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さんぽ

作者: 紅 真珠

桜の散る季節。

ぼーっと外を眺めていると、黒猫が垣根の外から顔を出す。


”山田コイ”と書かれた名札が服に縫い付けられている。

家族が縫い付けたらしい。


黒猫は縁側に上がるでもなく、桜の木の下でひとつのびをして昼寝に入った。


「コイさん」

スタッフが声をかける。市井麻美と名札に書いてある。若い介護士で今年成人式だったと話していた。

「コイさん。また、黒猫ちゃん見ていたの?最近よく来るわねえ。気持ちよさそうに寝てる」

麻美はコイさんに話しかけるが、コイさんはあまり反応がない。

たしか、今流行のアルツハイマー型認知症だとか言っていた。

ここに来る前は物忘れがひどく、そのくせ一人で外出するので大変だったらしい。

家族は息子と嫁、孫が二人。家族がいても日中は一人だ。

その日中に外出。何度も徘徊を繰り返し、危険なこともあったらしい。

今は、スタッフの目が届き徘徊することもない。

まあ、徘徊する元気も、記憶力もなくなっているというのがホントの所だろうけど。


ミャア と黒猫が一声鳴き、コイさんを見て立ち去った。


コイさんは麻美ともう一人のスタッフに連れられて昼食を摂りに行ったようだ。


昼食後、昼寝をしてコイはふと自室から出た。目指すは玄関。スタッフは気づいていない。するりと玄関を出て『グループホーム癒しの家』と書かれた看板を通り過ぎる。


門の脇に真っ黒なドレスを着たアンティークドールのような女の子がいた。


「どこに行くの?」


「わからないねえ・・・散歩しようかねえ」

コイは女の子を見て答えた。その顔はさっきまでとは違い表情がある。


「私もついていっていい?二人のほうがいいでしょ?」


「そうだねえ。二人のほうが楽しそうだねえ」

そういうと、コイはゆっくりと歩き出した。

春の暖かな日差しの中、二人は並んであるいた。何かを話すわけではない。

時折道端の花や木々を立ち止まってみながら、ある家の前で歩みを止めた。

じいっと暖かな目で見つめる。


「ここは?」


「ここは息子と嫁が住んでるところさ。孫が二人いてね。二人ともいい子だよ。」


「そう」

中から、きゃっきゃと笑い声が漏れてくる。

それに子供たちを呼ぶ男の人の声と、女の人の笑い声。

ふと、コイを見ると懐かしいようなやさしい笑顔をしている。


「ここじゃないの?」

女の子が問う。


「ここじゃないねえ私の行きたい所は。もちろんここもいい所だったけど」


ふうん。と女の子は頷き、また歩き出す。

駅に着き、電車に乗り、夕暮れが迫ったころに降りてまた歩き出す。

ぽつぽつとコイが話しだした。


「ここはおじいさんと二人で住んでいた土地だよ。おじいさんが亡くなってからしばらくは一人で生活していたんだ」

ここはアサさんが切り盛りしていたタバコ屋。

あっちはゲンさんがやもめ暮らしをしていて、こっちではマンばーさんが畑で作った作物を売っていたんだよ。

とコイは指差しながら女の子に説明していく。

そのほとんどは今では駐車場や空き地、もしくはマンションが建っていて当時の面影はなくなっていた。


しばらく歩くと、あるアパートの前で立ち止まった。


「私はここでおじいさん、子供たちと暮らしていたんだ」


みゃあ と黒猫が鳴く。


「おかーさーん。ねこひろったー飼っていい?」

母親は子供が抱いている子猫を見て、面倒見れるの?と子供の目を見た。

「みるよ!」

二人の子供の声が重なる。母親はお父さんに聞いてみなさいとやさしく言った。


「コイー!また子供たちが拾い物してきたぞ。いい加減今回は許すか?」

やさしそうな父親は困ったような顔でコイに問いかける。子供たちは

「おかーさん、おとーさんがいいって言ったら、飼っていいって言ったよ!」

と父親を見上げている。

ちゃんと面倒見て、お母さんに迷惑かけないようにするんだぞと父親は言い、

子供たちはありがとうと喜んだと思ったら、早速長男が名前何にしよう?と弟と二人でなにやらごそごそしだした。

コイが子猫のためにミルクを温めていると、

「ごんざぶろう!?やだーそんななまえー」

子供たちが叫んだ。どうも父親が名前の案を出したらしい。

「じゃあ、黒いからクロ。はどうだ?」

あんちょくーと子供たちに言われながら、その猫の名前はクロに決まった。


クロが みゃあ と鳴いた


「かーさん、俊博が黒猫送ってきたぞ」

パタパタと奥からコイがかけてくる。

「あらあら、本当!」


『親父・お袋へ。俊博・俊信』

と猫の入ったバスケットには書いてあった。

早速夫は猫を出してあやしている。コイが長男に電話すると、

「最近俊信も出て行って寂しいだろうと思って。ボケ防止にもペットを飼うといいって言ってたから」

と笑った。そして孫が出来ることや家を建てることなどを報告して電話は切れた。

「来年からじーさんばーさんかー」

夫はうれしそうに猫に話す。コイもうきうきと そうですねー と返した。

猫はごんざぶろうという名前をつけられたが、後日メスということが発覚した。

しかし、名前を変えるのも面倒なのでそのままゴンと呼ばれていた。


ゴンが みゃあ と鳴いた


雨が降っている。

老夫婦が住んでいた木造の平屋に白黒の布がかけられ、人の出入りも激しい。

俊博たち兄弟は急に亡くなった父親の葬儀の準備で忙しいようだ。

コイはゴンを抱き夫のそばにいた。夫が倒れたのは3日前。脳梗塞であっという間だった。

幼い孫たちもコイの傍で遊んでいる。


その数ヵ月後、ゴンはコイの後をついて歩くようになっていた。

コイの歩調にあわせゆっくり歩く。


子供たちが話していた。コイは認知症なのだそうだ。

だから一日に何度もえさを出してくるし、散歩もする。時々ゴンをクロと呼んだりもする。


2年後長男の俊博が迎えにきた。同居するらしい。ゴンもコイに抱かれて都会に来た。

コイは都会に来て何度も徘徊するようになった。


「どこに行きたいの?」

女の子が聞く。


「ただ家に帰りたいだけだよ」


「昔の家?」


「もうそこには誰もいないねえ。前はそこに行きたかったんだけど、今は孫たちがいる家に帰りたいねえ」


「そう。もうすぐ帰れるよ。ただ、またすぐに違うところに行かなきゃいけないけど」


「そこには誰がいるかねえ?」


「あなたが会いたい人。私や彼もいるよ」


「それなら悪くないねえ」

コイは女の子に笑いかけた。女の子もコイに笑顔を向ける。


グループホームの玄関に黒猫がいた。麻美はコイさんを思い出した。

「あらーもうコイさんは此処にはいないのよ?」


黒猫は小さくみゃあと鳴いて駆けていった。

のほほんとした不思議な雰囲気を書いてみたかったのですが、うまくいったのでしょうか・・・?

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