公爵令嬢 西園寺葵の回想
前世での私は、大宮桃花という19才の女の子だった。
10才で心臓病になってから、20才までは生きられないだろうと言う医師の診断通りに19才で亡くなった。
学校にはほとんど行けずに、入院していない間も、自宅療養を余儀なくされた。
そんな私の憧れであり、希望であり、楽しみが乙女ゲームだった。
学生生活を送る事の出来なかった私は、特に学園ものと言われる乙女ゲームが大好きだった。
主人公に自分を投影して、疑似体験をする。
しかも、漫画や本と違い自分の好みの男の子を選んで仲良くなれるのだ。
洋服や小物を自分で考えてコーディネートする、デート場所を選んだりできる。
私は、夢中だった。
そんな私に運命の出会いが訪れたのは、16才の時だった。
…『スクールリングに永遠の愛を』と出会い、その中の登場人物に恋をしたのだ。
最初は、自分の年齢と同じ16才ということに親近感を覚えたのだと思っていた。
次に、華奢で可愛い主人公がどんな逆境にも、理不尽なことにも逃げずに立ち向かう姿に、勇気をもらっているのだと思った。
そしていつしか、辛い境遇のこの子を、守ってあげたい、助けてあげたい、友だちになりたい、不甲斐ない攻略対象者達ではダメだ、この私がと願うようになった。
もちろん、自分の身体さえもままならず、学校に通う事さえできない私が何を言うのだと何度も思った。
結局、私はこのゲームの主人公になりたいのだろう。
そう結論づけたことも、何度もあった。
けれど、この感情がそんなものではなく、恋に近いものだと気づいたのはいつだったのか。
当然、私は戸惑った。
10才から闘病生活を送っている私は、恋をしたことがなかった。
そんな私の初恋が、ゲームの中の、しかも攻略対象者ではなくて自分と同じ16才の女の子だなんて。
それまでは、一度も同性を恋愛対象としてみたことはなかった。
だからこそ、男の子達と恋をする乙女ゲームに熱中していたのだし。
それが、神木遙香ちゃんにこんな感情を持つなんて。
…そう、主人公の名前は神木遙香。
前世での神木遙香ちゃんと同じ名前なのだ。
これは、偶然ではない。
ここは、パラレルワールドなのだ。
まだ、質問されていないが、もし遙香ちやんに前世での名前と今の名前が同じ理由を聞かれたら、ゲームの主人公は自分で名前を変更できるのだと答えるつもりだった。
実際に、そうだったし。
自分の名前に変更してプレイする子は多かったと思う。
今のところはまだ、パラレルワールドの事や私が知っている全てを説明するつもりはない。
前世で亡くなったばかりで、突然この世界に来た遙香ちゃんにとっては、覚えることも多すぎるし、学園生活に慣れるだけでも、手一杯だろうから。
では、なぜ私の名前が違うのかと言えば、やはりパラレルワールドだからなのだ。
日本では廃止された華族制度がここでは残されているように、この世界は選ばなかった、或いは捨て去った、別の世界である。
華族である私たちは、未だに政略結婚なるものを行っているし、自由恋愛であっても、爵位は違えど華族同士であることが普通だ。
だから、日本とは別の人と結婚している可能性が高くなる。
とは言っても、前世で暮らしていた大宮家も、西園寺家の奔流であり、いわゆる分家筋に当たる家柄だったので、全く違う訳でもない。
まぁ、全てを比較することは出来ないので、考えても無駄であろう。
とにかく、19才で亡くなった私は、シン様に示された多数のパラレルワールドの中から迷う事なくこの世界を選び、いつか来る遙香ちゃんとの出会いに備えるべく生きてきた。
私には、と言うか普通の場合なら、選択肢はたくさんある。
パラレルワールドは、無数に存在しているからだ。
けれども、遙香ちゃんは違う。
どうしても、この世界に来る必要があったので、シン様が無理やりここを選ばせたのだ。
選択肢がここと、RPGのお色気担当である踊り子だと聞いた時には笑った。
遙香ちゃんの魂なら、RPG世界であれば必ず聖女になるのだ。
しかも、本来ならば0才からの転生になるはずが、16才のままなのだ。
イレギュラー続きの特殊枠となる。
これも、シン様が初めて人間を愛してしまったせいであり、シン様と利害が一致した遙香ちゃんを溺愛する迷惑なヤンデレ男のせいでもある。
ゲーム内より更に複雑な展開のような気がするが、私は全力で遙香ちゃんを幸せにするのだ。
姿を見るだけでも、同じ学園に通えるだけでも、嬉しいと思っていたのに。
初対面から、抱きついてもらえた。
お姉様と呼んでもらえた。
あぁ、なんて幸せなわたくし。
西園寺葵に生まれて、本当に良かったですわ。