ナイトメタリカ
第四十五代目アメリカ大統領がサイボーグ手術によって不死身の肉体を手に入れて、地球統合軍のトップとして宇宙人と戦争を始めてもう百年になる——なんてことを僕達の祖先が聞いたら信じてくれるだろうか?
百年前にはるか宇宙のかなたから来訪した宇宙人は月を占領。人型巨大ロボに乗り込み地球までもを侵略せんとする暴挙に対し、人類側もまた人型巨大ロボに乗り込んで、地球と月の間に打ち上げたコロニーを拠点に戦闘を繰り広げている。
まるで二十世紀後半から二十一世紀初頭の日本アニメーションのような世界だ。
でも、悲しいかな、それは紛れもなく現実だ。少なくとも、産まれた時から地球人と宇宙人が戦争を続けている時代に生きる僕からすれば。
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僕が繰るMUSASHI弐式改(通称弐式)のブレードが、敵機量産機であるグランエルベータ(通称グラン)の装甲を切断すると同時に、前方より別のグランが放つビームライフルを回避する。
件のグラン目掛けて飛び出す。次々に撃ち込まれるライフルを、速度を下げることなく回避し続け、ブレードの間合いまで肉薄する。敵機は今更とばかりにライフルを投げ捨て、自身のブレードを鞘から抜こうとするも既に遅い。白兵戦特化型の弐式に対し、その動作は怠慢すぎだ。容赦なくグランの肩から腰を袈裟切りにする。
「更に二機……!」
敵討ちとばかりに、弐式を挟み込むように、二機のグランがブレードを構えて肉薄してくる。僕は左右に一本ずつ構えたブレードで二機のグランと鍔迫り合うと同時に、人間でいう肩の部分から伸びる二本の副腕がそれぞれ握るブレードで、敵機を二機同時に切断する。
地球軍が開発した人型兵器、通称ナイトメタリカ。白兵戦に特化し、更にエースパイロットの僕専用にカスタマイズされた四本腕の兵器こそ、二十二世紀のサムライことMUSASHI弐式改である。十五世紀の日本にて活躍した高名なサムライ、宮本武蔵からその名が取られたらしい。
かの宮本氏は二刀流の使い手であったそうで、であれば腕が四本あれば理論上四刀流が可能だろうという開発者の青天の霹靂によって産み落とされた。ちなみに開発者は日本人ではなくアメリカ人である。僕の知り合いの日本人曰く、「日本人は宮本武蔵をベースにロボットを作ったとしても、腕を四本にはしない」とのことだ。
「……敵旗艦ヲ確認、迎撃ス」
一分足らずで敵機四機を落とした弐式のレーダーが、宇宙人の旗艦を捉える。
旗艦の防衛に配置されていたのであろう敵のナイトメタリカは既に弐式の手で葬られており、無防備に装甲を晒していた。
ここまで接近されては主砲も撃てまい。僕は弐式を敵艦の底面に着け、突き上げるようにブレードを突き刺した。そのまま背面バーニアを吹かし前進する。バキバキバキとブレードによって装甲が剥がされていく。やがて動力部と思わしき部分の装甲を剥がすと、右副腕の手の平を敵艦に当てる。僕が操縦席でトリガーを引けば、副腕の手の平の孔からパイルドライバーが打ち込まれる。そのままパイルを切り離して離脱すると、時間差でパイルに仕込まれた爆弾が炸裂。敵艦の動力部を吹き飛ばし、連鎖的に発生した爆発が敵艦を沈める。
旗艦が墜ちたことを認めた宇宙人は、負けを認めて月目掛けて撤退していった。
「世界標準時間ヒトフタマルマル、戦闘終了。帰還スル」
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地球を守る最後の砦、宇宙コロニーセクター1のドッグに弐式を停めハッチを開く。ハッチの高さに合わせて建てられた鉄橋には、既に整備士のカナエがいた。
「今日も大活躍でしたね、少尉」
カナエは多国籍溢れるコロニーの産まれにも関わらず、その家系は純血の日本人であり、墨を落としたような黒髪や、白人とはまた違った白く柔らかな肌がとても魅力的な女性だった。
「少尉?」
聞きなれない階級に首を傾げるも、それが僕のことを指していることにやや遅れて気付く。僕が従軍してから早三年になる。一年前にナイトメタリカのパイロットに配属されてからアホみたいな数の敵機を撃ち落としていたら、七階級くらい特進して少尉になっていた。
気付けばエースパイロットなどと呼ばれ、僕専用にカスタマイズされたナイトメタリカが支給される待遇である。
「ああ、そうだったね。僕が少尉だ」
「変な少尉」
カナエは桜色の唇を指で隠しながらクスクスと笑う。
でも僕からすれば、毎月のように僕が昇進していくのに合わせて、僕への呼び方を的確に違和感なく変えていくカナエの方が不自然だと思う。
「はい、ココアです。飲んでください」
カナエはいつものように僕のためにココアを淹れてくれて、その優しい甘味に心が落ち着いていくのを実感する。カナエのココアを飲んで、やっと戦場から戻って来たんだと、気持ちが切り替わる感覚が、僕はとても好きだった。
「後の整備は全て私に任せてください。少尉は休息をどうぞ」
「そうだね。そうさせて貰うよ、カナエ」
ココアをチビチビと啜りながら、ドッグを後にする。
「よおレオン!」
「ああ、どうも大尉」
ドッグを出た辺りで、元直属の上司である大尉と遭遇する。僕が昇進して別部隊に配属されてからは顔を合わせる機会が減ったが、今でも僕が最も尊敬する上官である。
「少尉になったんだってな。おめでとさん。このままだと俺も抜かされてしまうかもなあ。ははは」
「流石にもう頭打ちですよ。兵卒の叩き上げ少尉ってだけで僕からすれば十分です」
「どうだかな。どうだ、折角ばったり会ったんだ。会議室まで一緒に行くか」
「会議? いえ、僕はもう部屋に戻って寝る予定ですが」
「何言ってんだ、今日将校会議だぞ?」
「え? それって僕も出るんですか?」
「出るに決まってんだろ。お前も士官なんだから」
スピード出世の弊害で、重要な通達が直前になってから知らされるのは、よくあることである。そうか……僕も将校会議出るんだ。
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宇宙人から知らされた世界の真理によって、その日神の存在が証明されたと同時に否定された。
——今から五千万年前のこと。
遠く離れた星に僕等の祖先が暮らしていた。祖先は僕等地球人や今戦争している宇宙人よりも優れた技術力を持っていたが、戦争によってその数を大きく減らし、もはや絶滅寸前にまで追い込まれた。進歩し過ぎた技術力がもたらした兵器を、人類がコントロール出来なくなったのである。
更に戦争によって焦土と化した母星に見切りをつけ、人類は新天地を求めて宇宙へと飛び出した。だがそこに乗っていたのは人類ではなく、残った人類から抽出した遺伝情報のみであった。
移住可能な惑星に目星がついていない状態で、限られた食料のみで広大な宇宙を横断出来る程の活力を、戦争後の人類は持っていなかった。
故に遺伝子情報のみを乗せた宇宙船が、人類が活動出来る星求めて打ち上げられたのである。いつか遠い未来、その星で再び人類が繁栄することを信じて……。
そうして五千万年弱程の航海の果て、件の宇宙船は惑星地球を発見。着陸して遺伝子情報からかつての人類のクローンを複製した。
そしてその宇宙船はそのままクローンの居住区となり、また同時に右も左も分からない新人類を導く父となった。宇宙船に組み込まれた人工知能が、新人類をサポートしていたのだ。
そう……それこそ地球人が長年信じつづけてきた創世神話、聖書における創世記である。確かに地球上には人類誕生より前から生命体が存在していた、だが同時に人類はダーウィンの進化論によって生まれた訳でもなかったのだ。
聖書は人類が正しく繁栄するために我々の祖先が書き残したものであり、天に召します偉大なる父は機械仕掛けの人工知能であったのだ。
その事実を知らされた時、人類は酷く驚いたであろうことは容易に想像出来る。神は確かに存在したが、それは神ではなかったのだから。
だが我々の祖先、旧人類が打ち上げた宇宙船は一つではなかった。
保険をかけて全く同じ遺伝子を乗せた宇宙船を複数飛ばしていた。
そしてその内の一つが僕等地球人と同じように繁栄し、そしてまた滅びかけた。
その惑星に巨大隕石が降り注ぐことが判明し、僕等の遠い兄弟は新天地求めて再び宇宙へと飛びだった。そして見つかったのが地球だった。
彼らは優れた技術力でもって独学にて人類のルーツを解明し、それを僕等に伝えた。そして自分達は同じ遺伝子を持つ兄弟であるから故、共存したいと持ち掛けたのだ。地球人もその提案を飲み、平和的解決が行われる……はずだった。
宇宙人との共存同盟が正式に結ばれるその日、宇宙人のお姫様が何者かによって暗殺された。怒った宇宙人は地球人に宣戦布告し、月を占拠。もう百年も前にことなので、そのお姫様暗殺の首謀者が誰なのかを確かめる術はもうない。
宇宙人との共存を認められなかった一部の地球人の犯行なのか、かつてのアメリカ大陸よろしく原住民なんか追い出して自分達だけの楽園を作るべきだと考えた一部の宇宙人が、地球と戦争をする大義名分欲しさに自作したのか、ただの悲しい事故だったのか真相は闇の中である。
だが宇宙人の宣戦布告により、地球人は一丸となり地球統合政府を樹立し、当時のアメリカ大統領がサイボーグ手術によって不死の肉体を手に入れ地球人のトップに立ち、人型巨大ロボに乗って戦争していることは紛れもない事実であった。
そしてそんな人類のルーツや、神の不在証明や、お姫様暗殺の真実などは、一兵士である僕からすればどうだっていいことなのもまた事実だ。
そんな大層なスペースオペラに身を馳せるより、命令に従って目の前の敵を殺すことで既に僕の頭はいっぱいいっぱいなのだから。
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「少尉、その……今日少尉のお部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
今日も沢山宇宙人を殺し、沢山仲間が殺された。
けれどもかつては三つあった月と地球の間にあるコロニーは、宇宙人に奪われ残りは今僕がいるセクター1のみとなり、このセクター1が墜ちればなし崩し的に地球の土地の四割が宇宙人に奪われてしまうらしい。今は月の公転周期に合わせてコロニーも地球の周りを公転しており、月からやってくる宇宙人を通せんぼする形をとっている。
けれども地球軍が宇宙における防衛拠点を全て失えば、宇宙人は地球の好きな場所に突入することが可能となってしまう。戦争で疲弊している人類が、地球全てをカバーするように人員を割けるはずもなく、ここが墜ちれば地球軍はほぼ負けと言っても過言ではない苦境を敷かれているのだ。
まあ、そんなこと言われても僕の知ったことではない。僕はただ下された命令に素直に従うだけなのだから。
「ん? カナエ、今なんて?」
カナエの淹れてくれたココアを啜りながら聞き返すと、カナエは白く柔らかそうな頬を桜色に染めて、モジモジと俯いてしまった。
「その、ですから……今晩、少尉の部屋にお邪魔しても、よろしいでしょうか?」
「な、なんで……?」
カナエから説明して貰った事情を要約してみるに、当コロニーは定期メンテナンスがあり居住エリアが一時的に停電するのだが、カナエは暗闇が苦手で、定期メンテナンスの度に知り合いの部屋に避難していたらしい。
「いつもの友人の所にはいかないの?」
「その……彼女は先週戦死しまして」
「ああ……ごめん」
セクター2と3が墜ちた今、セクター1はいわば最前線。居住者の殆どが従軍者であり、いつ死んでもおかしくない状況下にある。僕の質問はいささか配慮にかけていたと反省する。
「でも僕とカナエの居住エリアって同じだよね? ウチも今日停電するし。それだとやっぱ他の知り合いを当たった方がいいと思うんだよね」
「その……やっぱり迷惑ですか? 私としては隣に少尉がいてくれれば、真っ暗でも大丈夫だと思うんです」
彼女の細い肩が震えている。僕とカナエの仲はもう一年になる。僕がナイトメタリカのパイロットに配属されたばかりの頃から、カナエは僕の担当整備士だった。でも僕は彼女が腕の良い整備士であり、ココアを淹れるのが凄く上手いと言うこと以外、何も知らない。
彼女の両親が生きているのかすら、僕以外に頼れる知人がどのくらいいるのかすらも。
それらを考慮してしまえば、僕はもう彼女の申し出を断ることが出来ない。
「分かった。停電が終わるまで今日はウチにいるといいよ。油臭いドッグじゃなくて、落ち着ける自分の部屋で、君のココアをゆっくり飲みたい、いいかな?」
「はいっ! 真心込めて、淹れさせて頂きます! 少尉!」
カナエが笑う。やはり僕は、彼女の笑顔が好きだった。
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世界標準時間ヒトハチマルマル丁度にカナエがやってきた。
少尉に昇進したことで与えられた、一人で住むにはいささか持て余し過ぎている部屋に彼女を入れて、殆ど新品に近いキッチンを貸す。カナエは持ってきた食材でビーフシチューを作ってくれるらしい。
普段の整備士ユニフォーム姿でなく、年頃の女性らしく着飾ったワンピースの上からエプロンを纏い、仕事中は整備の邪魔になるため結んでいる長い黒髪をも今日は下ろしている。
調理するカナエの後ろ姿をダイニングから眺めながら、カナエが淹れてくれたココアをゆっくりと飲んでいく。
彼女と一緒に食事をして、食後にもう一杯ココアを淹れて貰い、ソファに並んで映画を見る。カナエが見たいと言って持ってきた、大統領がまだ生身の肉体の時に公開された古い日本の映画だ。
「今日は何杯も君のココアが飲めて、僕は凄く幸せものだな」
「ふふっ、褒め過ぎですよ、少尉」
「本当だよ、毎日飲みたい。でもそうなると、毎日出撃するってことになるのかな? それは嫌だな」
「それじゃあ……毎日少尉の部屋へ……作りに行きましょうか?」
「……え?」
「っ」
そう聞き返すと、カナエはそんなこと言ってないとばかりに、映画に集中するようにテレビを見ていた。けれども黒髪から覗く彼女の頬は確かに桜色に染まっていて、なんだか僕まで恥ずかしくなってしまう。
僕は彼女の先程の言葉を言及するのを諦め、彼女に習って映画に集中することにした。
——そしてそろそろラストシーンになるという時、プツンと部屋中の電気が全て落ちた。
「ひゃっ!?」
「停電の時間か。あと少しだったのに、そんなことならあと十分早く見始めれば良かったね」
「そ、そうですね」
「ちょっと待ってて……今懐中電灯持ってくるよ」
「待ってください、少尉」
「っ」
ソファから腰を浮かした瞬間、カナエが僕の腕にしがみ付き体重をかけてくるので、僕の腰は再びソファに沈んだ。
「このままで、いてください」
「でも電気が」
「大丈夫、ですから」
カナエは早鐘を打つ心臓の鼓動が伝わってくる程に、華奢な手で僕の腕を抱きしめて身を寄せてきている。
「少尉……さっきの言葉は本当ですか?」
「さっきって?」
一寸先も見えない暗闇の中、カナエが問う。
「私のココア、毎日飲みたいって」
「本当だよ」
「……それじゃあ、私も本当です」
「それはどういう?」
今度は僕が問う。何も見えない中、敏感になった聴覚が、彼女の玲瓏な声を受け止める。
「毎日少尉の部屋に、ココアを作りに行く件のことです」
「カナエ……」
そこから先はなし崩し的に進んだ。
当たりを付けて手を伸ばすと、指先が彼女の耳たぶに触れ、手の平がカナエの頬を覆った。常々思っていた通り、子供のように柔らかな感触だった。
「カナエ、良い?」
「……続けてください、少尉」
唇同士が軽く触れあい、すぐに離れる。
「少尉……っ」
カナエが甘えるように求めるので、もう一度、今度は長く、彼女の柔い唇を味わう。
「甘い」
「さっきまでココア飲んでましたからね」
カナエのクスクスという笑い声が聞こえ、思わず僕も笑ってしまう。
——三十分後、定期メンテナンスが終わり再び電気が供給される。
けれどもその日、カナエが自分の部屋に戻ることはなかった。
□□□
将校会議の議決にて、宇宙人に奪われたセクター2の奪還作戦が立案された。
ここ数ヶ月の戦況は地球軍側に部があり、その勢いに乗る形で行われる大規模作戦である。宇宙人側も毎度月からセクター1までの遠い距離を横断して攻めて来ている訳ではなく、地球軍から奪ったセクター2及び3を供給ポイントとして利用している。
つまり拠点としての機能は未だ生きており、奪い返す価値は十二分にあると判断された。
勿論僕の部隊も作戦に参加する。
——後日正式にセクター2奪還作戦が公表され、作戦当日。
「いってらっしゃい、少尉」
「ああ、行ってくるよ。でも今回はもしかすると、生きて帰って来れないかもしれない。今日はいつもの小競り合いなんかじゃない、大きな戦闘になる。敵側もそれだけ必死になって対抗してくると思うから」
「もう、冗談でもそんなこと言わないでください!」
「ん……ごめん。少し弱気になっていた」
「いつも通り、ココアを淹れて待ってますので、絶対に帰ってきてくださいね」
「分かったよ」
そう言ってコクピットに乗り込もうとするが、ふと思い返すことがあり、彼女の元に戻ってくる。
「カナエ、この前の夜のことだけど……あの時はっきりと自分の気持ちを伝えていなかったかもしれない。だから、今言うよ」
「……少尉?」
「カナエ、好きだ……この作戦が終わったら結婚しよう」
「…………はい、喜んで」
カナエはその黒目がちな大きな瞳に涙を浮かべながら、それでも嬉しそうに微笑んだ。
僕はいつかこの戦争で死ぬと思いながら戦ってきた。
でも、死ねない理由が出来てしまった。
MUSASHI弐式改に乗り込みハッチを締める。主電源、補助動力装置、メインエンジンを馴れた手付きで順番に入れていき、発射カタパルトの上に乗る。
「出撃ス」
ドッグハッチが開き、広大な宇宙がその姿を見せる。弐式を一発の弾丸に見立て、僕は宙へと飛び出した。
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僕の予想通り、セクター2の前で行われる戦闘は今までになく激しいものとなった。
セクター2を防衛するべく大量の敵ナイトメタリカが宇宙を埋め尽くすように展開し、僕等地球軍もその防衛に穴を空けようと必死になって攻撃を繰り出す。
本日八機目の敵ナイトメタリカを撃破したその時、敵の主力量産機であるグランエルベータとは異なるナイトメタリカを認める。
「あれは……銀騎士!」
グランの茶色い機体とは異なる、光沢ある銀色のボディに、中世の騎士甲冑を思わせる装甲、そして剣と盾のエンブレム。伝達された情報でのみ聞いたことのある、敵のエースパイロットの特徴と一致する。付けられた名称は銀騎士。
銀騎士のパイロットもまた、四本腕の異形のナイトメタリカを視認し、こちらへと接近してくる。
お互いに距離を詰めながら、銀騎士は脚部格納からミサイルポットを展開すると、白い煙の尾を引く無数のミサイルを撃ち込んできた。それらを全て回避するも、ミサイルは追尾式だったようで角度を変えて再び弐式目掛けて飛び込んでくる。
それらを全てギリギリで回避し、すれ違い様にブレードでミサイルを撃ち落としていく。そんな中、ミサイルの軌跡が残す白煙の壁をぶち破って銀騎士が強襲してくた。
「最初から煙の目隠しが目的か……!」
どうやら向こうも白兵戦に特化した機体のようで、まるで中世の騎士が扱うかのような前時代的なデザインのブレードを構えていた。
「一撃で仕留める……!」
銀騎士のブレードが振りかざされる。奴の狙いはこちらの動力部であると当たりをつけ、そこを守るように主腕が構える二本のブレードを交差して受け止める動作に入る。
そうして奴のブレードを受け止めると同時に、副腕のブレードでカウンターを入れるつもりだった。
——つもりだった。
「なっ!?」
奴の狙いは最初から動力部ではなく、弐式副腕であった。
主腕が構えるブレードには目もくれず、右副腕が銀騎士のブレードで切断される。
一撃で片を着けようとしていた僕と違い、相手は最初から長期戦を想定しており、まずは邪魔な副腕から排除しようとしていたらしい。だが僕もタダでやられる訳にはいかない。
残った左副腕で銀騎士の顔面を掴み、手の平に空いた孔からパイルバンカーを撃ち込む。パイルは敵機の頭部を貫通し、メインカメラを破壊するのに成功する。だがパイルを切り離す前に、銀騎士の腕が弐式の左副腕の手首を掴み逃げられないように固定すると、西洋剣の如きブレードで切断される。
「くっ……両方持っていかれたか!」
弐式は副腕を二本とも切断されたが、銀騎士もメインカメラを穿たれ火花を散らしている。どちらも手負い。だが双方撤退する気は全く見えない。
背面バーニアを吹かして二本のブレードで銀騎士を切り裂く。負けじと向こうも僕の剣を受け続ける。
二機のナイトメタリカは宇宙を駆ける一対の流星のように、飛びながら刃と刃を交わす。雨のような火花を散らしながら広大な宇宙に剣戟の音が鳴り響く。やがて合わせたブレードの回数が五十を超す頃、メインカメラが前方に小惑星の存在を確認した。前方注意のウィンドウが画面に現れ、警告アラームが鳴る。このままでは衝突する。しかし銀騎士はメインカメラが損傷しているからか、小惑星の存在に気付いていないようだ。
「これに賭ける……!」
弐式は両手に持つブレードを投げ捨てると、銀騎士の腰に飛びつき拘束し、最大出力のバーニアでもって銀騎士を小惑星へと叩きつけた。
銀騎士の巨体が小惑星に埋め込まれる。これでは動けまいと、腰に差した予備のブレードを引き抜き、銀騎士の動力部へと突き刺す!
「ぐっ!?」
画面を埋め尽くす無数の赤いポップアップ、振動、直後に落ちる動力、沈黙する弍式。
敵も同じことを考えていたらしい。僕が予備のブレードを抜く一瞬の隙を利用して、弐式の動力部を的確に貫いてきた。双方同士討ちの形で、四本腕、西洋甲冑という異形のナイトメタリカがその動きを完全に止める。
だが戦いはまだ終わっていない!
パイロットはまだ生きている。奴は宇宙人のエースパイロットだ。これまで何百もの地球人を殺し、そしてこれからもまた僕の同胞を殺していくのだろう。僕もまたそうであるように。
故に僕は敵パイロットにトドメを刺すべく、ハッチを開けて銀騎士に飛び移る。
ハッチの開閉スイッチはすぐに見つかった。僕は片手でスイッチを操作し、もう片方の手で宇宙空間でも使えるビームピストルを構え、敵パイロットが姿を現すのを待った。
やがて、敵がその姿を見せる。
「人……間……っ!?」
けれども僕は、操縦席に乗っている敵兵の姿を見るや、全身が凍りついたように動かなくなってしまった。即座に引くつもりであった引き金が酷く重たく感じられる。
コクピットの中にいたのは、僕と同じ人間だった。いや、そんなのは当たり前だ。頭の中では分かっていた。だって僕等が戦っているのは、全く同じ遺伝子から繁栄した遠い兄弟なのだから。
でも僕は宇宙人の顔を見るのは初めてで、躊躇なく巨大ロボを破壊することは出来ても、人間を即座に撃ち殺せる程の覚悟を持ち合わせるには、いささか若過ぎたと言わざるを得なかった。
もしかすると心のどこかで、敵のナイトメタリカの中にいるのは灰色の肌に大きな瞳が特徴のグレイ型宇宙人だったり、もしくはタコのような触手を携えた火星人みたいな姿をしていると思い込んでいたのかもしれない。
それに敵兵は、宇宙服の上からでも分かるくらい負傷していた。
恐らく小惑星に叩きつけられた際、コックピットも大きく揺さ振られたのだろう。腹部から大量の血を流し宇宙服を赤く染めていた。それもまた、ピストルの引き金を重くする要因の一つになっていた。
ビュイン——ビームピストルの発砲音が響く。
見れば、敵兵もまたピストルを構えており、僕が悠長にしている間に撃たれてしまったらしい。腹部から噴き出した血液が無重力空間を漂い、口から吐き出した血が宇宙服のヘルメットを汚す。
「はは……」
銃撃の衝撃で僕は宇宙空間へと投げ出される。
僕はナイトメタリカを繰る才能はあっても、実のところ兵士としての才能は、これっぽっちもなかったのかもしれない。
僕はここで死ぬ。
きっと、銀騎士のパイロットもあの傷なら長く持たないだろう。
それでもこの戦争は終わらない。
はるか太古に旧人類は戦争でその数を減らし、その戒めとして機械仕掛けの神を作り、宗教という名の虚偽でもって人類の心を操作したにも関わらず、それでも人は、戦争せずにはいられない、哀れな生物なのだ。
でも、そんな人類の避けられない業を哀れむ程、僕の心に余裕はない。
せめて最後にもう一杯、カナエの淹れたココアを飲みたい。
それだけが唯一の心残りだった。(終)
ガンダムやらアルドノアゼロやら十三機兵防衛圏やら、格好いいロボットが戦うシーンが書きたいだけの勢いで書きました。
元ネタしかないので、元ネタ探しも込みで楽しんで頂けると幸いです。