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バイト三人の思いつきはバットエンド

作者: 田村 龍成

「でもさ、本当にコレで行けたらすごくね?」

「行けるわけないじゃないですか」

「……出来た」


 あるアパートの狭い一室。

 そこに年若い三人の男達がいた。


「おっ!ナイス鷲田。とりあえずやってみようぜ」


 鷲田と呼ばれた男は、背の高い細身の黒縁眼鏡。


 彼が行っていた作業は、ネットで流れていた異世界トラベルの術式制作。


 彼らはそれを見つけ、好奇心の囁くまま行動に移していた。


「せっかく作ったんだから、やるだけやってみようよ、謙太」

「まぁ、やるけどさ」


 鷲田に謙太と呼ばれた男。彼は細身で人並みの身長。特に顔に特徴のないどちらかと言えばイケメン風の男。


「じゃあ!準備はいいな?」


 もう一人の男。

 彼の名前は土後。

 小太りフツメンで、他の二人より少し歳が上の先輩。彼がこの企画の発起人である。


「いいですよ」

「やりましょう」


 二人が土後に答える。


 そして三人が鷲田の作った術式に手を置いた。


 すると。



◆◇◆◇◆◇



 意識だけの世界。

 自分の体は無く、何も見えず、何も感じない。


 〝汝、異世界を求める者。これより汝の存在を“ノア”へ渡す。使命を果たせ。その為の力を与えよう。己が持ち得る全脳を賭し選べ〟


 そこで彼等は選ぶ。


 異世界“ノア”で生きる為の力を。



◆◇◆◇◆◇



「マジかよ」

「本当に、来ちゃったんだ」

「ここが、“ノア”……」


 彼らは本当に異世界トラベルを成功させてしまった。


 この世界は“ノア”。

 いわゆる、剣と魔法のファンタジーワールド。


 彼等はノアの、ある岩石地帯に降り立った。地面にはほとんど植物はなく、岩山が立ち並ぶだけの場所。

 まだ日は高く、晴れ渡る空には白い雲が疎に見える。


「なぁ、謙太と鷲田もアレと話した?」

「あ、やっぱり土後さんもっ?!」

「みんなアレと話したって事か。じゃあ二人は“何”にした?」


 彼らはノアに降り立つ前に、意識だけの空間で、ある声と会話していた。


「あぁ、あの変な“職業”みたいなやつ?僕は“ジャンパー”ってやつしたけど、なんせ説明みたいのが無かったんで直感で選んじゃった」


 謙太の答えた『“職業”みたいなやつ』とは、この世界に来る際、与えられたスキルである。


 彼らは皆、意識だけの空間で見えない相手からスキルを選ばされた。


 謙太曰く、ロクな説明がなかった為、三人とも直感で選びざる得なかった様だ。


「俺はなんとなく“リッパー”ってやつにしたよ。土後さんは何にしたんですか?」

「俺は“ジョーカー”。なんかカッコよくね?」

「あぁ、やっぱり。なんか土後さんっぽいですね」

「俺もそう思ってた。全部で108個あったけど間違いないと思った」


 謙太と鷲田はスキルを選んでいる時点で、土後がジョーカー を選ぶと思っていた様だ。


「え、なんで俺がそれ選ぶと思ったの?」

「だって、土後さん割と厨二じゃないですか」

「確かに」

「なんだよそれ!じゃあお前らはなんでその能力にしたんだよ」


 土後は図星を突かれ怒りながら二人に聞く。


「名前から能力を想像したんですよ。多分、僕のジャンパーは転移系能力だと思ったんです。これなら、割と融通が効くと思いますしね」

「やっぱり。謙太は性格的に攻撃系の能力を選ばないと思ったよ。だから俺はリッパー。多分切り裂くとかそういう物理攻撃系能力にしたんだ」


 謙太と鷲田は直感と言いながらも、しっかりと考えて選んでいた。


 しかし、この男は。


「ジョーカー だってなんか強そうじゃね?」


 なんの考えもなかった。


「まぁ、そうですよね」

「そう、ですね。強そうです」


 冷たい空気がその場を包み、謙太と鷲田はさらに冷ややかな目で土後に微笑んだ。


「なんだよその感じ!お前らの能力だってどんなもんかまだ分かんないだろ!使ってみろよ!」


 そんな哀れな土後から、思わぬ正論が飛び出ると二人は目を見合わせた。


「確かに、そうですね。やってみましょう」

「謙太のジャンパーどんな感じなんだろうね!見せてみてよ!」


 鷲田にせっつかれ謙太は二人から距離を取った。


「じゃあやってみるよ!」


 謙太がそう言うと、


「き、消えた!」

「マジかよ。半端ねぇな!で、どこ行った?」


 驚愕に表情を染めながら二人は辺りを見回す。


 すると、今消えた場所にまた謙太が出現した。


「おっ、と」

「うぉ!びっくりした!」

「すげぇな!どうなってんだよ!」


 驚きとワクワクの様相を隠さずに二人は謙太に迫る。


「すごいよ、コレ。今のである程度理解出来た。二人もそうだと思うけど、自分の記憶の中にこの力の使い方が既に分かってるでしょ?一回使うと完璧に把握できるよ」


 彼らに与えられたスキルの使用方法は、それぞれの記憶の中に既に入っていた。


 だが、使用結果がどうなるか分かっていなかった為、使うまではどういった能力なのかが分からなかった様だ。


「で、今はどこに行ってたんだよ」


 土後が更に迫ると、謙太は指先を上に向け、


「あの岩山の上にいました」

「やっぱり、転移系だったんだ」


 鷲田の言う通り、謙太の持つジャンパーは転移能力。知覚出来る範囲で自身を飛ばすことが出来る。


「じゃあ次は鷲田がやってみなよ」

「オッケー。やってみる!なんかテンション上がってきた!」


 鷲田は謙太に促されるまま、謙太に倣い少し距離を取った。


 そして、空手の構えの様なポーズをとり、


「やっ!」


 空を切る様に手刀を振り下ろす。

 すると、放たれた手刀から斬撃が飛び3メートル程先にある岩山を抉った。


「おぉ」

「なんか、こういうの目の当たりにすると異世界に来たんだって実感するな」

「なるほど、理解出来たよ。これが俺の能力なのか」


 鷲田のスキル“リッパー”は、身体の動きに合わせて斬撃を発生させたり飛ばしたりすることが出来る。


「最後は俺の番だな」

「土後さんの能力、正直楽しみではありますね」

「確かに。俺や謙太のとは違って名前からは全く読み取れないからね」


 土後のスキル選択に冷ややかな反応を示した二人も、土後のスキルがどんな能力を持っているのか楽しみな様子。


 それを見て、土後は満足そうに二人から距離をとる。


 そして、


「行くぜ。“ジョーカー・オープン”!!!」


 両手を広げて土後が叫んだ。


 すると、中空に渦巻きが発生する。

 渦巻きは次第に大きくなり、中から何かが出現した。


 その何かは、骸骨とピエロを掛け合わせたかの様な形相の不吉なモノ。


「な、何、これ」

「なんか、ヤバそうじゃないっすか」


 謙太と鷲田は、その何かに気圧され後ずさる。


 〝我ジョーカー。主人の欲に応えるモノ也。主人よ、欲するモノを示せ。さすれば与えられん〟

「……これが、ジョーカー 」


 土後はそれを見て生唾を飲むと、意を決して答える。


「ジョーカー!俺に!最強を!この世界の生物最強の力をくれ!!!」


 土後は叫ぶように言った。

 恥ずかしげもなく大きな声で。


 〝御意に〟


 そしてジョーカー は不敵な笑みを浮かべ答えた。


 骸骨ピエロの笑顔は、なんとも悪趣味なモノだった。


 その笑顔に土後は何か嫌な感じを覚えていた。

 先程までのワクワクはいつの間に消失し、不安が顔面を塗り潰しているかの様だった。


 そんな顔で土後は、鷲田と謙太を見た。

 二人も同じ顔をしていた。


 その時、瞬きの闇が世界を覆った。


 一瞬。

 刹那。

 あっという間。


 数多の表現があるが、コンマ一秒程だけ世界を黒が埋め尽くした。



 ◆◇◆◇◆◇



「え?…………」



 土後の視界が闇から解放されると、辺りはなんの変化もなかった。


 周りには岩山が、空はまだ日の高い晴天。


 しかし、視界に映るものはそれだけだった。


「あれ、謙太?……鷲、田?」


 土後のスキルで現れたジョーカー は勿論、先程まで共に居た二人も居なくなっていた。


「おい、なんの冗談だよ。あっ、謙太か!ジャンパーで二人とも隠れたんだろ!」


 気丈に土後は叫ぶ。


 だが、言葉を返してくれる人は居ない。


「嘘だろ?どういう、事だ……」


 同じく、その質問にも答える者もいない。


「何が起きた。いや、何を、された?……ジョーカー が、何かをしたのか?」


 その推理は遠からず、近からず。


 しかし土後には、まだ何も分からない。


 そして、彼は彷徨う。


 一時間。

 岩山を歩き続けた。


 半日。

 まだ岩山を歩く。


 丸一日。

 岩山を抜け小さな村に入った。


 そして、一週間。


 土後は長い間彷徨い続け、既に幾つかの答えを理解していた。


「嘘、だろ?誰も、居ないのか。何もいないのか」


 そう。

 ノアには土後を除く全生物が消えて無くなっていた。


 村や町に入っても人一人に出会う事が無かったのだ。

 それどころか、鳥や犬猫といった動物、虫すらもいない。


 たが、土後にはそれらが死んだのかどうかも分からない。死体すら出てこないのだから。


「俺の、せい」


 そう。


 一週間前、土後が言った『ジョーカー が、何かをしたのか?』


 これは少し違う。


 土後のスキル”“ジョーカー”は、主人の望む力を与えるという能力を持っていた。


 だが、望む力に具体性がなかった場合、ジョーカー独自の発想にて補完される事となる。


 そして、土後が望んだ能力は、この世界の生物最強の力。

 そんな具体性の無い力をジョーカーが補完した結果。


 《主人を除く“全生物の消失”、並びに“不老不死”》と、なってしまった。


 これは、紛う事なく土後自身のせい。


「俺が望んだ力は、俺が望んだ事は、こんなんじゃ、無い」


 軽はずみな発想で後輩二人を連れて異世界へ渡った。

 安易な考えで与えられたスキルを選んだ。

 そして愚直な思考で能力を欲した。


 その結果、土後は全てを失った。


 自業自得。

 この言葉をそのまま土後の耳に入れるのは残酷なのかもしれない。


 だが、それでも事実。


 それは、あまりにも凄惨極まりない帰結。


「ふざけんなよ――」


 自分以外誰もいない世界に憤怒しても仕方ない。

 それでも土後はやめられない。


「――返せよ」


 この世界に土後の言葉を聞ける者はいない。


 だが、唯一。


 土後の言葉は、あるモノにだけ届ける事が出来た。


「お前には聞こえてんだろ!“ジョーカー・オープン !」


 中空に渦巻きが発生した。


 あの時と同じ様に。


 そして、そこから出てくるのは無論。


 〝我ジョーカー。主人の欲に応えるモノ也。主人よ、欲するモノを示せ。さすれば与えられん〟


 ジョーカー。

 あの時と全く同じ言い回し。

 だが、一つだけ異なる事があった。


 既に、ジョーカー の骸骨ピエロの顔には嫌な笑みが浮かべられていたのだ。


 土後の後悔を嘲笑うかの様に。


 それを察し土後は憤怒に顔を歪ませる。


「やってくれたな。まぁ、元はと言えば俺のせいか」

 〝…………〟


 憤怒を噛み殺し極めて冷静にジョーカー へ話しかける土後。


 だが、ジョーカー は嫌な笑みを浮かべたまま答えない。


「シカトかよ。まぁいい。俺が欲しいものを答えろって事だよな。もう間違えねぇぞ」

 〝…………〟


 ジョーカーは答えない。

 だが、笑みが消えた。

 ただただ恐ろしいだけの、無機質な骸骨ピエロの顔になる。


 それが何を意味するのか。


 しかし、土後はそんな事を意にも介さずに続ける。


「時を操り、全ての事象を改編出来る力を俺に寄越せ。これが答えだクソ野郎」


 土後が考えていた最善の答えだった。


 そして、土後の答えを聞いたジョーカーは、また不気味に嗤った。


 〝御意に〟


 ジョーカー の言葉を最後に、土後の視界を闇が閉ざした。



 ◆◇◆◇◆◇



「どう、なってんの。これ」


 ジョーカー と土後の視界を遮る闇が消えてすぐの土後の言葉。


 この時、一体どうなっていたのか。


 それは彼以外の誰も知らない。

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