのことを、もっと信じてもいいと思う」

「え」

「この国の人たちは信じても大丈夫。ティータ、信じて裏切られるのは、つらいよね。わかるよ」

「……ルイ」


 ルイはコバルト王国に召喚されて、それが正しいことだと言われて騙されて、この国の民を虐殺してきた人。

 “勇者”だから。

 ……そう、言われて……。


「でもこの国の人は大丈夫」

「…………うん」


 人間の魂の入れ物。

 それらが住まう国。

 人間の横暴で理不尽な虐殺にも、それが当たり前と受け入れる。

 悲しいのに、それは世界のシステムだから私とリオは本当に助けてもらってるの。

 あんなに楽しそうに、私とリオのお世話をしてくれる人たち。

 この国の人たちは、大丈夫。

 うん、それは間違いない。


「人を信じる姿を見せるのも、俺は必要だと思う」

「!? ……、……あ……ん、うん……そ、そう、か……」


 優しくていい人だったとしても、なにも助けてくれなかった郁夫。

 私以外には誰にでも笑顔で明るく優しい実家の両親や使用人たち。

 そんな時間が長かったからだろうか?

 私はいつの間にか、人を完全に信じることができなくなっていた?

 だから、無意識に心が疲れていたのだろう。

 涙がぽろぽろ溢れてくる。

 そう、本当にいや。

 人間のために魂の器になっているこの国の人たちのことさえ、まともに信じられなくなっていた私自身がものすごく嫌!


「ふうっ!」

「ティータ、大丈夫。ティータはリオを守ろうと頑張ってただけだもん」

「ル、ルイ……私……私……!」

「うん、わかってる。ティータも自分でわかってるんだよね。でも、頭でわかってても心がうまく動かないんだよね」

「っ、うん……うん!」


 そう、そうなの。

 上手くできないの。

 私はリオをちゃんと育てたいのに!

 私はリオのお母さんなのに!

 どうしてできないの?

 この国の人は大丈夫なのに、信用しきれていない。

 ひどい、ひどい……アーキさんとマチトさんは命の恩人でもあるのに!

 優しく抱き締められ、髪を撫でてくれるルイの胸にしがみつき、小さな子みたいに泣きじゃくる。

 間のリオは私が泣くからびっくりして泣き止んだ。

 良し悪しだわ。


「大丈夫、ティータならできるようになるよ。今は難しくても、ティータは頑張りすぎだから、少しずつ」

「……できるかしら、私……」

「できるよ。俺はティータが頑張ってるの知ってるもん」

「っ……」

「でも頑張りすぎなんだよ。俺も、マチトさんも、アーキさんも側にいるから、みんなでリオを育てよう。一人で頑張らなくて大丈夫。大丈夫だよ」

「…………」


 みんなで、育てる。

 リオを、私独りじゃなくて、みんなで。


「……ありがとう……」


 郁夫の言葉なら信じられなかった。

 けど、マチトさんもアーキさんもルイもリオのお世話をしてくれるんだもの。

 郁夫と違って行動が伴ってる。

 そこだけは、信じてもいい。


「今夜は俺がリオを見てるから、ティータは寝てて」

「うん……」


 その夜、一度も起きることなく私は熟睡した。

 こんなに熟睡できたのは、リオを産んでから初めてかもしれない。

 この国に来た時は気絶だったから……。

 ああ、なにも気にすることなく眠るのって、こんなに気持ちいいんだ。

 思い出させてくれてありがとう、ルイ。


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