ヘルミネ
狼娘の姿で魔法の練習をし始めてから30分が経過頃、体が魔力に覆われ元の姿に戻った。着ている服は変身する前に着ている服と同じだ。
「変身が解ける時間も昨日より早い…変身時間も攻撃を受けて変化している時間も初回だけ長いのか…?」
こればかりは何回か試してみるほか無いのでもう一度変身してみようか…でもそう何回も変身したくは…いや、[特技]は鍛錬するほど効果が強くなると聞いた。なら意のままに変身を解除できるようになるかも知れない。
そう思うことにし、もう一度変身をすることにした。
3度目となる魔力が全身を覆う感覚を経てまた狼娘の姿になる。
……変身する姿によってはその姿に精神が引っ張られることなどあったりするのだろうか?
ふとそんなことが頭をよぎったがまさかそんなことは無いだろう、今も特にこの体になって何かいつもと違う衝動や本能的なモノに襲われたわけでもないし。
気を取り直して魔法の練習を続け20数分程経った頃、狼娘の発達した耳が階段からの足音を聞き取る。
「あっやばっ」
思わず口に出てしまったものの逃げ場はないのでどうしようもない。
階段をから降りてきたのは赤い艶やかな髪をポニーテールにし、自分の元の姿よりも背が高く目は髪の色に少し黒が混ざった、胸が大きめな美女であった。
彼女は暗めな赤い服を着ていて、背中には背丈ほどもある大剣を背負っている。重くないのだろうか…?
その女性は階段を下り終わるとこちらを見つけたようでこちらに向かってくる。一瞬鼻息が荒くなった気がしたが気のせいだと…思う。
「ここに人が居るとは珍しい。しかし妙だな、ここにいるのは黒髪黒目の男だと聞いていたのだが」
女性にしては声が低めだ。
「いや、まぁ、あはは…」
……できればその男が自分のことだとは言いたくない。
「ここに居るということは君もここで鍛錬したのだろう?」
「そ、そうですね」
「武器を持ってない所を見ると魔法の練習か。私は魔法が大の苦手でな、一切使えないんだ。」
「そうなんですか」
まずい、もうすぐ30分経つからこのまま話が続けばこの人の前で変身が解けてしまう。
「昔からどうも魔法を使うための想像力が足りないらしくてな上手く魔法がつかえない。だからこうして、大剣を使っている」
「お、女の人で大剣なんて珍しいですね」
「そうだな、よく言われるよ。だが剣ばっか振っていたせいか[特技]が[大剣士]でな[特技]のおかげでこうやって大剣を持てているんだ。君の特技は見たところ狼の獣人だから爪術とかかな?」
「いや、その…」
「や、これ以上聞くのは不躾だったな。失礼した」
「だ、大丈夫です」
「どうした?さっきから、そんな緊張しなくていいんだぞ?誰も取って食ったりはしない」
緊張じゃ無いがそろそろ時間…あっ……
視界が白く染まる。時間が来てしまったようだ結局どうしようもできなかった…
赤い髪の彼女の表情は見えないが、突然のことだからか驚いた声が聞こえてくる。
「なんだ!?何故急に発光して!?おい、君、大丈夫か!」
数秒後、光が収まる。これは言い逃れできないだろうな……
「何だったんだ一体……ん?君は?ついさっきまでそこには狼の獣人の娘がいたはずだが。まて、その黒髪黒目は先ほど聞いたこの場に居るはずの男の人相じゃないか。もしかしてさっきの娘は君だったりするのか?」
「い、いやそんなわけ無いじゃないですか。性別を超えて別の姿になるなんてーー」
「そうだな。そんなわけ…いやさすがに無理があるぞ、君」
「さすがに言い逃れできませんよね…」
「うむ。しかしなんなんださっきのは、まさかとは思うがそれが君の[特技]か」
「ええ、そんなところです」
「そうか…だが性別や種族が変わる[特技]なんて初めて見たぞ。もしや他の姿にもなれるのか?」
「いえ、まだできないです」
「ふむ、まだ、か」
いらないことを言ってしまった気がする。
「そうだ、先ほどのが衝撃的過ぎて名乗るのを忘れていたが、私はへルミネという。君は?」
「楓翔です」
この世界にきてもう何回名乗っただろうか。
「フウガか。覚えておこう。私相手に敬語もいらないぞ」
「あぁ、わかった」
「そうだフウガよ、気づいてないようだが、君は今王都で噂の存在になっているぞ。姿が変わる[特技]を持った男がいるとな」
うぇっまじかよ…昨日あんな大衆の面前で検問受けたらそりゃ噂にもなるか。
「幸い元のその男の姿を見たものはいないようだから身バレはしてなさそうだ。その様子だとあまりばれたくないんだろう?なら気を付けておけ、一度でも見られてみろ…話題は一瞬で広がるからな」
「あぁ、わかってるよ」
「それはそうと、あのだな…気をつけろと言った手前アレなんだが…またさっきの狼娘の姿になることはできないか…?」
「はぁ…?いったいなんで…」
「いやぁ女っぽくないってよく言われるんだが、実は可愛いものに目が無くてね。君が普通の女の子で先ほどの姿だったなら何も言わなかったんだが君は男の子だろう?なら何も問題ない。」
いったい何が問題ないのだろうか。
「いや、もう率直に言う、撫でさせてくれないか?」
「撫でる!?」
「その…耳とか尻尾とかほっぺたとかをどうしても触ってみたくてな」
「耳とか自分でも触ったこと無いんだけど」
「そこをなんとか…!そうだ触らせてくれるのなら今日の夕飯を奢ろう。いやそれじゃ足りないな。そうだ!今度剣術を教えてやろう。見たところ剣を触ったことはあまりないのだろう?これから冒険者としてやっていくなら剣を少しでも使えるようになっておいて損は無いだろう。どうだ?」
うわ…必死すぎだろこの人、そんなに触りたいのか…?いやそれにしても剣術か、一応剣はギルドから借りては居るもののほぼ触ってないし、ちゃんと教わってもいいかもしれないな…………しょうがない。
「…わかった。夕飯はいいから剣術を教えてくれ」
「ほんとうか!いいのだな?やった!」
「割に合わなく無いのか?」
「いや、可愛いものを愛でられるなら些細なものだ」
「そ、そうか」
「じゃあその、早速いいか…?」
もの凄く目がキラキラしてる(ように見える)…
頭の中で変身、狼娘!と念じる。すると全身が魔力に包まれる。
「おぉ…!」
と声が聞こえる。やはり数秒で変身は終わった。
「おぉぉ!すごい!ほんとうに変身した!やはりめちゃくちゃ可愛い!」
生憎男としては可愛いと言われても嬉しくは……でもちょっといいかも…?
ハッ!?僕は何を考えてるんだ…可愛いと言われて嬉しくなんかーーー
「ひゃうっ!?」
急に頭の上がゾワッとした感覚に襲われた。視線を上に向けるとヘルミネが僕の頭に生えた獣耳を触っている。
これまで生きてきて初めてなのもあるだろうが触られるのは実に奇妙な感覚だ。
「うぇへへ…柔らかい…もふもふしてる…」
「き、急に触るなよ!こっちには心の準備ってものがーーひぅっ!?」
今度は尾てい骨付近に生えた尻尾を触っている。尻尾も耳同様奇妙な感覚でありぞわぞわとする。
「おぉぉ…こっちももふもふだぁ…!」
だめだ、聞いちゃいない。
「だから!心の準備ができてないっていってるだろ!」
と今度は耳と尻尾を同時に触ろうとしたヘルミネの手をかいくぐり後ろへジャンプし逃れる。
「あっ…」
寂しそうな声をヘルミネが出す。
「あっ…じゃないよ!」
油断も隙も無いのかこの人は…
「す、すまない、つい取り乱してしまった。ともかく触らせてもらった礼はしっかりする。君に剣術を教えよう。だが君は剣を持ったことすらほぼ無いだろう?ならばまずは剣に慣れる事から始めないとな。だから数日間は剣に慣れるために素振りを一日100回は行なってくれ。本格的に鍛錬を始めるのはその後だ」
「わかった」
「逃げたりなどしないから安心してほしい。そうだ、その姿になると身体能力は上がったりするのか?」
「あぁ、この姿だと俊敏性が上がるみたいだ」
「なら、身体能力が大きく下がる訳では無いようなら元の姿が基本となるはずだ。素振りは元の男の姿の時にやるといい」
「わかった」
「何、お安いご用だ。では私は向こうでこの大剣を振ることにするよ。危ないからあまり近づかないようにしてくれ」
と言って向こうに行った。ヘルミネが大剣を振り出すとブォンブォンと風切り音が聞こえるのをBGMに炎の玉を実戦で使えるように鍛錬を再開した。