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翌日。
この日もきのうとまったく同じやりとりを一とくり広げ、疲れきった顔で光は教室へとたどり着いた。
「お、今日は白色か」
京介が、光の手の中にある薔薇を見てそう言った。
光の手には白色の薔薇が三輪があった。
「白色の薔薇の花言葉は、いろいろあるけど、この場合なら、「私はあなたにふさわしい」で、三本の意味は、「愛しています」って意味がある。今日も変わらず愛されてるな、おまえ」
京介はニヤッと笑った。
「……おまえ楽しんでるやろ」
「まあな」
光はキッと京介を睨みつけてやった。
「他人事やと思って!!」
「実際他人事だし?」
「この薄情者!!」
「そういうおまえは、優しいよな」
「え?」
光はきょとんとした顔をした。
「薔薇を捨てようと思ったら捨てられるだろ。なのにおまえは捨てずに持って帰ってる」
「それは、花にはなんの罪もないし……」
「それに、伊集院さんをストーカー呼ばわりしてるわりには、被害届を出そうとはしない。こんだけ毎日 追いかけられたら、警察に通報してもおかしくない。なのに、おまえはそうしない。なんで?」
「それは……」
光は、答えに詰まった。
あれ、どうして自分は被害届を出そうとしないんだろう。これだけ付きまとわれていれば、立派なストーカーだ。犯罪だ。
通報してしまえばいい。
なのに、どうしてそれをしない?
なぜ? どうして?
自分自身のことなのに、よくわからない。
――だって、一がこんな変態だとは初めて会った時は思いもしなかったから。
『大丈夫?』
優しい優しい声だった。
『ううっ…ひっく、ふっう……』
ボロボロと大粒の涙を流す光の背中を一は優しく撫でてくれた。それは光が泣き止むまで続いた。
『埋葬してあげよう』
『……うん』
腕の中の息絶えた子犬を光はギュッと抱きしめた。
近場の公園にその子犬を埋めた。寂しくないようたくさんの花を添えて。
『ここなら、いつでも子供たちがいるから寂しくないよ』
『うん……ありがとうございました』
『どういたしまして。その制服は、伊集院学園だね。君は何年生?』
『一年です』
『そうか。名前はなんていうの?』
『松本光です』
『松本くんか、僕は伊集院一だよ』
『伊集院って、伊集院学園と関係ありますか?』
『ああ、理事長は僕の祖父だよ』
『そうなんですね。理事長ってことは、伊集院グループの方なんですよね?』
『うん。祖父は、会長をしてるよ』
『え、それじゃ、伊集院さんはお孫さんってことですよね?』
『うん。そうだよ』
きれいな笑顔を一は浮かべた。
とてもきれいな笑顔だな、と光は思った。
こんなにも容姿の整った人物を見たことがなかった。
『それじゃ、松本くん。また学園で会おう』そう言って、颯爽と一は去っていった。
一の姿が見えなくなって初めて、光は一に見とれていたことに気づいた。
なんて、優しい人だったのだろう。
引っ越ししたてで、右も左もわからず、心細い思いをしていた光にとって、一との出会いは心温まるものだった。
だから、今でも時折思い返してしまうのだ。
そして、どうしてこんな状態になってしまっているのか困惑する。
本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
伊集院グループの後継者としての一、光につきまとってくる変態ストーカーの一。いったいどちらが本当の一なのだろう。
いやいや、二重人格だからどっちも本物か。
とそう思い至って、光は重いため息をついた。
本当に頭が痛い。厄介事に巻き込まれてしまった。
大阪での心穏やかな日々を、光はひどく懐かしく、恋しく思った。
「今日は、異学年交流会だ。普段は交流できていない上級生のみなさんと、これを機に親睦を深めるように」
担任が、かけ声をかける。
場所は、校庭。
異学年交流会とは、その名のとおり、学年の垣根を超えて生徒たちが親睦を深めるための会だ。
「てか、なんでこの中途半端な時期にやんの? 普通は、5月とか6月にやるもんじゃないん? おまけにクソ寒いし」
光は、はあっと、手に呼気を吹きかけてすり合わせた。指先がジンジンとしている。
12月下旬ともなれば、寒さは厳しさを増して、身が縮こまる。
本当に、こんな時期に異学年交流会なんて企画したのはどこのどいつだよ。バカじゃないのか。こんな冬枯れの空の下で、バレーボールとかほんと最悪なんだけど。
(テンションダダ下がりやわ)
さむっと、光は身体をブルッと震わせた。
「なんでも、これを企画したのは生徒会らしいぜ」
京介が訳知り顔をして言った。
「は? 生徒会がなんで?」
と、そこで光はハッとした。
生徒会にはヤツがいる。
しかも生徒会長なんぞをやっている。
もしかして、いや、しなくても、これを企画したのはアイツか。
そうとしか考えられない。
しかし、ヤツの目的はいったいなんだ。
光が、真剣に考え込んでいると、
「伊集院さんのことだから、おまえと同じチームっていうのは予測つくよな。カッコイイところでもおまえに見せたいんじゃねえの?」
ははは、と陽気に京介は笑った。
そんな京介に、光は冷たい視線を送った。
京介の言うことは案外事実かもしれない。
しかし、ただ自分のカッコイイところを光に見せるためだけに、ここまでやるか? 全校生徒を巻き添えにして? アホじゃないのか。
てか、職権乱用だろこれは。
つか、まだ生徒会長やってるのかよ。とっくに後任が引き継いてるのが普通だろ。
ほんとにどうなってるんだ伊集院学園は。
光は呆れ返った。
そこへ教師が、
「男子Aチーム、三年、伊集院、宮崎、二年、伊藤、森川、一年、松本、谷原の6名だ」
「ほらな、俺の言ったとおり同じチームだな」
「……最悪や」
光は、心底からいやそうに顔をしかめた。
やっぱりそうきたか。
「まあ、頑張れよ」
ポンと京介に肩を叩かれる。
「はあ……」
光が憂鬱な顔をしているとこへ、
「光」
一がやってきた。
「同じチームだね。うれしいな。やっぱり僕らは運命の赤い糸で結ばれているんだよ」
「どうせ裏で工作したんやろ。バレバレやから。アホとちゃう」
冷淡な目で光は一を見た。
「そんなことするはずないじゃないか。僕がそんなことをする人に見える?」
「どこから見てもそう見えるわ。周りのみんなもそう思ってるから。気づいてへんのはあんただけや」
「まさか。勤ほんとか?」
一の隣に立っていた勤を見た。
「まあ、確かに一は松本くんのことになると周囲が見えなくなるところがあるよね。でも、それだけ松本くんのことが好きってことだよ。気にしなくていいよ」
「そうか。そうだよな」
「いや、めちゃくちゃ気にしろっ!! 周りも俺も迷惑被ってるんやからな!!」
「愛するがゆえだよ、光」
「愛のためやったらなにもかも許されると思うなっ!! 愛に失礼やろ!!」
「僕は、愛に礼儀を払っているよ」
当然だろ?、といたく真面目な顔で一は言った。
「どこがやねんっ!!」
光は突っ込まずにはいられなかった。
一の言動の数々は、愛を軽んじているとしか思えない。
と、そこへ、
「伊集院先輩」
悠里が一へと声を変かけた。
「なに?」
「あの、僕、伊集院先輩と同じチームですっごくうれしいです」
「そう」
そう返事をする一はそっけない。顔も真顔だ。
「試合一生懸命に頑張ります!!」
「そう、頑張って」
「伊集院先輩、僕」
悠里がなにか言いかけたところへ、
「光、今日の試合頑張ろうね。僕たちの愛の力をみんなに見せつけてやろう」
「愛の力とか抜かすなっ!!」
「もう照れ屋なんだから」
「照れてへんわっ」
「そんなところもかわいいよ」
「ああ、キッモ!!」
プイッと、光は一から顔を背けた。
と、悠里と目が合った。
ひどく嫉妬と憎悪を滾らせた瞳で光を睨みつけている。
(うわー、めっちゃ恨み買ってるやん、俺)
しかし、それは光にとっていわれのない恨みだ。
一と関わるとろくなことがない。それをいやでも痛感する。
思わず、口からため息が洩れる。
「男子Aチームはコートに集まって」
教師のかけ声に従って、光はコートに向かった。
「光と、僕と、谷原くんは、後衛のポジションだよ。光はセンター、谷原くんはレフト、そして僕がライト。宮崎と、伊藤くん、森川くんは前衛で、宮崎はライト、伊藤くんはセンター、森川くんはレフト。この試合ではリベロはなしということになった。いいね?」
(隣がアイツか。いややな……)
光がそう思っていると、口々に他のメンバーは、「頑張ります!!」、「全力でいきます!!」、「伊集院先輩のために全身全霊を尽くします!!」、「目指すは優勝だね」と張りきっていた。
「頑張ろうね。光」
「あ、ああ」
一応、返事だけは返しておく。悠里だけならまだしも、二年にまで恨みを買うことにはなりたくない。
殊勝な態度で試合に臨むことにした。
試合が始まった。
一の強烈なサーブが鮮やかに決まった。
まずは、一得点。
続いて、また一がサーブを打つ。
それを向こう側の後衛センターがレシーブをする。そして、後衛レフトがトスをする。それを後衛ライトがスパイクをする。
その強烈なスパイクを一はいとも簡単に受け止めた。そして、センターの光がトスをしてボールを上げる。すかさず、一がスパイクを決める。
これで二点目。
一のサーブをなんとかレシーブした敵側のフォーメーションが乱れた。なんとかトスを上げるが、こちら側に返すの精いっぱいだった。
その甘いボールを光は悠々とトスして、悠里もボールを上げて一に任せる。一もまた余裕でスパイクを決めた。
三点目が連続して入った。
コートの外では、目をハートマークにした男女が黄色い声を上げている。
(まあ、確かにカッコイイっちゃカッコイイか)
傍から見れば、一の姿はカッコイイだろう。
きっと、完璧に見えることだろう。
(変態さえなければ、ほんま完璧やのにな)
どうして、光のことを好きになったんだろう。
一は一目ぼれと言っていた。光は一目ぼれなどしたことがないから、それがどんなものなのかまったくわからない。
性別さえも関係なく相手に惚れるとは、いったいどんな感じなのだろう。
とても不思議だ。興味が湧く。
いやいやいや、それじゃまるで一に興味があるみたいではないか。
ダメだ。決して、一に興味の一かけらさえもいだいてはいけない。
そう光は自分に言い聞かせた。
順調に得点を重ね、勝利を収めた。
あと、三回勝てば優勝だ。
やるからには、やはり優勝を目指したい。
「光の、的確なトスのおかげでうまくスパイクができたよ。さすが、光だね」
「あんたのスパイクが決まらへんかったら意味ない。この試合のMVPはあんたやろ」
そっけないながらも、率直な感想を述べた。
「ああ、光に褒めてもらえるなんて、このうえなくうれしいよ。感激だ!」
そう言って、感情を抑えきれないように、一は天を仰いだ。ああ、神よ!と今にも、言いそうだった。
それを光は呆れ返った目で見ていた。
と、視線を感じた。
その視線のほうへと目をやると、悠里とばっちり目がぶつかった。
先ほどよりも、勢いを増して、射殺さんばかりの目で光を睨みつけている。
(あーもうウザッ)
光は内心でため息を吐き出した。
そうして、二回戦が始まった。
一回戦同様、一が強烈なサービスエースで得点を取り、光が完璧なトスを上げ、一がスパイクを打つ。 そこに、勤のぬりかべのごとくブロックが加わって完璧な連携が出来上がっていた。
二回戦も軽々と勝利を収めた。
その後、三回戦もなんの危険もなく勝つことができた。
そして、いよいよ決勝戦。
「この試合を勝てば、優勝だ。みんな心を揃えて頑張ろう」
一のかけ声とともに、みなが「おーっ!!」と鬨のような声を上げる。
そうして、決勝戦が始まった。
敵側の強烈なサーブを光は懸命に受け止めた。それをレフトの悠里がトスをして上げる。そして、すかさず一が速攻スパイクを決める。
サーブ権がこちらに移る。一が激烈なサービスエースを決める。
外野から、わあっと歓声が上がる。
続けて、サービスエースを決める。三度目のサービスエースが決まった。しかし、四度目のサーブは受け止められた。敵側がトスをして、スパイクを仕掛けてくる。だがしかし、勤が見事なブロックでそれを封じる。
敵側はものすごく悔しそうにしている。
このままいけば勝てる。光は確信した。
その確信どおり、痛快なほどに試合運びはうまくいきとうとうあと一点で勝ちが決まる。
相手からの凄まじいサーブを光は渾身の力でレシーブした。それをすかさず、悠里がトスをする。そして、一が高速スパイクを決める。
やった。勝った。優勝だ。
「やったー!!」
光はその場で大きくガッツポーズをした。他のメンバーもガッツポーズをしている。
キャーッと、周りで波のような歓声が沸き起こる。
「伊集院せんぱーい、おめでとうございます!!」
「すっごくカッコよかったです!!」
「本当に素敵でしたっ!!」
方々から一への賛辞の声が上がる。
その様子を光はなんとも複雑な思いで見ていた。
やっぱり一は人気者なのだと思い知る。
光に言い寄っていると周囲の者は知っているはずだ。それでも、一を慕っている。
たとえ一が変態でも、彼女たち、彼らにはそんなこと関係ないのだろう。
ただ、一途に一を好いている。
それがとても光には不思議だった。不思議としか言いようがない。
どうしてそこまで好きになれるのだろう。
自分だって、香菜のことが好きだ。だけど、どこまで彼女のことを好きかと問われると言葉に窮してしまう。
一の光に向ける恋情と比べると、浅いような気がする。
自分は薄情なのだろうか。
ふとそんなことを思ってしまう。
光が物思いに沈んでいると、
「光っ」
「え、わっ」
一がいきなり抱き着いてきた。
「放せっ」
一の腕の中で光は懸命にもがいた。
しかし、一の拘束は解かれることはなかった。
「やったね。勝ったよ、光!!」
興奮を露わに一はさらに光を抱きしめる腕に力を込める。
「放せってば!! くるしっ」
「ごめん! 光大丈夫?」
慌てふためいて、一が腕をほどいた。
「この馬鹿力。殺す気かっ!!」
「本当にごめん。優勝したことがあまりにもうれしくて、つい」
「つい、じゃあらへんわっ!!」
「でも、これも仕方ないよ。なんたって光との初の共同作業をしたんだから」
「変な言い方すんなっ!!」
「それじゃ、僕らの愛の力で優勝を勝ち取ったね」
「なお悪いわっ!!」
やっぱりこいつは変態だ。真性の変態だ。
少しでもカッコイイなどと思った自分がバカだった。
「光、優勝したから僕のお願いを聞いてくれないかな」
「はあっ!? なんでそんなん聞かなアカンねんっ!!」
「だって、優勝したんだよ? 光からのご褒美がほしい」
「それなら、俺にだってその権利があるはずやろっ」
「もちろん。光のお願いはなんでも聞いてあげるよ。なにがいい?」
にこにことしながら一は言った。
「金輪際、俺には近づくな。目の前に現れるな」
「そのお願いは聞けないな。他のお願いは?」
「なんでも聞く言うた舌の根の乾かぬ内にそれを言うんか。この二枚舌野郎!!」
光は悪態をついた。
そんな光を気に留めた様子もなく、
「なにかほしいものはある?あ、そういえば、光はエヴァが好きだったよね。初号機のレアなフィギュアはどうかな?」
ピクっと、光の身体が反応する。
ほしい。めちゃくちゃほしい。でも、プレミアがついて、一介の高校生が手を出せる代物ではない。
(うう、めっちゃほしい! ほしいけど……)
ここでイエスと言えば、当然一の願いを聞かなくてはならなくなる。
きっととんでもない願いを強要するに違いない。
なにせ、相手は変態だ。予想もつかないことをしでかすに決まっている。
「……あんたのお願いってなに?」
おそるおそる光は尋ねてみた。
「明日はクリスマスだね。ぜひとも光と過ごしたいんだ。甘い時間を堪能したい」
ほらな。やっぱりこうきた。
さすが変態。
て、感心してる場合じゃない。
「あー無理無理。そんな願い聞くわけないやろ。アホとちゃう」
「それなら、フィギュアはいらないの?」
物で釣ろうとするなんて、なんて意地汚いヤツなんだ。
ヤツの思惑に乗ってたまるか。
フィギュアをゲットできないのはとても残念だが、背に腹は代えられない。変態とクリスマスを過ごすなど言語道断だ。
「いらん」
「どうして? 光、エヴァ好きでしょ」
「好きやけど、その代わりにあんたとクリスマス過ごすなんて絶対にいやや。だから、いらん」
「そんなに、僕とクリスマスを過ごすのがいや?」
ひどく真剣な瞳で、一は言った。
「あったり前やろ。なんで恋人のイベントをあんたみたいな変態と過ごさなアカンねんっ!! 考えただけで鳥肌が立つわっ!!」
光が、鳥肌の立った腕をさすっていると、
「おまえいい加減にしろよな!!」
悠里が怒りをたたえた瞳で光をねめつけた。
「言っていいことと、悪いことがあるだろっ!! 伊集院先輩に謝れっ!!」
「なっ、なんで俺が謝らなアカンねんっ」
光は、怯んだ。悠里の言葉が胸に突き刺さる。言っていいことと、悪いこと。確かに、光は一に対してひどいことを言っている。光だって、心の隅ではわかっている。だから、痛いところを突かれて動揺した。
「謝れよっ!!」
「いややっ」
しかし、光は引けなかった。プライドが邪魔をして謝ることができなかった。
二人が睨み合いを続けていると、
「もういい。やめろ」
一が言った。
「でも先輩、こいつは先輩にひどい言葉を投げつけてきたんですよ!?」
「もういいって言っただろ」
いつもよりワントーン低い声で、一が言った。
その顔は恐ろしく無表情だ。
悠里は顔面蒼白になった。
「す、すみません」
震える声で謝る。
「光が、どれだけ僕のことを嫌いかわかったよ」
無表情から一転、傷ついた瞳で一は言った。
その瞳を見て、ズキンと光の胸は痛んだ。
一を傷つけてしまったことを知った。
「あの、俺……」
ごめん、と一言言えば済む。なのに、その言葉がどうしても出てこない。舌がまるで石になったみたいだ。
そんな光を悲しみをたたえた目で見て、一は他のメンバーへと目を向けた。
「今日は、みんなよくやってくれた。みんなのおかげで優勝することができた。ありがとう。そして、お疲れさま。十分に休んでくれ」
そう労うと、一はその場を立ち去っていった。
「あ……」
光は小さく声を上げた。
後味の悪い思いが胸に広がる。
「おい」
悠里が、キッと光を睨みつける。
「おまえのせいで伊集院先輩は傷ついた。絶対に許さないからな!!」
そう言い放つと、悠里は一のあとを追った。
その姿を、光はただ見ていた。
「いいのか、あとを追わなくて」
光は声のするほうに振り向いた。
京介が気遣しげな顔をしていた。
「……うん。これでええねん」
「伊集院さんだいぶ傷ついたみたいだけど」
「……」
「おまえも、心の中では、悪いことしたなと思ってんだろ?」
「……」
「なら、ちゃんと謝れよ。おまえのいいところはその素直でストレートなところなんだからさ」
諭すように京介が優しい口調で言う。
「……うん」
光は素直に、頷いた。
自分は一を傷つけた。ひどいことを言った。それは事実だ。
一の傷ついた顔が思い出されて、再びズキンと胸が痛む。
(謝らないと……)
光の足は、自然と一のあとを追った。
「あのっ」
その一言だけで、一は光に振り向いた。
しかし、その瞳は依然として悲しみに沈んでいる。
「なに?」
「……さっきは、ひどいこと言ってごめん」
「光……」
「言い過ぎたって反省してる。本当にごめんなさい」
光は、深く頭を下げた。
「気にしてないよ」
光は面を上げた。
そこには、優しさをたたえた瞳で一が光を見ていた。
気にしてない? うそだ。ひどく傷ついた顔をしていたくせに。
なのに、光を思いやってそんなふうに言う。
「光は、とても優しいからね。心の中では僕が傷ついたかもしれないって心配してくれたんだよね。ありがとう」
「……別に、お礼を言ってもらうほどのこととちゃう」
光はとてもバツの悪い気持ちに陥った。
「だから」
「ありがとう」
にこりと一は笑った。
その顔を見て、光はホッとした。
え、なにホッとしてるんだよ。
光は焦った。なんで一の笑顔を見てホッとしてるんだ。意味がわからない。
「それじゃ、俺はちゃんと謝ったからなっ!!」
光は、そそくさとその場から去った。
「光、愛してるよっ」
光の背中へと、調子を取り戻した一の声が届く。
(ったく、調子ええねんから)
光は、ふうと嘆息を吐き出した。