王立学園の魔術教師、生徒に手を出した疑いのある後輩女教師を追放したが、それは王子の策略だった~俺はなんてことを、しかし今更……目を覚ますと、俺の前に彼女が。巻き戻っている時間。今度は絶対に間違えない~
※第9回ネット小説大賞一次選考通過作品
「学園長!!」
王立学園の最深部に位置している学園長室に駆け込むと、学園長が氷漬けになっていた。
透き通った氷の中で絶命している学園長は、苦悶の表情をしていた。
「くそっ、遅かったか……」
この王立学園の魔術教師である俺、シャノン・リオフレイムは、何者かの襲撃に対する怒りで、拳を強く握り締めた。
すると、俺の背後、おそらく廊下の向こう。
魔術指導のための訓練室から男の絶叫が聞こえてきた。
「この声は、サイモンか……!?」
同僚の危機を悟った俺は、全身に魔力を巡らせて訓練室へ急いだ。
廊下を走り出すと同時に、魔法でブーツの踵部分から炎を放出し、一瞬で扉の前まで飛ぶ。
訓練室の中へと続く扉は粉々に壊されていた。
「あっ! シャノン先輩じゃないですか!」
広い訓練室の中央から、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
ただ、それはサイモンのものではない。
「おい、リリィ。これは一体どういうことなんだ」
リリィ・ホワイトヘイル。
彼女は幼くして魔術師としての才に恵まれ、わずか15歳にしてこの王立学園に雇われた、史上最年少の教師である。
いや、今は元教師か。
「ふふふっ。どういうことって、見れば分かるでしょう? 私、この学園に関する全てを破壊しようと思っているんです」
そう言って笑う、リリィ。
しかし、そこには、かつて同僚だった頃の、彼女の可愛らしく溌剌とした笑顔は存在しなかった。
目に光がなく、今の彼女の笑顔はまるで周囲を凍えさせてしまいそうな程に冷たいものだった。
「学園長を殺したのは、お前か?」
「そうですよ」
「たった今声が聞こえたが、サイモンはどうした?」
「彼なら、ほら。そこで死んでいます」
リリィが指で示す方――室内なのに雪が積もっている床の上に、サイモンがうつ伏せになって倒れていた。
「少しうるさかったので、肺を凍らせてあげました」
「水雹の魔術師……」
「えっ? 先輩、私の二つ名、覚えていてくれたんですか? 嬉しい!」
猟奇的な笑みを浮かべるリリィに、俺は言葉を失ってしまった。
「私ね、実は先輩のこと好きだったんですよ? 私がマティオス王子に手を出したって疑われたときも、先輩だけは絶対に私のことを信じてくれるって思っていたんです」
「その件は……悪かった……」
それは今から一年程前の出来事。
リリィは、魔術の個人指導の最中、自分の生徒だったマティオス王子に色目を使い、彼を襲ったという疑いを持たれたのである。
ただ、犯行を目撃した者はおらず、被害者である王子の供述だけが唯一の判断材料だった。
マティオス王子は真面目で、頼りがいがあり、成績も優秀な少年だったので、そんな彼の言葉を、教員たちは疑わなかった。
リリィは必死になって弁解したが、王子の言葉を重く受け止めた学園長は、彼女を王立学園から追放してしまった。
後になって分かったことだが、それは王子の策略だったそうだ。
真相は、自分と年齢が近いリリィに好意を持ち、告白をしたものの、丁重に断られてしまい、憤慨した末のでっち上げ――いわゆる、王子の腹いせということだったらしい。
「私に味方してくれる人は誰一人としていませんでした。私ってそんなに信頼されていませんでしたか?」
「いや、そんなことは……」
もちろん学園長が下した追放の処断に反対しようと思えばできたかもしれない。
……いや、実際できたのだろう。
しかし、俺は……。
敢えてそれをしなかった。
気が合うし、自分も若くして王立学園の魔術教師になった一人だったので、境遇も近かったことから、俺は彼女に対して多少なりとも好意を持っていた。
しかし、学園長や王家からの圧力に屈し、俺は追放の判断に賛成してしまったのである。
史上最年少の天才魔術師リリィに対してのライバル心……、いや後輩に追い抜かれることの恐怖心という理由もあったかもしれない。
「ねぇ、先輩。私、あれからとっても大変だったんですよ?」
「学園を出てすぐに、行方不明になったと聞いたが……」
「そうなんですよ~。聖都に向かうまではよかったんですけど、私、その道中で、マティオス王子の息の掛かった奴隷商に騙されて、捕まっちゃったんですよ~」
「なっ……!?」
リリィは飄々とした態度でそう言うと、突然上着を脱ぎ、右腕に焼き入れられた奴隷印を見せてきた。
いくら彼女が天才魔術師だったとしても、一度身体に奴隷印が刻まれてしまえば、買主の命令がない限り、魔法を使うことができない。
彼女の細くて白い腕には、奴隷印だけではなく、無数の切り傷や火傷の痕、青痣などが見られた。
「ご主人さ……変態貴族に売られてから、毎晩毎晩、来る日も来る日も、めちゃくちゃに乱暴されて……」
「リリィ……、お前……」
「私、気が狂っちゃった」
「俺はなんてことを……」
俺は激しい後悔に襲われた。
あの日、俺が権力やつまらない感情に負けて、追放に賛成していなければ……。
「すまない、リリィ……」
「今更遅いですよ、先輩」
「本当にすまない……」
「うるさいっ!! 謝るなっ!! 謝罪なんて求めていないっ!!」
彼女の顔に怒りの表情が生まれたが、すぐ元の冷たい笑みに戻った。
「ふふふっ。見て下さい、これ。素敵でしょ?」
ローブの首元を下げ、胸の辺りを露わにするリリィ。
彼女の鎖骨と胸の間には、赤く不気味に発光する紋章があった。
「悪魔と契約して、奴隷だけど自由に魔法を使えるようにしてもらったんです。だから私、この学園への復讐が終わったら死んじゃうんですよ」
リリィは手のひらから尖った氷の塊を発生させ、それを自分の身体の周りにふわふわと漂わせると――
「先輩も一緒に死んでくれますか?」
闇を孕んだ黒目で真っ直ぐに俺を捉え、その氷の塊を一斉にこちらに飛ばしてきた。
「くっ、火焔の大盾!!」
俺は、反射的に炎の壁を作って、命を狙うその攻撃を防いだ。
熱が氷を溶かし、周囲に積もっていた雪も水溜まりに変わっていく。
「流石、先輩! 炎熱の魔術師だけはありますね~! けど、これはどうです? 炎じゃ掻き消せないでしょう?」
と、挑発的な口調のリリィ。
今度は氷の塊ではなく、巨大な球状の水を作り出した。
あれに捕獲されてしまったら、きっと学園長のように球体ごと氷漬けにされてしまうだろう。
「止せ、リリィ!! 俺はお前と戦いたくない!!」
俺は自分の本心を伝えることしかできなかった。
「だから、今更遅いって言ったでしょう、先輩……」
それはか細い声だったが、リリィの悲痛な心の叫びまで聞こえてくるようだった。
猛スピードで飛来する水の牢。
俺はそれを避けるため、足に魔力を集めて一気に炎を……。
「なっ!?」
動けない!?
咄嗟に足下を見る。
俺のブーツに向かって、床に広がっていた水溜まりから夥しい数の糸が飛び出していた。
気付かぬうちに、この水でできた細い糸に絡みつかれてしまっていたらしい。
「先輩、よく生徒たちに教えていましたよね。戦いの最中は戦場を広く見ろって」
俺の全身が球状の水に覆われる。
息ができない。
リリィがこちらに向かって、ゆっくりと歩みを進めてくる。
そして、水の中でもがいている俺の前で足を止めると――
「来世でも、また会えるといいですね……」
彼女が水球に触れた瞬間、俺の意識は白く、遠く、儚く消えた。
◇ ◇ ◇
「リリィ!!」
叫び声を上げながら上半身を起こすと、見覚えのある景色だった。
本棚に乱雑に並べられた学術書。いくつものケーブルが繋がれている火力測定器。燃え盛る火炎のように真っ赤な魔法石の山。
まさしく、そこは自分の研究室だった。
王立学園の教師には、一人に一室、自分の研究室を持つことが許されていた。
俺は何が起きたのか理解できず、床の上で呆然としていた。
すると、突然、勢いよく研究室の扉が開かれ――
「何っ!? 急にどうしたんですか先輩……って、まぁ~た床で寝ていたんですかぁ!?」
俺の前に、リリィが現れた。
彼女は、呆れた表情で俺を見ている。
「リリィ……?」
「はいはい、私ですよ~?」
「本当にリリィなのか?」
「んんん~? まさか先輩、怖い夢でも見ちゃったんですかぁ~?」
ぷぷぷっ、と俺を揶揄うように笑うリリィ。
その柔和な笑顔には、ついさっき感じた冷たさはなかった。
「夢……だったのか……?」
いや、そんなはずはない。
俺には、リリィが追放された日からリリィに殺される日までの記憶が、確かに存在している。
「けど、夢でも私の名前を呼んじゃうなんてぇ~。先輩、どれだけ私のこと好きなんですかぁ~? 全くもぉ~」
「リリィ!! 今日は何年だ!?」
「ひいっ! きょっ、今日は、リュクス暦20年です……。ちなみに明日から夏季休暇です……」
「なっ……」
時間が巻き戻っているだと……。
しかも明日から夏季休暇ということは……。
「リリィ!! 今、これからどこに行く予定だ!?」
「どこって、私は、これからマティオス王子の個人指導がありますけど……」
やはり、そうか……。
俺の記憶が正しければ、今日、この後リリィはマティオス王子に愛の告白を受け、そしてそれを断ったがために、あらぬ嫌疑をかけられることになる……。
「本当に大丈夫ですか、先輩? 具合が悪いとかじゃ……」
心配そうに俺の顔を覗き込んでいるリリィ。
在りし日の面影と、今の彼女が結び付く。
やり直さなければ。
何の因果か、俺はその機会を得たんだ。
絶対に彼女を行かしてはならない。
「個人指導に行ってはいけない」
俺は真剣な眼差しで、リリィにそう伝えた。
「えぇ!? 急に何を言い出すんですか!?」
「行くな、リリィ!」
「でも仕事ですから……」
「今日は、ずっと俺と一緒にいてくれ!」
「へっ!?」
リリィの頬が薄紅色に染まった。
しかし、彼女はすぐ首を振り、元の冷静な表情に戻った。
「ダメですよ、先輩! 私を巻き添えにして教員会議をサボろうとしても!」
「いや、違っ……」
俺が誤解を解こうとした、その瞬間――
「お~い! シャノン~! 一緒に教員会議行こうぜ~!」
ノックもなしに研究室の扉が開かれると、一人の男が立っていた。
「サイモン……」
お前も生きていたんだな……。
「あれ? お二人さん? お取込み中でしたか?」
先程肺を凍らされて死んだはずの同僚のサイモン。
彼は、床に座っている俺と、リリィの顔を交互に見て、盛大に勘違いをした。
「いえっ、サイモンさん! 私たちは、まだ全然そんなのじゃないですから! じゃあ私はこれで! 失礼します!」
リリィは脱兎の如く俺の研究室から飛び出していった。
「おい! 待て! リリィ!」
「まだ……か。いいねぇ、青春だねぇ!」
「違うんだ、サイモン!」
「まぁまぁ、シャノンさんよぉ! そんなに焦らなくたって、明日から夏季休暇なんだから! 今は我慢して教員会議に行こうぜ!」
「俺の話を聞いてくれ!」
「いいよなぁ~、リリィは。マティオス王子の個人指導で、めんどくせぇ教員会議をサボれるんだもんなぁ~。おっと、時間だ。さぁさぁ、早くしないと間に合わなくなるぜ!」
サイモンは急かすように俺を力ずくで床から起こすと、肩を押して、廊下へと連れ出した。
普段から生徒に体術を指導している彼の力は強く、抵抗することができない。
くそっ、どうすればいい……。
何か策は……。
「待て、サイモン。研究室に忘れ物をした。一瞬だけ時間をくれ」
「ん~? 忘れ物? 分かった、早くしろよ?」
「あぁ」
こうして、俺はサイモンに捕まり、半強制的に教員会議へと連れて行かれることになった。
◇ ◇ ◇
「であるからして、夏季休暇中の生徒対応については……」
学園長は、長々しい世間話、回りくどい説教の後、ようやく本題に入った。
今頃リリィは、マティオス王子に魔術の指導をしているところだろう。
マティオス王子がいつリリィに対して愛の告白をするのか知らない俺は、教員会議中、気が気ではなかった。
もちろん学園長の話など、一切耳に入ってこなかった。
「おい、シャノンくん! 聞いているのかね!」
そんなことを思っていたそばから、学園長が名指しで俺を注意してきた。
「すいません学園長、聞いていませんでした」
「えっ!? 聞いていなかったの!?」
学園長は俺の思わぬ態度に目を丸くしている。
「はい。ちょうど魔術の研究が佳境で、そちらが気になってしまい……。大変失礼致しました」
「そうだったのか。まぁ、シャノンくんは優秀だからね。我が学園にはシャノンくんに加え、リリィくんも加わり、魔術指導の面では他のどこの学園にも引けをとらない……」
「学園長」
「はっ! そうだった!」
俺の謝罪を受け、話が脱線しそうになった学園長が、隣に座っている副学園長に一言で窘められた。
「それでだなぁ……。教師たるもの、長期の休暇だからといって、羽を伸ばしすぎてはだなぁ……」
そして、再び夏季休暇についての話を進め始めた、そのとき。
「先生、大変です!! 火事です!! 火の手が上がっています!!」
一人の生徒が、血相を変えて会議室に飛び込んできた。
「何!? 火事!?」
「火事だと!?」
「それは確かなのか!?」
退屈そうにしていた教師陣が、俄に色めき立つ。
「確かです!! この目で見ました!! 今、リリィ先生が水の魔法で消火に当たってくれています!!」
「かっ、火事の現場はどこだ!? 今すぐ向かう!!」
「シャノン先生の研究室からです!!」
学園長が席から立ち上がると、会議室にいる全員もそれに従った。
◇ ◇ ◇
俺たちが火事の現場に到着したときには、すでに消火は完了した後だった。
それもそのはず。
教員会議の最中にボヤ騒ぎを起こし、リリィの個人指導を中断させるのが目的だったので、時限式の火炎魔法の火力はかなり抑えてあったからだ。
まぁ、それにしても、火の手は俺の予想よりも遥かに弱く、俺の研究室の内部をさらりと軽くローストした感じの焼き具合だった。
香ばしく、苦みの強そうな、嫌な臭いが辺りに立ち込めている。
「シャノン先輩!! ダメじゃないですか!!」
リリィが俺を怒鳴りつけてきた。
「すまない。どうやら実験で使用した火の魔法石の処理が甘かったらしい。反省している……」
「あの……。えっと……。そんなに落ち込まれると、私……」
そうか。
当時の俺だったら、もう少し悪びれない態度をとっていたかもしれない。
「先輩、今日はどうしたんですか? さっきも様子がおかしかったですし……。何か悩み事でもあるんですか?」
「悩みなんてない」
「むむむ、本当かなぁ……」
と、心配そうな表情のリリィ。
「リリィの方こそ、大丈夫だったか?」
「えっ、私? 私は大丈夫ですよ。幸い火の勢いもそんなに強くなかったですし」
違う。俺が聞きたいのは火事のことではない。
「いや、そうじゃなくて、マティ……」
俺はマティオス王子の名を挙げようとして、慌てて口を噤んだ。
教員会議に出ていた俺が、マティオス王子の告白の件を知っているはずがないから。
「悪かったな、リリィ。個人指導はどうなったんだ?」
「途中で中断しちゃいましたよ~。明日から夏季休暇だから、マティオス王子への個人指導はずっと先まで延期になりました」
「そうか……」
取り敢えず、難は逃れたということだろうか。
「王子からの告白を断る」というイベントさえ発生していなければ、マティオス王子から逆恨みされることもないし、リリィがこの学園から追放されることもない。
こうして、俺は、その場しのぎの作戦ながら、リリィとマティオス王子の間を遠ざけることに成功したのだった。
その後、今日一日の仕事が終わるまで、学園長から、嫌味ったらしい小言を延々と言われ続けることにはなったが。
しかし、その翌日――
燃えた研究室の清掃のために学園に着くと、リリィを追放するための争議が行われていた。
◇ ◇ ◇
「そんなっ! 私、やってませんっ!」
会議室に、リリィの声が響く。
「それでは、リリィくんはマティオス王子が嘘をついていると言うのかね」
「はいっ! 私はマティオス王子を襲ってなどいませんっ!」
毅然とした態度で学園長に相対するリリィだったが、周囲には彼女に味方をする者はいないようだった。
「先生から朝一番に学園に来るように言われたので、僕は昨日の個人指導の続きをして頂けるのだと思って、訓練室に行ったのですが……」
俯きながら、迫真の演技をしているマティオス王子。
彼の白シャツの胸元は、ビリビリに引き裂かれている。
「ふむ……。ではリリィくんは、マティオス王子を襲うために朝一番に呼び出したと……」
「理由は分からないですが、おそらく……」
「違います、学園長! 私が、マティオス王子に呼び出されたんです!」
学園長を中心として、マティオス王子とリリィの主張が飛び交う。
この両者の食い違う主張は、俺の記憶の中では、マティオス王子の方に軍配が上がることになっている。
「これは非常に由々しき問題である。我が学園としては、生徒、それも王子に手を出したとあっては、いくらリリィくんが優秀であったとしても、教員として籍を置いておくことはできない」
「そんな……」
「皆も異存はないな?」
周りの教師たちが一同に頷く。
重い雰囲気の中、マティオス王子の主張を立証できるものは何もないにも関わらず、リリィの追放が認められようとしている。
リリィは誰にも信じてもらえず、静かに涙を流している。
二度目の追放。改めてこの場に立つと、あまりにも酷い処断であることが痛切に知覚できる。
なので、俺は――
「俺は反対です」
会議室にいる者全ての視線が俺に突き刺さる。
「昨日、リリィは俺にこう言っていました。『明日から夏季休暇だから、マティオス王子への個人指導はずっと先まで延期になった』、と。そのことは、おそらくマティオス王子も了承済みだったはずです」
「ふむ……」
「なので、先程のマティオス王子の『昨日の個人指導の続きをして頂けるものかと思って、訓練室に行った』という主張には、ほんの少しですが違和感があります。まぁ、昨日の今日のことですから、そう思うのも分からなくもないですが」
「では、やはりマティオス王子が嘘をついていると?」
「それは判断しかねます。ただ、明確な証拠がないのに、リリィを追放することには賛成できない、と言っているんです」
「それでは、破れたシャツはどう説明するのかね? これも王子の自作自演と?」
すると、学園長に続いて、マティオス王子が縋るような声で――
「シャノン先生、僕を信じて下さい! 僕には自作自演をする理由なんてありません!」
理由なんてない……か。
リリィに視線を向けると、彼女は涙で目を赤くしながらも、王子の告白を断ったという事実については、黙っておいてあげるつもりらしかった。
仮にこの場で暴露したとしても、到底信じてもらえそうにない動機ではあるが。
「確かに理由はないかもしれません。ただ、マティオス王子」
「なっ、なんですか?」
「その胸元の破れは、魔法のダメージというより、何か怒りに任せて力ずくで入れられたように見えます。なので、あなたの言葉を信じるならば、自分よりも体格が小さく、力も弱い女性に負け、シャツを引き裂かれたということになりますが。それで間違いないのでしょうか?」
「ふっ、不意を突かれたんです!!」
「王子は、何かリリィを怒らせるようなことでも言ったんですか?」
「いいえ、何も……」
俺はゆっくりと会議室を歩き、マティオス王子のそばまで近づいた。
そして、彼の耳元で――
「例えば、リリィ先生の告白を断ったとか」
そう囁いた。
マティオス王子は目を見開き、驚愕の表情で俺を見た。
本当はその逆であることを俺は知っている。
「とにかく俺はリリィの追放には反対です。もし、どうしても彼女を追放するというのなら……」
「追放するというのなら、なんじゃ?」
「俺もこの学園から去ります」
俺は学園長に向かって、自らの強い意志を見せた。
◇ ◇ ◇
「……で、なんで俺まで追放されているんだ?」
「先輩は格好つけすぎなんですよ、全く!」
王立学園の巨大な門を潜り、俺とリリィは二人並んでトボトボと街道を進んでいた。
俺が単騎で反旗を翻したあの後、議論は紛糾したかと思われた。
しかし――
「先輩は前日に火事を起こしちゃったんだから、大人しくしておかないと!」
リリィは、王子に手を出した疑い。そして、俺は、失火という言い逃れのできない罪によって学園から追放されてしまった。
自分で学園を去ると言っておきながら、追放されているのだから、全く格好がつかない話である。
「そう言えば、そうだったよなぁ……」
小細工をしてみたり、格好をつけてみたり、やり慣れていないことをしすぎたせいで、俺は結局、職を失う羽目になってしまった。
すると、リリィが小さな声で――
「でも、先輩が味方してくれて、私、本当に嬉しかったです……」
思わぬ言葉に、彼女の顔を覗くと、うっすらと頬が紅潮しているのが分かった。
よかった。今度は間違えなかった。
こんなことになる予定ではなかったけれど、俺は満足だった。
「先輩、これからどこに向かいますか?」
「どこ、ねぇ……。こんなことになるとは思わなかったからな……」
「行く当てがないなら、聖都に行ってみませんか!? 立派な図書館があるみたいなので、私、一度行ってみたかったんですよ!!」
興奮した様子で、そう言うリリィ。
その知的好奇心が前面に押し出された彼女の姿を見ていると、なんだか年相応の幼さがあるような気がして、なんだか彼女がとても可愛く思えた。
だが、聖都には行けない。
かつてリリィは、聖都に向かう道中でマティオス王子の息の掛かった奴隷商に騙され、捕まってしまい、悲惨な運命をたどることになってしまった。これは俺が死ぬ前、リリィ本人の口から聞いた話だ。
無論、俺が警戒さえしていれば、奴隷商に騙されることはないだろう。
しかし、できることなら不安な要素は排除しておきたい。
なら、どこへ向かおうか……。
「なぁ、リリィ」
「どうしました!? 先輩も聖都に行ってみたくなりました!?」
「俺と一緒に、俺の故郷に行かないか?」
「へっ!?」
さっきまでの興奮が嘘のように、ピタリと静止してしまったリリィ。
「図書館なんてない小さな村だが、村のみんなにリリィを紹介したいんだ」
「えええええ、紹介っ!? そそそ、それってまさか……」
「ついて来てくれるか?」
「行きます行きます! 絶対行きます! 喜んで!」
こうして、俺たちは聖都へ向かう道を外れ、田舎の村を目指して歩き始めた。
しばらく世話になった王立学園の方は、もう振り返らなかった。
俺はともかくとして、天才リリィのいなくなった学園は、今後色々と大変なことになるだろう。
あとは、全ての元凶、マティオス王子にどう一泡吹かせてやるかだが……。
直接手を下す……のは流石にヤバそうだから、王国に敵対している国の魔術教師にでもなって精鋭部隊を育ててみるか。
まぁ、何にせよ……。
「どうしよう……。私、急に緊張してきちゃった……」
「大丈夫だよ。リリィは俺よりずっとしっかり者だから、村のみんなにもきっと気に入られると思うぞ?」
「えへへ~、そうかな~?」
リリィが笑顔を絶やさず幸せに過ごしていることが、マティオス王子にとって一番ダメージが大きいのかもな。
俺が幸せにする、なんて根拠のない大それたことは口が裂けても言えないが。
もう二度と後悔をすることがないように、日々を丁寧に生きていきたいと思った。
リリィと一緒に。
お読み頂き、誠にありがとうございました。
気に入って頂けていたら嬉しく存じます。
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