夢のために動く
実家——トイニェスティン侯爵家のことではない。
前世の——郁夫との結婚初期の話だ。
不妊治療の過程で体にいいものを考えつく限り試していた結果、調味料もお手製のものを作るようになった。
作り方を知っているのは、その時に覚えたから。
今となっては、という感じだけれど。
「調味料ってのは塩と砂糖と胡椒がありゃいいと思ってたぜ」
「あとはバターとかねぇ」
「……そんな気はしていました」
厨房を見たけど、割と乱雑に置いてあったんだよね、調味料。
酢みたいなものも見かけなかったし。
これは調味料作り苦労するかも?
「他にはどんなメニューを考えてるんだい?」
「そうですね。サラダ二種類、スープ二種類、パスタ三種類、サンドイッチやカレー、スイーツを五種類くらい。それから飲み物を三種類くらい。細かくはこれから試作していこうかと」
「そうだねぇ。まあ、あんまり多すぎてもね」
「お、多いですか?」
「あんた一人で賄うにしちゃあ、多くないかい?」
そ、そうだろうか?
多いかな?
でも、座席数にもよると思うし。
お客様にはたくさんきてほしいけど、あまりたくさん入るようにすると確かに回せなくなりそう。
「ルイさんは料理……」
「期待しない方がいいねぇ、あの子……」
「そ、そうですか」
ア、アーキさんの首の振り方がひどい。
なんなら顔色も青白い。
ルイさん、まさか料理音痴?
まあ、場所だけ貸していただければ、食事は私が作ればいいしね?
「あんた、ルイのとこで店をやりたいって話だったな」
「はい。ルイさんにはテラスをお借りできたらと思っています」
ほぼ無言で食べ終えたマチトさんに答える。
するとやや言いづらそうに「テーブルや椅子、食器や食器棚、テーブルクロスやメニュー表は」とボソボソ呟く。
けれど、その内容に私は顔から血の気が引くようだった。
「な、なにも考えてませんでした。その、業者の方とか、い、いるんですよね」
「店を始めるのにも、資金は必要だろ? ど、どうするとか、あ、あてはあるのか?」
「…………」
ない。
ありません。
滝のように流れる汗。
「あっはっはっはっはっ! やーっぱり勢いだけで言ってたのかい!」
アーキさんにはバカウケしたが、笑いごとではない。
恥ずかしながら、本当に勢いだけで——思いつきだけで言っていた。
ここまで判断能力が落ちてたなんて、情けないわ。
「ま、まずはカフェを始めるための資金が必要なんですねっ」
「それならいい考えがあるよ。ルイと結婚しちまえばいい」
「ふぁ!?」
なななななななに言ってるの、アーキさん!?
ルイさんと、け、けけけけ! 結婚んんん!?
なに言ってるの!? なに言ってるの!?
「結婚すると多額の祝い金が貰えるし、アンタ身を隠したいんだろう? ルイもそうだけど、独り身より夫婦の方がバレにくかろうよ。人間は珍しいからね、この国は」
「あ……」
言われてみれば、確かに。
ルイさんは元勇者として、コバルト王国との国境沿いの森に結界を張っている。
ドルディアル共和国に攻めたいコバルト王国にとって、結界はとても邪魔なもの。
いずれ新たに召喚された勇者と聖女により、結界の要たる聖剣が引き抜かれることもあるかもしれないけれど……裏切り者の勇者は目障りに違いない。
そうか、そこまで考えが及ばなかったけれど、ルイさんも狙われている可能性は高いんだ。
人間の男一人、子連れの女一人……それで聞き込まれたら、一発でバレる。
でも、私とルイさんが夫婦という形でいれば人間は珍しかろうが『人間の男一人』と『子連れの女一人』で探されるよりはバレにくい。
「でも、それってルイさん次第ですよね……?」
「あの子だって居場所を特定されたくはないでしょう。もうバレてはいるかもしれないけどねぇ」
「え、ええ……」
もうバレてる!?
けど、それもそうか。
前勇者が召喚されたのは五年前。
ルイさんがコバルト王国を裏切ったのがいつかはわからないけど——ルイさんは『ステータス』を表示できていた。
コバルト王国の国王に能力を把握される『ステータス』を。
居場所までわかるものだとは聞いたことないけれど、コバルト王国もそれなりに密偵などは使っているだろうから、王国側に居場所はバレてても不思議じゃないのね。
「でも、やっぱり心配なのよ。あの子、アタシらのためにはちょっと無理する子だからね」
「ああ……あんな子どもの時から人の生き死にの場に連れて行かれて……可哀想な子だ……。それなのにおれたちのことばかり心配して……」
「…………」
五年前に【召喚】されたルイさん。
今、十八と言っていた。
五年前——ルイさんは十三歳。
その年齢に気づいて口を両手で覆ってしまった。
十三歳の男の子が、戦争のために——虐殺のために召喚されたのだ。
なんとおぞましい……!
未成熟な心と体は、さぞ戦争の負荷に苦しんだことだろう。
考えただけで私までしんどい気持ちになる。
鎮痛な面持ちのアーキさんとマチトさんは、勇者時代のルイさんを知っているのね。
だから心配してるんだわ。
コバルト王国はルイさんを見つけたらどうするつもりなのだろう。
父は『失敗』と断じていたけれど、どちらが失敗なのかわかったものではない。








