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告げて、はじまり  作者: 冬野ふゆぎり
四月:
17/62

トラウマ、全開

 元々の性格が軽いのは自分でも承知の上だし、好みの女の子に対して取ってきた態度も、ぶっちゃけ反省したことなんか一度だってない。というよりは、先輩とか森谷くんとか、俺には逆立ちしたってやれっこないような、恐ろしくド真っ直ぐな攻め方をする度胸がそもそも備わってないと思っているのもあるが、それにしたって、なんというか。

 「なーんで俺って、こんなにタイミング悪いんっすかねー」

 たまに昼時に定食を食いに来ている、居酒屋『(すい)』のカウンター席、その端っこ。

 この際だから、思いきり酔うつもりで選んだ冷酒のグラスを一息に空けてしまってから、酒気を吐き出すついでのように、俺はそう零した。

 隣に座っていた足立さんが少し眉を上げながらも、無言でカウンターに置いていた瓶を取り上げると、目の前に差し出してくる。それに軽く頷きを返すと、微かな水音を立てながら注がれるそれをぼうっと見つめながら、また口を開く。

 「そりゃさー、そんなに都合よく好みの子が完全フリーとかってあるわけねえって思うけどー……今回ほぼ瞬殺じゃねえっすか」

 「仕方ねえだろ。あいつらだって、真面目に付き合って来てんだから」

 「ですよねー。分かってんだけど、それが一番キツいっすわー」

 これがもし、男が俺と同レベルの軽さだったりしたら、無理矢理割り込んでひっさらうくらいはやってのける自信はあるけど、もう目に見えて甘い雰囲気まで醸し出してるとか、まるで昔の一コマ一コマを、パラレルめいて再現してる感じで。

 しかも、二人ともめっちゃくちゃ純粋過ぎて、眩しくてなんか倒れそうで。

 愚痴混じりにそうぶつぶつと漏らすと、足立さんはもうひとつのグラスに手酌で注ぎながら、容赦ない口調で言ってきた。

 「だったら、最初っからちょっかい出すなよ。お前、人のことに聡いわりに、自分から突っ込んでたびたびダメージ食らってんだろうが」

 「……あのさ、先輩がそれ言うの?俺がこういう行動パターンになったのって、間違いなく二人のせいだからね」

 もう十年以上も前のことが、やけに鮮明にフラッシュバックするのを感じながら、俺はことさらに唇をひん曲げてみせた。

 お互いにいいトシになって思い返してみれば、例えばそれぞれの家庭の事情とか、進路絡みのこととか、皆が皆、色々抱え込んでたものがあった、ということは理解している。

 俺も先輩も遥さんも、ついでに井沢も、所詮未成年で、学生で、まだまだ力もなくて、そのくせ、肝心なとこで空回りするばかりのエネルギーだけは山ほど持ってて。

 そんな中で、俺は結局自分の動きたいように動いただけだってのも、分かってはいるけど、それでもなんとなく、切ないばかりの感情が沸き上がって来たりして。

 それに、欲しいと思ったものに限って、触れそうで触れないとか、大概きついし。

 「分かってる。だから、あん時にやめとけ、って言ったんだろうが」

 「……それって、どっちのあの時?」

 淡々とした足立さんの言葉に、俺は思わず尋ね返していた。

 この人にそう言われたのは、記憶の限りでは、たったの二回だ。

 昔から割と阿呆なことはしてきたけど、余程のことがない限りは止めない人だから、おそらく間違いないはずで。

 すると、珍しく虚を突かれた表情になった足立さんは、何か思い返すように眉を寄せて、

 「……どっちも、だろうな」

 呟くようにそう言うと、舌を湿らせる程度にグラスに口をつけて、さらに続けた。

 「後の方は、九割方出来上がってるところに今更割り込んでも勝ち目ねえから、単純に止めるつもりだったんだよ。昔の方は……」

 さりげなく、里帆ちゃんのことは全然さっぱり見込みがなかったっすよー、って含みを全開で言ってくれるのに、密かにちくりと胸を刺されつつも、じっと答えを待つ。

 何しろ、今の今までお互いに腹の中に秘めて、ずーっと口にしてこなかったことだから。

 「……言った時に、あいつに惚れてる、って気がついたからな。無意識に、卑怯な真似しちまってたのかもしれねえ」


 ……ちょっと待って、マジで俺がトリガーかよ。

 っていうか、その後も俺にも、遥さんにも一切態度変えてなかったくせに、卑怯も何も。


 「もー、あだっちゃん先輩なんなのその純情っぷりー……俺、遥さんはともかくさあ、先輩の方はそれっぽいけどどっちなん!?って割とギリギリまで悩んでたってのにー」

 今更ながら、頭を掻きむしりたいような気持ちでそう零すと、足立さんは意外そうに眉を上げて、

 「お前には、全部ばれてるもんだと思ってたんだけどな。それにあん時まで、あいつの気持ちだってさっぱり分かんねえままだったし」

 「いやもう、それって先輩だけだから!最後の方なんか傍から見てもバレバレだったし、俺にまでうっすらだけど零してるくらいだったんだからさー!」

 卒業したら、それでおしまいなのかな、って、ぽつりと呟いて。

 さすがになんて言っていいか分からなくなって、外を見てる横顔を眺めてるしかなくて。

 それで、あんな自爆気味な行動に出ちまったっていうのに、この人はもう。

 「もっとさっさと動いときゃ良かった……俺に気ぃ遣うくらいなら、遥さんの方向いてやれよ、ってずーっと思ってたんだからなー、マジで」

 ぐだぐだと溜まっていたものをこの際吐き出しながら、鼻水が出そうになってちょっとすすり上げていると、足立さんはジャケットのポケットをごそごそと探って。

 やけに可愛い花柄のティッシュケースを取り出してくると、俺に差し出してきた。

 「悪かった。その分、あいつのことは大事にしてるから」

 「……知ってるよ、そんなん」

 ちゃんと付き合い始めてから、彼女は可愛い通り越して、すっげえ綺麗になって。

 先輩だって、真面目に黙々仕事して金貯めて、色々と細かいカタつけて、誰にも文句を言わせないくらいにして。

 だから、良かったなー、って、すんなり納得しちまえるようになったんだから。

 未だに引きずってんなー、とあらためて自覚しながら、腹いせのように五枚くらいのティッシュで思いっきり鼻をかんでやった途端、俺のスマホが音を鳴らした。

 とりあえず、見た目にもやばい状態のゴミをトイレに行くついでに捨てて来てから、席に戻りざま液晶を見ると、井沢からメールが飛んできていた。



 件名:相談なんだけど

 差出人:井沢(いざわ)森一(しんいち)


 本文:

 明日の服装って、これでいいと思う?

 さんざん悩んだんだけど、自信なくて……



 短い本文に添付されていたのは、ベッドの上にきちんと並べて広げられた、見るからにデート用のコーディネイト一式、という感じの画像で。

 羨ましさのあまり、投げやりにいーんじゃねーのー、とだけ返してやろうかなー、とか考えつつ、椅子を引いて座った時、追撃のようにまたメールが届いた。



 件名:元気ですかー?

 差出人:初島清佳


 本文:

 戸川さんが黒髪の子が好きっていうんで、

 友達にヅラ借りて撮ってみましたよー!


 ほんとは、誰か好みそうな子を紹介するか!って

 声掛けてみたんですけど、意外と黒髪いなくてー。

 とりあえず、これで我慢しといてください!



 「……どっか、気の遣い方が斜め上だよね、清佳ちゃんって」

 ストレートロングのウィッグに合わせたのか、それっぽい黒縁眼鏡まで装備してはいるものの、ポーズはあー女子高生抜けきってねえなー、って感じの飛ばしっぷりで。

 半笑いのままそう呟くと、画像にちらりと目をくれながら、足立さんが言ってきた。

 「それでも、お前の様子に真っ先に気付いたの、初島だぞ。あいつなりに励まそうとはしてんだろ」

 「え、そんじゃ今日のってもしかして、清佳ちゃん主導?」

 意外な言葉に、俺が顔を向けると、足立さんは目の前にあるメニューを手に取りながら、小さく苦笑を刻むと、

 「早瀬さんとなんかあったんじゃないですか、って初島に相談されたから、俺が倉田に聞いて、そっから当たりつけたんだよ。お前並みに良く見てんな、あいつ」


 ……なんか、そう言われると、色々と複雑なんですけど。

 ひょっとして、似た者同士だから気が合うってだけかもしんねえけど、しかし。


 読むのはそこそこ得意でも、読まれるのはかなりむずがゆい、と変な風に実感させられながら、俺はとにかく話をどっかにそらそうと、いいネタを提供してくれた井沢の画像をもう一度開いてみせた。

 ……あー、もう、なんでもいいから、全員とっとと幸せになりやがれ、って感じ。

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