ジャンヌとアーサー
洗面所に着いて、朝の身支度を済ませた。勿論ねぐせも直した。
フローック達には自由行動をするように言い、朝食をとろうと洗面所を出たところで、娘のジャンヌとすぐ後ろに控えている騎士のアーサーに会った。
ジャンヌは次女だ。金の髪を三つ編みにして、ネグリジェを着ていた。僕の瞳は黒いが、ジャンヌは緑色をしている。身長も高くスタイルが良い。柔らかい笑顔が可愛らしいが、こう見えて鍛え抜かれた戦士だ。細剣や両手槍を扱い、戦慣れした素早い身のこなしは、それらの武器を扱う者では他に右に出る者はいないと謳われている。士気を上げることにも長けており、数々の戦を勝利に導き、英雄や女神と崇めている者もいる。まぁ、実際女神なのだが。
天国の世界で戦争なんてことは、よっぽどものすごい危機が訪れたとしても、それでもまず起こらない。では、何故王家の次女が戦に参加しているのか。
他の世界から魂が押し寄せてきたりすることがある為警備をするものはいる。訓練している兵士がいることは確かだ(ちなみに、訓練は自主的である)。しかし、そんなことが起こることは滅多にないので、やはりジャンヌが戦慣れしているのは余りにも不自然だ。
答えはジャンヌが魔界に落ちてしまったことがあるからである。世界と世界を行き来するには、それぞれの世界を守る門番がいる門をくぐり抜ける以外の方法は通常ない。だが、天国には門の他にも世界と世界を繋ぐ湖がある。そこにジャンヌは偶然落ちてしまったのだ。
そう、文字通り魔界に落ちたのだ。天国と魔界の位置とかは難しい説明になるので今日は書かないが、とにかく魔界に行ってしまったジャンヌは、そこでいくつもの戦争に巻き込まれ、それでも魂が穢されることなく天国に戻ってきたのだ。奇跡という言葉がぴったりだと僕は思う。今はその経験を生かし、騎士団の指揮官を務めているようだ。
僕は既に朝食を済まし訓練に向かうところだろうと推測した。
「おはよう、二人とも」
「おはよう、お父さん」
「おはようございます、くりじい様」
アーサーは金の髪に青い瞳が映えるジャンヌ専属の騎士だ。若干童顔ではあるがかなりハンサムだと天国の女子達に人気だ。物心着く前からジャンヌに仕えてもらっていて、こうして今もジャンヌと共に行動している。
彼は片手剣と片手盾、両手斧、ランスと片手盾、大剣、大盾などなど、状況や敵に合わせ様々な武器を扱う。多種多様な武器を扱いながら、全ての技量が高いというのだから器用だ。
例の湖にジャンヌが落ちてしまった時も、救おうと飛び込んでくれた。どうやら魔界で合流できたのは良かったが、彼もいくつもの戦争に巻き込まれてしまったようだ。そこで彼も武器の技術を磨いたのだ。
ジャンヌを数々の戦争の中でも守ってくれたことには筆舌に尽くしがたい感謝をしているし、同じくらい申し訳なく思っている。彼をジャンヌにつけたのは僕だからだ。本当に感謝してもしきれない。
聖なる誇り高き騎士とも魔を打ち滅ぼす勇者とも云われる彼は、さっき書いた通りジャンヌ専属の為、ジャンヌの指揮を補佐し、また訓練の指導にあたってくれている。
「今から日課のトレーニングかな?」
「そうよ、朝食は先に食べたわ。いつものことだけどごめんね」
「僕が起きるのが悪いから別にいいよ。それにアーサーと一緒に食べたんだろう?」
「うん、まぁそうね」
「アーサー君いつもありがとう。君がいてくれると安心だよ」
「いや、私が食べたいってるんじゃなからね?アーサーが一緒に食べたいっていうから毎日一緒に食べてるだけで」
「ジャンヌ様、当たり前です。私はジャンヌ様の専属なのですから」
その後も他愛のない痴話喧嘩を二人は続けた。これもある意味日課なのかもしれない。
アーサーは僕など第三者がいるとジャンヌに様をつけ敬語で話す。だが僕は知っている。ジャンヌと二人きりになったときは一人称が俺になり二人称が呼び捨てになるのだ。
今にもアーサーがボロを出しそうなところで声をかけた。
「二人とも、トレーニングの時間は大丈夫なの?」
「っ、そうだった、じゃあ行ってくるわ、お父さん」
「っ、お見苦しいところをお見せしました、くりじい様。失礼致しましす」
そのまま二人は仲良く歩調を合わせながらトレーニングをする訓練場へ向かっていった。
時間の流れについてはまた別の日に書こう。