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告げて、はじまり  作者: 冬野ふゆぎり
九月:
31/62

寿ぎ、満ちて・2

初島:

 結婚式や披露宴、というものに出席したことがあるのは、これまでに二度ほどもある。

 けどまあ、あんまりいい思い出はなくて、ほんの小さな頃に父方の叔父の式に出て、ひらひらの衣装でフラワーガールをやらせてもらって、興奮して会場ダッシュをかまして転んで鼻血出したり、母方の従姉の式の時には、超超剛速球で飛んできたブーケが顔面に激突したり(しかも、あたしはブーケトスには参加していなかったというのに)、ひたすらいいネタをビデオに残し続けていて、悪い意味で話題になりまくってきてしまって。

 「だからー、足立さんに恥をかかせられないし、あたしが社会人になって記念すべき初のイベントなんですから、戸川さん水を差すような真似したら承知しませんよー!」

 クラウドモールの九階、その一番東の端に位置する、和風カフェ、空木(うつぎ)

 店の名前と今の季節は残念ながらずれているけれど、ちょっと古民家っぽいテイストの内装と畳敷きの家具などが、見た目にも香り的にも結構楽しいお店で、坪庭が見える個室なんかもあって、まさしく今、そこにいるんだけども。

 ぶっちゃけこの人じゃなくて、どうせなら彼氏と来たかったよねー、などと思うわけで。

 「えー、そこまでネタ提供してきたんなら、自分の立ち位置理解した上で頑張ろうよー。そうだなー、手始めにこの馬マスクとか鼻眼鏡とか着ぐるみとかさー」

 「なにちゃっかりカタログとか出してきてるんですかー!!ていうかこれ各種コスプレ衣装まで揃ってるし、なんかただの趣味っぽい!」

 「だって、やっぱユニット組むんだったら衣装重要じゃん?そんで、女の子は華やかにメイド服とかでー、男はまあ添え物だしどうでもいいから適当でー」

 「森谷さんと内野さんに吊るし上げ食らいますよー、確実に」

 ホットほうじ茶ラテの入ったカップを片手に、へらへらと笑いながらまさに好き放題の提案を繰り広げてきた戸川さんに、あたしはさすがに呆れながらも、テーブルいっぱいに広げられた、レンタル用のカタログに目をやった。

 一応、余興を何にするかという打ち合わせは、もう参加メンバー全員で済ませてあるから、今から内容が変わることはない。だけど、せっかくのお祝いだしそれらしく衣装を揃えていっちょやりますかーって雰囲気にしようぜー、とか、珍しくまともなこと言ったよ!と思えば、これだし。

 「それに、あたしや川名さんは割とネタ衣装平気ですけど、内野さんは笑ってガチ切れしかねないし、里帆先輩は絶対無理!ってあわあわしちゃいそうだし」

 「ま、そうだろうけど。この前、井沢に話振ったらめちゃくちゃ面白かったからさあ」

 自分の分の抹茶パフェにスプーンを突っ込みながら、真面目に起こり得る問題点をそう指摘すると、戸川さんはあっさりと認めてきて、さらにカタログを指でつついてみせて。

 「あいつにこういうのどう?ってこれ見せたら、えっ、可愛いけど、って黙りこくって、真っ赤になってチラ見しながらうろたえてさー。森谷くんにはガン無視されたけど」

 「……ほんとに、他のカップルいじるの大好きですよねー」

 ていうか、ここまで来ると、もはや趣味の域じゃないんだろうか。

 あたしはしみじみとそう返すと、やや溶けかけたほうじ茶アイスを大きめに掬い取って、口の中に入れた。ほんのりと香ばしい香りが立って、でも甘くて、とても美味しい。

 と、何気ない感想に、ちょっと唇の端を歪めた戸川さんは、ラテにセットでついてきた、小皿に盛られていた一口大のクッキーをひとつつまみ上げて、

 「だって、楽しいじゃん?それに、皆が皆、しっかりがっちり関係築いてるんだから、俺が少々つついたくらいでどうにもなりませんて」

 変に開き直った口調でそう言うなり、小さなハート形のそれをぽい、と口に放り込んで、もぐもぐと噛み砕いてしまった。

 その様子を見ながら、これってもしかしてツッコミ待ちかな、としばらく考えてしまったけれど、元からじっと黙ってるのは性に合わないので、あたしは口を開いた。

 「ていうか、ずーっと好きだった人が結婚しちゃうのって、かなりショックですよね。おまけに里帆先輩は森谷さんと一緒に出席だしー」

 「清佳ちゃん、さらっと的確にダメージ与えて来ないでー、しかも二段構えだし」

 「井沢さんも内野さんのパーティドレス姿見られるって浮かれてるしー、川名さんとかそろそろ将来の参考にしよーかなーって割とマジで言ってましたしー、次は誰の番かなあ、って感じですよねー」

 そう喋りながらも、次の一口は抹茶ババロアと生クリームをいいバランスでいこうか、と考えつつ、グラスの底まで届く長めのスプーンを構えて、あたしはさらに続けた。

 「なのになんで、目の前の人はこんなんなんだろうなーって、ふと素朴な疑問がー」

 「……あのさ、そう言うけど清佳ちゃんだって彼氏いないでしょうがよ」

 「いませんけど、今はどっちでもいいかなーレベルの十九歳と、しょっちゅう次の恋が!黒髪眼鏡が!とか言ってる二十八歳じゃ条件が違い過ぎるじゃないですかー」

 しかも、せっかく告られたっていうのに、あっさり断っちゃうとか、意味分かんないし。

 遠慮なく投げた言葉に、不満そうにへの字口になっている戸川さんの顔を見返しながら、あたしは鮮やかなくらいに濃い緑の塊を、白いクリームごとごそっと持ち上げていた。



 恋愛沙汰っていうのは、正直に言っちゃうと、端から見ている方がよっぽど楽しい。

 告るのも告られるのも、あとの気まずさを考えれば諸刃の剣だし、その点友達とかなら、上手く行った時は際限なく冷やかし、だめだったならぱーっと奢ったりなぐさめたりして、一種イベント的に盛り上げちゃえばなんとかなるさー、って感じで。

 けど、さすがにこれは、フォローしようがないっていうか。こんなところで告白展開するとか、すいませんけど場所選んでくれないですかねーって思うわけで。

 「……悪いね、気持ちは有難いんだけど。ちょっと誰かと付き合うってのは無理かも」

 残業を終えて、疲れたし電車の時間もあるし、さっさと帰ろうと向かった、一階の裏口。そこに到達するまでに必ず通らなければならない通路のその途上で、よりによって佳境に入ってるとか、もはや気まずいなんてもんじゃないんですけど。

 とにかく、ホールに引き返すには微妙な距離だし、都合よく周りに身を隠すところがあるわけでもない。でも、戸川さんがこっちに向いてて、女の人は背中を向けている、という立ち位置だから、ここは潔く引き返すかー、と、じりじりと後ずさり始めた、その時。

 動いたのがまずかったのか、戸川さんがふっと顔を上げてきて、すぐにあーあ、という表情になって。

 「ごめん、人来たし、とりあえずもう帰りな」

 聞いたことのないような優しい声でそう言うと、ぽん、となだめるように女の人の肩を叩く。途端に、その人はびくりと身を震わせて、一瞬だけこっちを振り返ってくるなり、泣き出しそうに俯いて、裏口へと走り去ってしまった。

 細いヒールが作る硬い足音が完全に消えるまで耳を澄ましていたあたしは、小さく息を吐くと、未だぼーっと立ったままの戸川さんの近くまで、ずかずかと足を進めていった。

 「いっつも彼女ほしーい、とか言ってるくせに、マジで何やってんですか?」

 日頃顔を合わすたびに、清佳ちゃーん可愛い女子大生紹介してー、里帆ちゃんタイプだといいなー、とか、寝ぼけたこと平気で頼んでくるくせに。

 しかも、短いけど黒髪だし、遠目で見ただけだけど細くて可愛い人っぽいのに、なんて贅沢なことを、とか思っていると、戸川さんはへらっと笑って、

 「だって、眼鏡掛けてないんだもん、しょうがないでしょ」

 「それなら、伊達眼鏡掛ければ合格ってことですか?条件ばっちりじゃないですか」

 相手があたしだからって適当に誤魔化す気だな、というその態度になんかイラっとして、あえてきつめに責めてみる。

 と、戸川さんは、思わぬことを言われたかのように、細い目を見張って。

 珍しく、何か困ったように髪に手をやると、天を仰ぐように視線を上に向けて、

 「……それだけじゃ、なんか、違うみたいだわ」


 半ば、瞼を伏せて、疲れたように息を吐いて。

 どこか『違う』ところを見ているその姿に、触れない方がよさげな気がして。


 無遠慮に踏み込んで悪かったかなあ、と思っているうちに、戸川さんはばちっ、と音が鳴るほどに、自分の頬を両手で叩いて。

 それから、いつものへらへらした笑みを浮かべてみせると、

 「さ、反省会はこれにて終了ー。ほんじゃ、さっさと帰りますか」

 「当たり前にそうしますけど、戸川さん、顔に手形めっちゃついてますよ」

 すかさず切り返しながらも、何を反省してるのかなとか、どこが違うんだろう、とか、色々と引っ掛かるところはあったけど。

 多分、どれだけ突っ込んでもするっとかわされるだけな気がして、あたしは頬の赤みを消そうとごしごしとさすっている、戸川さんの横顔をじっと見つめていた。



 この披露宴のことを進めている間に、色々なところから、うっすらと話は聞いている。初恋の人が足立さんのお嫁さんだとか、高校時代から井沢さんと四人で仲良し、だとか。

 「でももう十年以上も経つんだし、里帆先輩はどう考えても見込みゼロだし、ほどよく後もなくなった感じだしいいんじゃないかなー、って思うのになー」

 「……なんで今日はそんな容赦ねえのよ、清佳ちゃん」

 「あたしにも、色々と思うところがあるんですよー」

 やっとたどり着いた、高いパフェグラスの中ほどに詰まったとろんとした抹茶ゼリーを頬張りながら、あたしは泣き出しそうだった、あのお姉さんのことを思い返していた。

 告白事件の次の日の、帰り際。

 ちょっとだけいいかな?って話しかけられて、最初は誰か分かんなかったけど、あの、戸川さんに、昨日、って言われて、ちょこちょこと話を聞いて。

 別に隠すことでもないから、彼女いないのは確かですよ、と教えてあげたら、ぱっ、と頬を赤くして、


 だったら、もう少しだけ、頑張ってみる。


 やっぱりちょっと泣きそうだったけど、ふんわりしたその笑顔は、凄く可愛くて。

 「堂々たるフリーのくせに、いっやーこんな人むげにするとかないわーこのタラシがーとかって思っちゃうのも、まったくもって無理もないと思うんですけどー」

 「結局思うところ全部口に出てるから!もー、そういうわけかよ……」

 ざくざくと切り刻む勢いで言ってやると、戸川さんは手にしていたカップをテーブルに戻して、深々とため息を吐いて。

 「……だってさあ、今までずっと、追い掛ける側しかやってこなかったんだよ」


 そう口に出した直後、俺は何言ってんだ、って顔になって。

 だんだんと、戸惑った表情に変わっていくそのさまが、なんか、面白くて。


 「追い掛けられてみればいいんじゃないですかー?あれも結構楽しいもんですよー」

 「うわー、なにその全然さりげなくないモテ自慢ー」

 「数少ない過去の栄光ですからねー。それに、ぼんやりしてたらマジで井沢さんの結婚どころじゃなくて、森谷さんにまで先越されかねないですよー?」

 ここぞとばかりににやにやを抑えもせずに畳みかけてやると、何か思い当たるところがあったのか、戸川さんは、ぐっと堪えた様子で、黙りこくってしまって。

 勝った!と謎の勝利宣言を頭の中で飛ばしながら、あたしは最後の小豆アイスに向けて、嬉々としてスプーンを突っ込んでいった。

 ……ていうか、あたしもそろそろ、好きな人見つけないとなあ、割と本気で。

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