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道の駅

作者: takamine1101


 夫婦して、ちょうど休みがとれたので、旅行に出かけた。

 旅の初日。

 ぼくらは、ある宿場町を観光した。

 それは、五街道沿いの宿場町で――高地にあって、河岸段丘の段丘面に、ひっそりと寄せ集まるようにして軒が並んでいる――場所なのである。

 わざと平日に組み込んだのは正解だった。

 人の姿は、ごくまばらだった。

 午前9時に到着して、ひととおり史跡だの土産物屋だの、資料館だのを見て回ると、じきに、さて昼食はどうしようかという時間になった。

 しかし、よくある話で、こういう観光地で食べるものは、高いわりにうまくない。ましてや、観光地といっても質素な、ものわびしいところである。三、四軒ある食いもの屋をのぞいてみても、これといって、そそられない。まあ、こんなところで無理して食べなくても、というものばかりなのだ。

 踏ん切りがつかないでいると、妻が、スマートフォンで近隣検索をはじめた。

 それでやってきたのが、この道の駅である。

 山間を縫う往時の街道は、いまや充分な幅員のある、二桁国道になっている。乗用車に加え、ダンプや中型トラックなんかもビュンビュン走っている。

 あの宿場町から、ほんの2、3分国道を走らせたら、すぐに到着した。

 ここはここで、小さくて、主張のとぼしい道の駅だった。

 道の駅の敷地には、木造平屋の地元農産物の直売所があって、そのそばに土産物屋と、食堂の入った棟がある。以上、それだけなのだ。駐車場には、ぼくらの車のほかに、軽トラックが2台だけ停まっていた。

「ここ、おそばおいしいらしいよ」

 妻が言う。

 ぼくらは食堂へ向かった。

 食堂の前に券売機があって、そこで食券を買った。

 食堂へ入った。

 そうだろうと思っていたが、客は、だれもいない。

 食堂の従業員に、食券を渡した。はい、番号でお呼びします、と半券を渡される。よくあるシステムである。

ぼくと妻は、テーブルに、向かい合って座った。

 やがて、天ぷらそばと、ざるそばの大盛りが運ばれてきた。

 食べてみる。

 うん。うまい。悪くない。

 妻も同じようだ。

 ここにして正解だったと思いながらも、旅のくせに、ずいぶんと行き当たりばったりで、いかにもぼくら夫婦らしいと苦笑した。

 そのときだった。

「いらっしゃいませ」

 従業員の声があがった。

 従業員も厨房も、ぼくの背後になっているから、客が来たようだが、どんな客かはわからない。

 だが、うまそうにそばを食べていた妻が、箸を止めて、来た客を注視していることには気がついた。

「はあい。番号でお呼びしますねえ。お掛けンなってお待ちくださいねえ」

 愛想のいい声がして――客の足音が、ぼくらから離れたテーブルへ進んでいく。

 妻は、客を、目で追っている。

「どうした」

 あまり二人してじろじろ見るのも気が引けるから、ぼくはまだ、妻と相対している。しかし、あれよ、あれなに、と妻が言うにおよんで、ぼくは、妻の指さすほうへ首を向けた。

 ――男だ。

 席に座っている男は……、上半身、裸なのだ。

 椅子に座っているせいかもしれないが、男は、ずいぶん小柄に見える。短髪に、はちまきを締めている。痩せてはいるが、ひきしまった半裸。たまに聞く形容だが、競走馬の肉体のように、筋肉に張りがあり、肌がつやつやして、いかにも健康といった裸体である。その下には、どうも白ふんどしのようなもの締めている。膝には、濃紺の脚絆を巻いていて、足袋を履いている。

 つまり、道の駅で食事をするには、いかにも異様な風体なのである。

「なんだ? あの人」

 小声で、ぼくはいった。

 その男は、あ、と気がついたように、給水器へ水をとりにいき……、また席に座った。そして、コップをぐいぐいやっているのである。

「昔の人?」

 妻が首をかしげた。

「昔の人っぽくない? あの恰好」

「まさか」

「じゃあなんなの」

「力仕事してる人かな」

 ぼくは答えた。職人などが、暑い盛りに、ねじりハチマキとランニングシャツで頑張っている姿をイメージして言ったのだが――。

 だが、もとより、そんなものではないのだ。

 あれは、ぼくのとぼしい知識によれば、昔の、飛脚のいでたちではないだろうか。

「お待たせしましたあ」

 平然と、従業員は番号を呼んだ。

 男は立ち上がった。

「薬味とマスタード、そちらにございますからお好みでお使いくださいねえ」

 従業員はにこやかに言う。

 あえて男の風体にはふれないで、平生を装っているというようにも見えない。

 半裸の男は、それぞれ、どんぶりとざるの載った大きな盆を二つ、両手に抱えて、席へと戻っていった。

「……ねえ、見た?」

 妻は、もう、あまり箸が進んでいない。

「見たよ」

 ぼくは返した。

 半裸の男が、まげを結っていることに気がついたのである。

 半裸の男は、丼飯をがつがつ、むしゃむしゃ、ばくばくと食べ、たちまち空にすると、もう一つの盆の、ざるそばを、ものすごい速さでずるずるかっこんだ。

 まるで、なにかに追われているようだ、とぼくは思った。

 しかし、あの男がもしも飛脚なのだったら、時間に追われているのだろうし、食事どきだって、悠長に過ごしてはいないのだろう。まあ、飛脚だなんてことは、もちろんないのだが――。

「はい、おまちどおさま」

 また、従業員が声をあげた。

 半裸の男は、席を立って、また盆を一つもってきた。

 あれはなんだ。今度はなんだ。

 ぼくら夫婦は、もうすっかり箸を止めて、男を注視している。

 うどんだ。

 きつねうどんに、たしか野沢菜おにぎりが2つと、お新香がセットになっている定食なのだ。ぼくも、最初、ちょっと気になったので覚えているのだ。

 男は、これも猛スピードでたいらげると、しばらく楊枝で歯をせせってから、ぱっと立ち上がり、食堂を出ていった。

 ぼくら夫婦は、顔を見合わせたが――それは、お互いに、あの男をどう理解したらよいか頼りあっているのだった。むろん、なにもわかりはしないのだ。



 食堂を出て、ぼくは、煙草を吸ってくると言って、喫煙所へ行った。

 妻は手洗いに行くというので、終わったらここへ来てくれとぼくは言った。

 喫煙所にやってきた妻は、またもや異様な光景を見ることになった。

 例の、飛脚の男だ。

 それが、男を含め、4人いる。みんな、同じ出で立ちをしている。

 喫煙所の壁に、2、3本、本などで見たことのある、飛脚の持つ長い棒、棒の先に小包が結わえられている、あれが立てかけられている。

 それに、彼らはキセルを使って、ぷうぷうと煙草を吸っているのだ。

 彼らは、さっきから何か話しているが、変な訛りはあるものの、この先の道は険しいからどうのこうの、という話をしているようだった。

 ぎょっとしたのだろう、妻は目で、早く行こうと促す。

 ぼくはそれに従い、煙草の火を消すと、駐車場へ向かった。

 ぼくらは、そこで声をあげた。

 駐車場の、自動車の白線の区画に、駕籠だの、人力車だの、大八車だの、馬車だの、やっぱり飛脚だのが、より集まっているのだ。

 よく見ると、たしか、戦中に走っていたという木炭自動車まで停車している。

 あれは――あれは、いったいなんなのだ?

 仮装行列かなにかか? 

 しかし、その割には、お互いに不愛想なのだ。それに、そんな行列を、あえて、こんな平日にやるものだろうか?

 よく日焼けした飛脚。

 洋装の、シルクハットを被った紳士。

 ほっかむりを被った、百姓然とした、土に汚れた小男。

 そして、脇差を帯刀した、ちょんまげ頭の侍も数人たむろしている。

「お客さん、お客さん」

 声がした。

 食堂から、例の従業員が飛び出してきたのである。

「いいんですよお、お客さん」

 前に伸ばした手を振って、ぼくらに訴えかけるようである。

「いいんです。気にしないでください。わたしたちは慣れているんです」

 つまり、ここからさっさと離れろと伝えているようだ。

「気にしないでください。ね。最近ね。いろいろパソコンでね、見せ合ったりとかあるみたいですけど、あんまり人には言わないでね。よそへ行ってもね」

 口外するなということらしい。

「はあ」

 とよくわからない返事をして、ぼくらは、その場を離れた。

 二人、ずっと無言のままである。

 自動車は、また、往時の街道、現在の二桁国道を、再び走りはじめた。

 歴史のある道だから当たり前だが、過去から現在にいたるまで、この道を、いろんな人が通ってきたのだな、とぼくは思った。

 拡幅され、舗装されても、道が道であることに、変わりはない。いま走っているぼくの自動車も、その道を通り抜けた影の、集積のひとつになるのだろうと思った。

 ぼくは、ふいに現れたあの人々を、べつに恐ろしいとは思わなかった。

 だが、せっかくの旅行気分が台無しになってしまった。

 妻も、さっきからずっと喋ろうとしないし……。おそろしいというよりは、少しばかり、いらだたしい気持ちになったのは事実だった。





 

 

  


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