妖怪暴露・節穴眼鏡
「お、いい眼鏡をしてるじゃん?」
丸々と太った上級生にそう声をかけられたのは小学生の頃。他クラス、他学年と一緒に行う掃除の時間でのことだった。
俺は裸眼だ。視力も2.0以上あって密かな自慢だ。この人の目は節穴か?
「なあなあ、取ってみていい? かけさせてよ」
ないものが取れるわけない。俺が面白半分に許可すると、上級生はゆっくり俺の目の前へ手を伸ばしてくる。
ばりっと、俺の目と目の間で何かがはがれる感触がした。同時に、見えていた教室の風景が一変する。そこはまるで、生き物だけがとてつもなく年をとった空間のように思えた。
ほうきを手にしている者。雑巾で窓を拭いている者。黒板消し同士を窓の外で打ち合わせながら、粉を落としている者。その全員が、理科室に置かれている骨格標本と同じ姿となって、各々の仕事を続けている。
でも、この上級生は違った。長い鼻面、五本指の先に生える長く曲がった爪。そして尻から真下へ垂れさがる、足や背骨とは違う一本の細い骨。
俺はこの骨格を何度か見たことがある。理科室や保健室ではなく、休みの日に出かけた博物館の中でだ。それはタヌキのものだった。そしてその目にあてがうのは、俺からはぎ取ったと思しき、白いアイマスクのようなもの。
数秒ほど辺りを見回した後で、上級生は「眼鏡」を返してくれる。軽く押さえつけられる感触と共に、視界が元に戻った。
ほうきを手にしているのは、同じクラスの男子。窓ふきに精を出しているのは、違うクラスの背高のっぽの男子。黒板消しをはたいているのは長い髪を後ろで結んだ、ちょっと憧れている上級生のお姉さんだった。
「のんきでうらやましくなるよ。外面をよく見る目ばかり発達させてさ」
そうつぶやき、上級生は掃除に戻っていく。あの骨格を余さず包み込めるであろう、巨体を揺すりながら。
俺は上級生の真似をして、目と目の間をこすってみる。けれどその時も今も、はがれ落ちるのはわずかな垢ばかりだったんだ。