人生初の乙女ゲームがリアルなやつってどういう事なの?
一般ピープルが住む朝の静かな住宅街に、1台の場違いな車が止まった。
西園寺家からの迎えの車だ。
私は、乗り慣れたコンパクトな国産車に乗って、父に送ってもらいたかったのだが、セキュリティの問題から無理だと西園寺家様から丁重にお断りされたのだ。
それにしても、どこぞの大統領やヤクザの大親分が乗っていそうな、黒光りしている長い車はなんだろう。
イケメン細マッチョなお兄さんが、ドアを開けてくれているのだが、そのドアの分厚いこと。
たぶん防弾ガラスであろうミラーの頑丈そうなこと。
私は、我が家の自家用車でさえも色が同じなら、他の車と間違えてしまう程に車には興味がないのだが。
テレビでしかお目にかかった事のないこの車が普通ではないのは分かる。
一体、何の危険が待ち構えていると言うのか。
むしろ、この戦車のような車に乗る事によって、怪しい事件に巻き込まれる気がする。
やはり金持ちは、常に命を狙われているものなのだろうか。
隙あらば敵対勢力が、襲撃してくるのであろうか。
人様に恨まれる程だから金持ちになったのか。
金持ち喧嘩せず、は、机上の空論なのか。
私が思い惑っている間にも、私以外の家族3人は何だか楽しげで、危険な車を前にして、大いに盛り上がってはしゃいでいる。
朝早いと言うのに、しかも、姿は全く見えないというのに、ご近所の皆さんの熱い視線をひしひしと感じる。
きっとカーテンの影から、あれこれと想像を巡らせながらも耳をダンボにして様子を伺っているのだろう。
そりゃあ、気になるよ。逆の立場なら、私だって気になるもん。
こうして私は、万歳三唱しそうな家族と、見守っているだろうたくさんのご近所の皆様を残して、西園寺家へと出発した。
発車してから、10分も経っていないはずなのに、車は突如として、異次元空間に突入したかのような、閑静な高級住宅街に辿り着いていた。
まず、信号や電柱がほとんどない。更には、道路標識や横断歩道もない。
手入れの行き届いた真っ直ぐな道沿いに、意匠を凝らした大邸宅が建ち並んでいる。
人影はほとんどなく、個人宅でそれぞれ雇っているのであろう警備員の方々がいるのみだ。
どこの豪邸も、長年この土地に馴染んでいるという誇りと歴史を感じさせる重厚感がある。
きっと、何百年もの間、この地で先祖代々生活をして、貴い血を受け継いでいる華族の方がお暮らしなのだろう。
そして、その間には血で血を洗う、壮絶な骨肉の争いや不祥事、一族間の覇権争いが幾度も繰り広げられてきたに違いない。
車が戦車なら、お屋敷はまるで要塞のようだもの。
ひー、怖い。けれどもこんな車に当然のように乗り、日々生活しているお嬢様、お坊ちゃま方と同じ学園で過ごす事になるのだ。
これからお会いする、たったお一人の公爵令嬢様に怯んでいてどうする。
こちとら、1度死んだ人間なのだ。頑張れハルカ。負けるなハルカ。死ぬこと以外はかすり傷。
新たな合言葉を胸に秘め、自らを励ましながら窓の外の豪邸を眺めていると、車は西園寺家へと到着したのだった。