1 怪しい発明家が持ち込んだモノ
頭を抱えて溜息ばかりついている木本のデスクに、バイトの男の子が近づいてきた。
「ねえねえ、彩乃ちゃん、あのさ」
「中田クン? 庁舎内でその呼び方はどうなの? 仮にも年上の、しかも係長代理に向かってさー」
「あっ、ゴメーン」悪びれる風もない中田。
「いいよ別に。で、何かあったの、中田クン」
「庁舎内で、クン付けはどうなんですか。仮にもバイトに向かって」
「呼び捨てで十分だったな。悪い悪い」
「ところで係長代理さん、会いたいって人が来てるんだけど。どうする? 通す?」
「誰? 何の用?」
木本彩乃は、女性としては異例の若さで係長代理に抜擢、というか役職を押し付けられて、業務の処理であっぷあっぷしていた。――忙しいから追い返しちゃおうかな。
「大阪から来たんだって。なんかー、ゴミ処理問題をばっちり解決する画期的ナントカをご提案? みたいな?」
「え? ゴミ処理?」
木本は色めきたった。木本は、O市役所の市民環境課廃棄物処理場係の責任者としてゴミ処理事業を担当していた。そして市のゴミ処理場の収容力が今や限界に達し、敷地を広げることも出来ず、頭を抱えていた訳である。
(話だけでも聞いてみる価値はありそう)
「画期的ナントカって?」
「さあ? 直接会って訊くのが早いんじゃね?」確かに。
狭い面談室の事務机を挟んで、差し出された名刺には、「ドクター丑松 発明家」と印刷されていた。
(なんだ、会社とかじゃないの?)
見るからに胡散臭い外見だ。
「どうもどうもー。えらいおおきに。いやね、O市さんがな、ゴミ問題で困ってはると伺いまして、私の開発した画期的新発明で、問題解決のお手伝いを是非、と思いましてん」
「その画期的新発明って、いったい?」
「今日は見本をお持ちしました」
そういってインチキ臭い自称発明家は、怪しげな小箱を机の上に置いた。
「瞬間物質移動装置です」
発明家は、その装置の原理をべらべら関西弁で説明したが、木本には一言も理解できなかった。それがまともな科学的説明なのか、超科学的インチキなのかも分からない。
「まあ百聞は一見にしかず、見とくんなはれ」
そう言って、小箱に開いた穴に、丸めた紙くずを放り込んだ。その箱を手渡され、木本は逆さにして振ってみたが、何も出てこない。中は空っぽ。
「ええ~? マジで? 嘘でしょ。これ手品っしょ!?」
「皆さんそない言うて、だあれも信じてくれまへんねん」
「そりゃそうだ」
木本は面白がって色々な物を入れてみた。うっかりお気に入りのペンも入れてしまい、あっマズイ、と思ったが後の祭だった。
「今のペン、戻ってこない?」
「来まっかいな」
この箱に入れたものは、太陽系外のある領域に転送されるらしい。そして一方通行。事実上、いくらでもゴミを処分できるという。
「いくらでも?」
「いうても、地球から出るゴミは、地球の体積よりは少ないでっしゃろ。あたりまえの話やけど。広大な宇宙からしたら、なんてことあらへんちっぽけなゴミですわ」
「でも、こんなに小さいんじゃ実用には……」
「これはあくまで見本でっさかい。ナンボでもでかいのん作れまっせ」
「そうなの? でも、なんでウチの町に? 地元で商売にしたらいいのに」
話によると、地元関西では、そんなんインチキや、手品に決まっとる、と誰も信じてくれず、産業廃棄物処理業者の免許も得られなかったという。業を煮やした発明家は地元には見切りをつけ、この画期的発明を受け入れてくれる自治体を求めて全国を行脚中なのだそうだ。
「これの大きいの、一戸建て住宅程度の大きさのをゴミ処理場に設置すれば、あっと言う間に処理場は空になりまっせ」
本当だとすればすごい話だが、しかし、どうにも胡散臭い。最初に手を上げてバカを見るのは誰しも嫌だ。しかも何か問題が起こっても、この男に責任が取れるとも思えない。
だがしかし。
市のゴミ問題も待ったなしの状況。他に打つ手も思いつかない。
「分かりました、あなたに賭けてみましょう、ドクター丑松」
「ほ、ほんまでっか」
「ただし条件があります」
技術使用料は無料。ゴミ処理を事業化して利益が出たら、儲けは折半。そしてこの技術を使用する権利はO市が独占する。
発明家はその条件を飲んだ。利益が出せることには自信があるらしい。ニコニコしてその日は帰っていった。