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告げて、はじまり  作者: 冬野ふゆぎり
九月:
36/62

寿ぎ、満ちて・7

里帆:

 足立さんの披露宴の招待状を、わざわざご本人手ずから頂いた時には、正式なご招待だ!と、我ながら目に見えて浮かれてしまって、内野さんや倉田さんに随分笑われてしまった。

 皆さんとは違って、さすがに同期も友達も結婚式、というところまでは達していないし、加えて、手書きで書かれた達筆な私の名前を目にして、どうにも盛り上がってしまって。

 実を言えば、こういうおめでたい席に出席すること自体は、初めてではないらしい。というのは、私が本当に生後二か月という、自ら何をすることもまだ出来ないような時期に、新婦である母の妹、つまり私の叔母のたっての希望で出席したそうなのだが、寝ているか、唐突に泣き出して別室に連れ出されるかで、両親とも最後まで気が抜けなかったそうで。

 だから、当然ながら、その折の記憶は全くなかったわけなのだけれど。

 「え、な、なんでこんな動画持ってるんですかー!!」

 足立さんの披露宴を週末に控えた、水曜日の夜。

 夕食を済ませた後、いいものがあるんだ、と機嫌良さ気な様子でノートパソコンを起動した博史さんに呼ばれて、ソファに並んで座った、その直後のこと。

 ……よもや、二十年強も経って、こんな形で目に入ることになろうとは。

 「なんで、って……入手経路なんか、ごく限られてるだろう?」

 「えっ、じゃ、じゃあ志帆ですか!?」

 平然と応じてきた彼にそう返しながら、私はなおも再生され続けている動画に目をやっていた。広い会場に並ぶ、白いクロスが掛けられた丸いテーブルのひとつに、若い頃の母、そして隣には父が座っていて、その間にはわざわざ用意したのかベビーベッドが置かれ、ふわふわとしたピンクのおくるみに包まれた、小さな私がじたばたと手を動かしていて。

 「一部、正解。志帆ちゃんが送ってくれたんだけど、提供してくれたのは君のお母さんだって」

 はい、と手渡されたグレーのUSBメモリには、黒で「Maho」と小さく書かれていて、明らかに母のものだ。仕事でも家でもよく使っているから、そのうちのひとつなのだろう。

 ……それにしたって、お母さん、なんていうチョイスなの、ほんとに。

 「でも、どういう経過でそんなことになったんですか?」

 「この間、明史と一緒にエストレーラに連れて行っただろう?そのお礼に、って。弟と好みが似てて、洋食系に弱いみたいだから、随分気に入ったらしいよ」

 楽しそうに口角を上げて、あっさりとそう応じてきた博史さんは、あらためてモニタに目をやると、父の差し出した指先をきゅっと握りしめて笑っている姿を、じっと見ていて。

 酷く真剣な様子で送られている視線は、今の私に向けられているわけではないのだけど、なんとなく気恥ずかしくなってきて、私は気を逸らそうと口を開きかけた。と、

 「……それほど子供好き、ってわけでもないと思ってたけど、凄く可愛いな。やっぱり、君だからかな」

 「あ、赤ちゃんはもれなく可愛いものだと思いますよ!?」

 ふいにそんなことを言われてしまって、私は焦って変な答えを返してしまった。でも、彼は気にした風でもなく、腕を伸ばしてくると、私の肩に回して、軽く引き寄せてきて。

 「そこは、まだ分からないけど。でも、何か、悪くないな」

 

 ……そんなに嬉しそうに言われたら、色々と、考えてしまうんですけど。


 最近、直接的に言われるわけではないけれど、将来のことを踏まえて考えています、というニュアンスの言葉がぐんと増えてきた気がする。嫌なわけではもちろんないものの、こうして一緒にいることから、それこそ朝も昼も夜も、全ての時間を彼と共有することになるのかも、と考えると、ただでさえキャパシティオーバーになりがちな心臓が、大変なことになりそうで。


 でも、そろそろ、話を進めないといけない、よね……


 自分よりも高い位置にある、ずっとがっしりとした肩にそっと寄りかかりながら、私はつい先頃、博史さんに頼まれたことを思い返していた。



 お祝いのために来ていた志帆と明史くんを、博史さんと二人で、沢合の駅まで送って。

 改札口で見送ってから、駅に接続している大きなモール内を歩きながら、どこのお店に寄ろうか、と話していると、私の携帯が着信音を鳴らした。

 「あれ、その音、初めて聞くね」

 高く通る、澄んだ鈴の音めいたそれを耳にして、博史さんがそう言うのに、私は頷くと、

 「父と母用に設定してるものなんです。二人とも電話ばかりなので、めったに来ないんですけど」

 それだけに、志帆のことはもちろん、旅行や帰省の話など、急ぎではないけれど文字で残しておきたい内容が多いので、このよく響く音で、すぐに見れるようにしているのだ。

 ともかく、メールを開いてみると、やはりというか、父からだった。私の家から志帆が帰る時には、心配なのもあると思うのだけれど、必ず連絡が来るのだ。



 From:早瀬(はやせ)正晴(まさはる)

 Sub:今、志帆から連絡あり。


 途中まで、彼の弟さんが送ってくれると聞いたよ。

 里帆からも森谷くん(と呼んでも構わないだろうか)に

 あらためてお礼を伝えておいて欲しい。

 志帆もすっかり元通りどころか、いつも以上に元気で、

 私もほっとしたよ。やはり、真帆の言う通りだったな。

 

 しかし、志帆のはしゃぎっぷりが少々気になるんだ。

 なんというか、明史くんが、と話すことが増えてね。

 良い青年だと聞いているから、特に不安はないんだが、

 どうにも複雑な気分なのは否めなくてな。


 里帆も、今はそう繁忙ではない時期らしいが、身体には

 くれぐれも気を付けて。何かあったらすぐ連絡しなさい。



 心配そうに眉を下げているのが目に見えるような文面に、思わず口元をほころばせつつ、同じように足を止めて、こちらのことを待っている博史さんに伝言を告げようとした時、またも、同じ音が鳴り響いて。

 「今度は、どっち?」

 「……母です」

 顔を見合わせて、お互いにちょっと笑ってしまいながら、次のメールを開く。



 From:早瀬真帆

 Sub:正晴さんから


 聞いたけど、志帆と彼の弟さんが仲良しなんだって?

 あの子、私にばれたらいじられるの分かってるから、

 ぜーったいに正晴さんにしか話さないのよねえ。

 まあ、そういうことなら、一度あなたの彼と弟さんと、

 兄弟で連れて来ちゃいなさいよ。

 もう、心を込めて、おもてなしさせていただくから。


 しかし、里帆に続いて志帆までねえ。

 母親としては感慨深いわー。あの人はうなだれてるけど、

 仕方ないわね、私達だってあの頃に出会ってるし。

 それじゃ、返事はいつでもいいわよ。彼によろしく。



 ……おもてなし、って、どことなく怖いんだけど。

 母の性格を知っているだけに、緩んでいた頬を今度は強張らせていると、ぽん、と肩を叩かれて。

 「どうしたの?何かあった?」

 「……あったと言えば、あったんですけど」

 私の微妙な表情と返答に、博史さんは軽く眉を寄せたけれど、二人のメールをそれぞれかいつまんで伝えると、意外そうに目を見開いた。

 そのまま、何事か考え込むように黙ってしまったのを見て、私は慌てて口を開いた。

 「あの、母の言うことは気にしないでください。結構突拍子もないことは言いますけど、ちゃんと説明すれば折れてはくれますから」

 「ああ、ごめん、そういうことじゃないんだ。単に、考えていたことをそちらから先に言われたから、驚いて」

 苦笑交じりにそんなことをさらりと言われてしまって、今度は私が目を見張る番だった。

 五月からお付き合いを始めて、およそ五か月になるけれど、いわゆる『両親に紹介』という話が出てきたのは、これが初めてだ。いつかは、と漠然とは思っていたのだけれど、まだ半年にもならないし、早いかな、くらいに考えていて。

 それに、これは、なんというか。

 「こら、何をひとりで赤くなってるの?」

 「……だって、その、凄く特別なことじゃないですか」

 あれこれと思考を巡らせるうちに、いつの間にか熱を持っていた頬を隠すように俯いて、私はかろうじてそう返した。

 私が物慣れないというか、恋人としてやっと初心者ではなくなったかな、という感じで、足立さんのように具体的な話になるのは、ずっと先になるんだろうな、と思っていて。

 だから、その第一歩を踏み出すことが思いがけず早くやってきたのに、戸惑いもあって。

 そんなことを、思うままにぽつぽつと零しているうちに、気付けば髪を撫でていた手が止まっていることに気付いて、私は目を上げた。

 すると、視線を合わせるなり、彼は瞬きを繰り返すと、深々とため息を吐いて、

 「……なんでこう、ナチュラルに先を取られるのかな。絶対に僕から切り出そう、って思ってたっていうのに」

 「え?あの、でも言い出したのは私じゃなくて、母ですよ?」

 「そうじゃ、なくて」

 分かってないな、と言わんばかりに眉を寄せて、頭に乗せていた手をどけてしまうと、そのまま、私の右手を取って。

 手の甲に、唇が触れてしまいそうなほどに、傍まで引き寄せると、目を伏せて。

 「お付き合いをさせていただいております、くらいに留めておくべきかと思ってたのに……もっと、具体的なことまで、言ってしまいたくなるだろ」


 指先に口付けられたことよりも、放たれた言葉の方が、さらに威力は絶大で。

 同じ心の内を、知らずさらけだしてしまったことにも、うろたえは増すばかりで。


 「あの、そのあたりは臨機応変にというか、母はともかく父はちょっと泣いちゃうかもしれないんですけど、その……」

 「分かってる。弟も志帆ちゃんもいることだし、あまり突っ走ることはしないよ」

 おろおろと言い募るのに、既に決まったかのように(明史くんのことはいいんだろうか)そう返してきた博史さんは、大きな両の手で私の手をしっかりと包み込んでしまうと、


 「だけど、そうなると、そろそろ僕の両親にも話を通しておきたいから。そのつもりで、君も考えておいて」


 間近で見据えられて、そんなことを告げられてしまうと、もう、声も出せなくて。

 ただこくこくと何度も頷くことしか出来ない私に、博史さんは満足した様子で、大きく笑みを浮かべてみせた。



 その後、どこかふわふわとした気持ちで、手を引かれるままに二人でお茶をして。

 取り急ぎ、今は足立さんの披露宴のこともあるし、それが落ち着いてから考えていこう、というところまでは決めて、一旦停止、という状態なのだけれど。

 それもいよいよ土曜日には、イベントもつつがなく終わってしまう予定、なわけで。

 「……あのね、優理と、話したんです」

 彼の肩に、半ば顔を埋めるようにしながら、私はそっと切り出した。

 すぐに、動画から目を離した博史さんが、こちらを見てきたのを気付かないふりをして、言葉を続ける。

 「なんだか、今週に入ってから凄く機嫌がいいから、どうしたのかなって。そうしたら、『今度、むっちゃんが家に来るんだよー』って、にこにこしてて」

 地顔が笑顔、的なところもある彼女だけれど、普段、女子で集まって騒いでいる時とはまるで違う雰囲気だったから、そう言ってみると、分かるー?と、はにかんでみせて。

 「それが、ほんとにふわってしてて、幸せそうで……なんだか、どこかで同じような、柔らかいものを見た気がして、考えてたら、あ、足立さんだ、って気付いたんです」

 親切だけれど、そっけなく取られるほどの物言いが多い先輩が、少しだけ照れた様子で、これ、良かったら来てくれるか、と招待状を差し出してくれて。

 思いの篭ったそれを受け取って、絶対出席させていただきます、と即答を返した時の、口元に浮かんだ微かな笑みが、とても優しくて。

 「もしかして、って思って尋ねたら、『そうだよー、リアルお嬢さんをください!ってやってねーって頼んだけど即座に断られちゃってさー』とか、あっさり白状されちゃって、なんていうか、いいなあ、二人とも素敵だな、って」

 足立さんは『遥さん』と十年以上、優理は彼氏と四年余りと、出会い方も、歩んできた道程も、何もかもが違うけれど。

 互いの想いを繋いで、これからも共に過ごしてゆけるように、と、望むことは同じで。

 「だから、その、多分、追い付けるのも辿り着けるのもきっと、まだまだ先の話だとは思うんですけど」

 そう続けながら、私はようやく顔を上げると、ずっと向けられていたらしい彼の視線を真正面からしっかりと捉えた。と、わずかに細められた瞳に見返されて、鼓動が跳ねる。

 彼の恋人として、どころか、社会人としてもたかだか二年目で、未熟なところばかりが目についてしまうくらいだけれど、それでも。

 「二人みたいに、私も、頑張りたいな、って」


 やがて来るいつかのために、自分を磨いて。

 あの柔らかな笑顔を、迷いなく作れるような、そんな風になりたくて。


 なんとかそう告げてしまうと、博史さんは、何か言いたげに一瞬、薄く唇を開いて。

 それから、弱ったように目を逸らして、上げた右手で、何故か口元を覆ってしまって。

 「ええと、宣言だけではなくて、ちゃんと昨日、第一歩として母に連絡を取ってみたんですけど……気が早かったですか?」

 おそるおそる尋ねてみると、彼はぴくり、と身を震わせてから、小さくかぶりを振って。

 こっちを向いてくれるかな、としばらく待ってみたけれど、微動だにする様子もなくて、母のメッセージのこともあるし、とりあえず鞄から携帯を持って来よう、と背中を向ける。

 と、膝を伸ばす暇すらなく、背後から長い腕が、するりと伸びてきて。

 腰にぐるりと回されたそれに、軽々と抱え上げられてしまうと、彼の開いた膝の間に、すとん、と座らされて。

 背におぶさるかのように、緩く体重を掛けて寄りかかってきた博史さんは、私の首筋に顔を埋めてしまうと、小さく呻くような声を上げた。

 「いくらなんでもまだ早いだろうって、ずっとこらえてたのに……我慢、出来なくなるじゃないか」

 「……あ、の、何を」

 尋ねかけた言葉が、きつく抱き締めてくる腕に遮られて、途切れてしまう。耳にかかる細い息にぞくりとして、撫でるように肌に触れてくる唇にも、身が震えて。

 身体中を巡る感覚に耐え切れずに、声も出せずに身じろぎをすると、髪を分けて這わせられた熱が、うなじをなぞるように動いてから、そっと離れて。

 「……里帆、こっち、向いて」

 囁かれた声に引かれるままに、緩められた腕の中で、そろそろと身をひねる。

 と、もどかしいように腰を掴んできた手に持ち上げられ、今度は、膝の上に座らされてしまって。

 いつにない手荒な扱いに、戸惑いながらも彼を見上げると、その薄い唇が、震えて。


 「君と、一刻も早く一緒になれるように、最大限の努力をするから。だから、僕と……結婚、してくれる?」


 いつか、のはずが、今すぐ、にまで、瞬時に圧縮されて示された言葉は、まさに衝撃で。

 答えは他にないというのに、喉を震わせるまでに、酷く時間が掛かって。


 「……はい。あの、宜しくお願いします」


 我ながら細く、頼りない声で言葉を紡ぎ終えると、確かめるように彼の瞳を覗き込む。

 と、応じるように、微かに口元を緩めたその表情が、ゆっくりと近付いてきて。


 きっと、今の私も、もしかしたら。


 想いのままに、微笑みを形作るそれを、優しく塞がれてしまいながら、私は静かに瞼を伏せた。



 そして、翌日。

 二人で相談の上で、スケジュール調整もあるからと、双方からそれぞれの両親に連絡を取った結果、


 「あら、それならもう全員で集まっちゃえば一度で済むじゃない!」

 「それだったら、皆で気軽な食事会でも開いちゃえばいいわねえ」


 などと、母二人が見事なまでに同じ意見を表明してきた上に、先様が良ければ連絡先を教えて欲しい、と要求をされてしまって。

 なんと、やりとりが始まってものの数分で、近々の両家顔合わせが決まってしまった。

 ……色々と思うところはあるけれど、とりあえず今は、披露宴にだけ、集中しよう。

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