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仮初夫婦に 3


「見せてもらってもいいですか?」

「いいですよ? こっちです」


 厨房の勝手口から玄関と反対側の裏庭に出る。

 するとなるほど、整地してあり、ざっくり掘り返されたような畑らしき場所があった。

 う、うん、雑草に侵食されつつある……なんてもったいないの。

 湖畔がすぐ近くにあるから、飲み水にできるよう貯水槽と水を綺麗にする浄化槽が木に埋め込まれるように設置してある。

 蛇口があるのであそこから畑に水を撒けるようになってるんだ。

 用水路を引けば畑を広げることも難しくなさそう。

 なかなか至れり尽くせりの設備なのに、この有様とはなんて!


「今はなにを植えてるんですか?」

「えーと……ナンダッケ……」

「わかりました。とりあえず畑は手を加えたら色々作れそうです」

「ほ、ほんと? あ、手伝いならやるから、言ってほしいです!」

「もちろんお手伝いいただきます」


 畑よし、水よし。

 結局ルイさんの収入源はよくわからない。

 でも家に戻ると、「俺の収入源はこれ」と魔石を見せてくれた。

 しかも、多種多様な魔石!


「すごい……こんなにたくさんの魔石……どうやって!」

「勇者のスキルの中に【魔石精製】というものがあるんです。普通の石に魔力を注ぎ続けると魔石になるっていう」

「えぇっ、す、すごい! そんなことが!? じゃあもしかして魔力蓄積の魔石も自分で作れたり……!?」


 魔力蓄積の魔石は、国の至宝だ。

 なにしろそれに魔力を貯めて、異世界から勇者や聖女、賢者を召喚するのだから。

 それが作れたのだとしたら、コバルト王国で呼び寄せた勇者たちをそのまま送還できる!


「いや、さすがにあれは別物ですね。魔石の大きさもこのぐらい必要で、注ぐ魔力も半端じゃない。魔石の純度も非常に高くしないといけなくて……俺の全魔力を半年くらい注いでやっと作れるって感じでしょうか。石によっては高魔力を大量に注ぐと壊れてしまうものもありますし」

「……すっごく疲れるんですね……」

「そうですね……すっごく疲れますね……」


 勇者の——それも【経験値五倍】の勇者の魔力を注ぎ続けるなんて想像しただけでも凄まじい。

 きっと私みたいな平々凡々の人間が何千人、何百年もかかったって作れない代物なんだろう。

 やっぱり魔力蓄積の魔石はすごいものなのね。

 コバルト王国でも過去、伝説級の巨体を持つ三つ首のドラゴンを倒して、その頭から手に入れたというもの。

 そう、コバルト王国に魔力蓄積の魔石は三つあるという。

 ただ、その三つはフル稼働しても五年ごとに一人の異世界人しか召喚できない。

 魔力を貯めるのに、どうしてもそれぐらいかかる。

 城の魔法使いの魔力にも限界があるからだ。


「でも、熱の魔石や氷の魔石は料理にすごく使うので助かりますね」

「オルゴールよりこちらの方がよく売れます」

「でしょうねぇ」


 ちなみに、作ってはマチトさんのお宿の方に卸しているそうだ。

 そうしてマチトさんとアーキさんからご飯をもらっている、というわけだったのね。

 自立したいから、二人のお世話になりたくないとは言っているけど……どうしても伝手があの二人しかいないという。

 うーん、悪循環。


「オルゴールの店をやれば、お客と顔見知りになってもう少し二人から自立した大人になれると思ったのになぁー」


 と、子どものようにぶーたれてカウンターの上に上半身を伸ばす。

 本当に、子どものまま体だけ大きくなってしまった人なんだろうな。

 その様子を見ていて、かわいいな、と思う。

 息子がいるから余計にそう思うんだろうか。


「そんなに簡単に大人にはなれませんよ」


 四十歳で死んで、“アンジェリカ・トイニェスティン”として生まれ変わって十六年になろうとしている。

 それでも私は未だ自分が“大人”になったとは思えない。

 不思議なもので、年を重ねれば重ねるほどそう思う。

 特にアンジェリカとして生まれてから、肉体年齢に引っ張られている感覚が強い。

 前世で四十年生きた記憶は、科学についての情報が引き抜かれて曖昧になっているのも手伝って、己の成熟さにはあまり役立ってないように思う。

 そもそも、大人ってなんだろうね?

 体が大人になることを大人と呼ぶのなら、確かに私たちはこれより成長はしないだろうから大人と呼んでも差し支えないんだろうけど。

 自立した人をそう呼ぶのだろうか?

 だとしたら、私も彼もやっぱりまだ子どもだろうな。


「ティータさんは前世の記憶があるのに、まだ自分のこと大人じゃないって思うんですか?」

「思いますね。肉体年齢に精神年齢が引っ張られているような感覚もあるので。昔の自分と比較しても、昔の——前世の自分が大人だったか、とか思うと……そんなこともないような」

「えー」


 不満そうな声を漏らすルイさん。

 でも、五十五年分の記憶がある私でさえ自分が大人になった感じがしないんだもの、きっとルイさんはもっとそんな気がしないんだろうな。


「でも、自立して生きていきたいのは私もです。リオに恥ずかしくない人間になって、リオにも自分で誇れるような人生を送ってほしい」


 どうかこの子にたくさんの選択肢を与えられるように。

 うん、そのためにもやはり自立!


「だから、ルイさん。改めて……私と夫婦になっていただけませんか?」

「! ……はい、もちろん。ティータさんのオムライス美味しかったですし」


 オムライスかぁ。

 思いの外効果が抜群だったみたい。


「ティータさんの考え方、かっこいいです。俺もそんなふうに思える人間になりたい」

「へ?」

「だから近くで勉強させてくださいね。……あ、それじゃあ夫婦っぽく、敬語はやめにしない?」

「あ、そうですね——いえ、そうね」


 夫婦なのに敬語は変だよね。

 でも、出会って二日目で夫婦になろうなんて、やっぱり少し抵抗があるな。

 いやいや、これもリオのためよ。

 やるのよ、私!


「それじゃあ二階の空き部屋片づけてくるね」

「うん、ありが…………いえ、私も行くわ」

「えー」


 信用していないわけではないのだが、厨房の洗い場を見るとどうしてもね。

 どうしてもね!?



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