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告げて、はじまり  作者: 冬野ふゆぎり
四年目:
47/62

倣い、続いて・1

 人の引っ越しを手伝う、ということ自体は、学生時代から今まで幾度かあったものの、俺自身は、実を言えば実家から一度も出たことがない。生まれた時から住んでいるのが、市の中心である藤宮から一駅という立地で、駅前周辺以外は賑やかさも薄い、良く言えば閑静な住宅地にある一軒家で、しかも両親と俺だけ、という家族構成だから、生活は気楽極まりない。そのせいもあって、大学はさすがに他県ながらギリギリ通学圏内で済ませ、通勤が恐ろしく楽だという理由でこの市を受けたら(面接では、そんなことはおくびにも出していないが)運良く受かった、というわけで。

 「へえ、じゃあ、僕と似たような感じだねえ。違うとこは、こっちは実家の方がよそに動いちゃった、ってことだけど……あ、有難う、ここで下ろしてくれていいよ」

 「分かりました。ってことは、代理、ずっとこの辺が地元ですか?」

 男二人がかりで、どうにか二階まで抱え上げてきたソファをなんとか床に据えて、俺は久々の力仕事に軋みを上げる腕を、誤魔化すように振りながらそう尋ねていた。

 六月も終わりとなる、土曜日。今日明日二日間に渡る予定の、係長の引っ越し、一日目。

 梅雨の最中ながら、せいぜい曇り空程度で今のところは済んでいる、そんな天候の中で無事にベッドやソファなどの搬出を終え、代理が借りてきた軽トラに積んで俺が同乗し、女子二人に先行して平岩邸にやってきた、というわけで。

 雑談からふと零れた俺の問いに、艶々と磨かれた木製のアームに手を掛けて、厚い青の座面を持つそれの位置を微調整していた平岩代理は、あっさりと頷きを返してきた。

 「うん、住所動いたの大学四年間だけだし、高校まではここの学区だから。下手すると先輩後輩って可能性もあるかな?」

 「えっ、俺、篠上(ささがみ)なんですけど」

 「あ、本当?それなら一緒だ」

 「マジですか!?まさか小中……は違いますね」

 言いながら、ざっと頭の中で周辺地図を展開して、即座に否定する。細いながらも川を挟んでいる上に、最寄り駅で言えば三駅は離れているから、よもやそんなはずもなくて。

 ともあれ、やっと納得のいく位置決めが出来たのか、代理は折っていた膝を伸ばすと、口の端を小さく上げてみせた。

 「そこまで同じだったら面白かったのになあ。立花さんも遠いけど市内だって言うし、明石さんだけ市外だから、ちょっと残念そうにしてたんだよねえ」

 何気なく語るその口調に溢れる、はっきり言ってしまえば彼女への愛情レベルの想いに、俺は微かに複雑な感情を覚えながら、気をそらすために広い部屋を見回した。

 ここは明石係長のスペースだそうで、元々が六畳と四畳半の二つに分かれていたものをわざわざ繋げてしまったらしい。新たに収納を作りつけても、広さに関しては十分過ぎるほどで、贅沢過ぎる気がするの、と苦笑しながらも、彼女はやはり嬉しそうで。

 「……嫁さん迎えるとなると、このくらい準備しとかないといけないもんですかね」

 外からの風にはためく、晴れた空めいた青がメインのボーダー柄のカーテンを見ながら、俺がぽつりとそんなことを漏らすと、代理が目の端でひょいと眉を上げるのが見えた。

 「なに、立花さんといよいよそういう話になってきたの?」

 「違いますよ!いや、違うっていうか、まだそこまでは……」

 反射的に否定した後に、あいつの落胆した顔が脳裏に過ぎって、慌ててそう言い添える。ここにいなくて良かった、と心底から胸を撫で下ろしていると、内心を知ってか知らずか、代理はやや尖り気味の顎をつまみながら、軽く天を仰いだ。

 「僕の場合は、ちょっと特殊だからねえ。土地は親から譲ってもらったし、家はまあ、自力で建てたけどそれなりの築年数だし……明石さんの部屋はこの際だから、って壁紙も何もかも好み通りにしてもらったけど、他は一階のクローゼット独立させたくらいだしね」

 「……かなり規模でかいリフォームじゃないですか」

 作業の前に、家の真新しい図面に家具の設置場所を朱書きしたものを見せてもらったのだが、一階には猫部屋(正直この記述には目を疑った)10畳があって、その隣には4畳のウォークインクローゼットがあったから、それのことだろう。

 「いや、知り合いの紹介だし、結構引いてもらったから。それに、彼女がやっと応えてくれたんだから、聞ける要望はなんでも聞こうと思ってさ」

 さらりと放たれた言葉に刺激されて、俺はわずかに眉を寄せた。何か癇に障った、とかそういうわけでもなく、どうにも自分が身を置いている状況と、妙に比較してしまって。

 こちらがふいに口を噤んだことに気付いたのかどうか、代理は首を巡らせて、ベッド、ソファ、サイドテーブル、カーテンの順に見やったかと思うと、ひとつ頷いて、

 「よし、これであらかた終わったから、戻ろうか。ちょっと猫たちの様子だけ見たいんだけど、久保くん大丈夫?」

 「大丈夫ってより、あんまり猫って触ったことないんですけど」

 「大声出すとか、急に荒っぽい動きするとかしなければ平気だよ。まあ、人懐っこい子たちだから、良かったら相手してあげて」

 俺の脇を通り過ぎざま、ぽん、と肩を叩いて部屋を出て行くのに既視感を覚えながら、やけに縦に長いその背中の後に続く。おそらくスチール製らしい、折紙を折ったようにも見える白の階段を、借りたスリッパを高く鳴らしつつついていくと、振り向かないままに声が飛んできた。

 「君が腹に溜めてるのは、明石さんか、それとも立花さんのことか、どっちかな」

 無造作なまでに投げられてきたその問いに、まともに的を射抜かれた心地で、俺は顔を顰めた。すぐに答えが得られないことを知っているかのように、構うことなく足を進める姿に、諦め気味に小さく息を吐く。

 「どっちも、って感じです。けど、係長とあいつで2対8って感じなんですけど」

 「明石さんに関しては、安心してくれた?」

 「……しましたよ。そりゃもう、嫌ってほどに」

 節を模様として生かしたような特徴的な床に降り立つと、俺は目を眇めて、どこまでも居心地よくしつらえられたリビングを見渡した。

 ポイントに置かれた家具は、それとなく雰囲気が統一されていて、カーテンやラグも、グレーやベージュといった落ち着いたカラーになっている。加えて、猫のせいもあるのだろうが、大きさもまちまちなクッションやカラフルなおもちゃが、そこら中に適度に散らかっているさまは、二人の穏やかな暮らし振りを示しているようで。

 そして今朝も目の当たりにした、この人に向ける笑顔ときたら、止めになるには十分で。


 「だから、余計にっていうか……代理が何気なくやってるみたいに、あいつにちゃんとしてやれてんのか、最近、疑問ばっかりが膨らんでいくんですよね」


 言ってしまうと、色恋に関しては追うばかりで、こうもぐいぐい追われる立場になったのは初めてだ。それでも、あいつが真剣に惚れてくれているのは理解しているし、思いも寄らず、可愛いところに心揺さぶられたからこそ、付き合ってみようと思ったわけで。

 「けど、俺もあいつも結構自己主張激しくて細かいことで揉めることも多いし、今日も来る途中で『これで係長への未練なくなるよねー』とかさらっと言われて喧嘩になるしで、たまにどうしていいか分かんねえっていうか……」

 そこまで零してから、なんでこんなことだらだら愚痴ってんだ、と気付いて口を噤む。が、時既に遅しで、背後から低い笑い声が響いてきて。

 ぎくりとして振り返ると、猫部屋に向かいかけていたのか、廊下に続く扉の前に立っていた代理が、こらえきれないように喉を震わせながら、どうにか口を開いた。

 「いや、ごめん、だけど、こうまで堂々と惚気ぶつけて来られるとか思ってなくてさ。なんか雰囲気微妙だなあとは思ってたんだけど、そういうことか」

 「笑い事じゃないですよ。とっくに吹っ切ったって言い切っても拗ねるし、そりゃあ、手伝いましょうかって言い出したのは俺ですけど、別に係長と二人になるわけじゃなし、あいつだって機嫌良くついてきてたのに」

 俯いて、唇を結びながらも、繋いだ手だけは離さずにいたくせに、係長のマンションに到着してからは、女同士でさっさと作業にかかってしまったから、フォローも出来なくて。

 気恥ずかしい経過を、やけのように余すところなく公開してしまうと、代理は浮かんでいた笑みをすっと引っ込めて、俺の目を正面から見据えてきて。


 「僕が言うのもなんだけど、嫉妬されてるうちが華だよ。何の感情もくれなくなったら、もう、歩み寄るどころの話じゃなくなるからね」


 諭すようにそう告げてしまうと、俺の反応を待たず、代理は踵を返して扉を開け放つと、廊下の右手にある二つの引き戸のうち、玄関に近い方に向かっていった。

 ぼうっと突っ立っているわけにもいかずに、一歩遅れつつその後に続くと、そろそろと戸を引き始めた代理は、何故か身体の厚み分だけ開けてしまうと、するりと中へと入って。

 「サビ子さんたちが出ちゃうからさ、同じようにして入って来てくれる?」

 「え、ああ、はい」

 妙な指示に、戸惑いつつも従おうとした時、スリッパの爪先に軽い衝撃が走って、俺はすぐさま現状を理解した。隙間から突き出された白い手(ではなく足が正しいのか)が、まるで引きずり込もうとでもいうように、何度もチャレンジを仕掛けてきているのだ。

 「こら、かまぼこ。歓迎なら別の方法でね」

 代理の声とともに、何やら美味そうな名前のそれが腕に抱え上げられるのを見ながら、俺はすかさず部屋に入ると、後ろ手に扉を閉めた。

 間取り図の通り、中は当然ながら広かった。おそらく猫たちが遊ぶためか、階段めいた木製の棚が、窓の下や壁際にいくつか並べられていて、ペットショップで良く見る大きなケージや突っ張り式のタワー、ハンモックらしきものなどが所狭しと並んでいるのだが、

 「そいつはともかく、サビ子さんって子はどこにいるんですか?」

 新参者が気になるのか、しきりと俺に向けて手を伸ばしてくる茶色と白のでかいやつを適当に構いつつそう尋ねてみると、代理は塞がった両手の代わりに、顎で示してみせた。

 「そこのソファの上にいるよ。ちょっと保護色っぽくなってるけど」

 その言葉に視線を移すと、濃いブラウンの、二人掛け程度の皮張りらしきソファの上に、いつか見た、琥珀色の瞳をまん丸くした猫が、こちらをじっと見返してきて。

 画像のまんまだな、と思いながら近付いてみると、途端に怖じたようにぴくりとして、腰が引けたのか、四つ足でじりじりと逃げ出しそうな気配を見せる。

 「なんだよ、別になんもしねえって。思ったよりちっちゃいんだな、お前」

 ふと口に出して、係長に言ったこととかぶってんな、と苦笑しながら、身を低くしつつじりじりと寄っていく。あんまりガン見するなと言われたことを思い出して、微妙に目をそらしながら、そろそろとソファの前まで、辿り着いて。

 静かに屈み込んで膝をつくと、教えられた通りに、鼻先に人差し指を差し出してみる。すると、習性なのか、未だ警戒はしている雰囲気ながら、ふんふん、と匂いを嗅いできて。

 「触ったことないっていう割には、なかなか上手だねえ」

 「実夏(みなつ)にうるさく言われたんですよ。俺がガサツだから、行く前に猫のことはしっかり勉強しとけ、って」

 指先で、小さな頭を撫でてやりながら、かまぼこを抱いたまま傍に寄ってきた代理に、俺はそう応じていた。

 猫好きって設定、などと言っていたのは建前で、飼えない羨ましさを誤魔化していた、と白状しつつも、今日会えることを酷く楽しみにしていたり、引っ越し祝いを何にするか、ウェブで検索しまくったわりに延々店先で悩み続けたりと、ここ数日はまあ、忙しくて。

 なのに、突然泣き出しそうになるとか、スイッチがどこなのかすら見極められなくて。

 「……女心ってやつも、勉強してなんとかなるもんですかね」

 大人しく撫でさせてくれている、これも女子であるはずの愛らしい生き物を眺めながらそう言うと、代理はまた、低く笑って。

 「難しいねえ。それぞれ性格もあるからとてもひとくくりには出来ないし、どう扱われたいかも、思うところは全く違うだろうしね」

 「でも、代理、人に関しては察しが良すぎるくらいじゃないですか。だから係長だって説得できたんじゃないんですか?」

 「それが理由なら、バツイチになんてならないはずでしょうが」

 そう切り返してから、代理は落ち着かなく身を捻るかまぼこを床に下ろしてしまうと、すぐに足にまとわりついてくるその傍にあぐらを組んでしまって、

 「まあ、手酷く失敗してるせいで、考え方ががらっと変わったっていうのもあるけど。前は、向こうの気分や空気を読んでただけで、彼女の望みには全然気付けなかったから、多分、より好かれてたことに甘えてたんだろうね」

 ちゃっかり膝に乗ろうとしてくる、サビ子さんよりはかなり大きな身体をぽんぽん、と叩いてやりながら、さらに続ける。

 「お互いの思うバランスが取れてないから、不満ばかりが募って、欲しいのにくれない、どうして理解してくれないんだ、って……そんな時に、相手の欲しい言葉も分からなくて、崩れちゃったんだけどさ」

 淡々と語る中に、ちくりと刺さる幾本もの棘を意識して、苦い思いが走る。

 気付かないうちに傲慢になってたんだろうか、などと、自らのふるまいを省みていると、代理は、ほんの微かに口元を歪めて、

 「僕が惚れ込んだ立場になってみて、やっと分かってきたんだよ。大事にしたいなら、構って、構われて、ちゃんと言葉を交わしながら、見つけていかなきゃいけないって」


 消えない悔いを抱えながら辿り着いた答えに、目を細めて。

 手にしたものをなぞり、確かめるように、長い指を緩く動かして。


 未だ整理も出来ず、混沌とした考えをぼんやりと巡らせるうちに、いつしか俺の手には、柔らかく温かい熱が、泡立つような不思議な音とともに、擦り付けられていて。

 顔を向けると、琥珀色の瞳が俺を見るなり細められて、にゃあん、と高い声が上がって。

 途端に、顔を上げてきた代理が、再び喉を震わせる。と、

 「懐かれると、やっぱり可愛いでしょ」

 「……そう、ですね」

 含みのあるようなないような台詞を受けて、さりとて否定するわけにもいかず、一拍を置いてそう答えながら、とりあえず機嫌良さげな猫の背中をひたすらに撫でていると、


 「まあ、立花さんには君の本意を、はっきりと伝えてあげればそれでいいんじゃない?例えればさ、今日はモデルルーム見学に来たようなもんなんだ、って」


 ……やっぱり、きっちり察してるんじゃねえか。

 食えねえなとは思ってたけど、どこまで見透かしてくれてるんだか。


 「つっても、代理の家じゃ、でかすぎて見本にもならないんですけどね!」

 図星を指されついでに、腹立ち紛れにそう投げてみると、代理は堪えた様子も見せず、あっさりと追い打ちを掛けてきた。

 「そんなの、若いし二馬力なんだし、なんとでもなりますって。だいたい、君だけで話進めたりしたら、彼女の性格だから泣いて抗議してきかねないんじゃないの?」

 ……それも、まあ、至極ごもっともですけど。

 あらかた下見をしてから、切り出そうかと思っていたことさえ見抜かれたらしいことに、どんだけ勘がいいんだよ、と空恐ろしくなりながら、俺ははあ、まあ、などと、情けない声を上げることしか出来なかった。



 その後、代理の運転で、再度マンションへと向かって。

 女子二人と合流はしたものの、何やらやたらとすっきりした風情の実夏は完全に俺を放置して、係長とあのでかいクローゼットの整理に熱中したり、猫部屋を堪能したりして。

 結局、話すタイミングも上手く掴めずに、忙しない一日はそのまま終わってしまった。

 ……とにかく、メールででも、それとなく係長に聞いてみるしかないか、全く。

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