義姉妹の契り
「誓いの儀式をやりましょう」
お姉様はそう言うと、急いで準備をしないと間に合わないと、電話をかけ始めた。
その間、私は暇なので、西園寺家のグランドピアノを弾かせてもらう事になった。
スターフィラン製のピアノは、1台ごとに特注品になるのは当たり前の事だが、さすがは公爵家の財力、驚く程に指にすんなりと馴染んで弾きやすい。浮かれた私はよそ様の家だと言うことも忘れて、好きな曲を全部弾こうと夢中で弾いていた。
10曲以上は、弾いただろうか。
満足した私は、ハタとお姉様の事を思い出した。
慌てて、部屋を見回すと、なんと、ピアニストの西園寺百合子様がドアの入口で泣いていた。
泣いていたなんてものではないかな。
号泣していた。なんか、激しい嗚咽まで漏らしているのに、何故私は気がつかなかったのか。
自分で自分にビックリだ。
憧れの百合子様に気がつかないなんて、ハルカのバカヤロー。
それにしても、はてさて、これはどんな状況なのか。
…このピアノには、西園寺家の者しか弾いてはいけない決まりがあったのか。
…はたまた、このピアノは百合子様専用だったので、私が弾く事でおまじない的な何か、験担ぎ(ゲンカツギ)のようなものがなくなったのを嘆いているのか。
葵様は、ヴァイオリン専攻なので、この家のピアノを弾く事はほとんどないと言っていたから、知らなかったのかもしれない。
それにしても、凄い泣きっぷりだ。
クールビューティーで有名な百合子様がこんなに泣くなんて。
しかもどうやら、私が原因のようだ。どうしよう。
焦りながらも、どうにもできずに困っていると、救いの女神、葵お姉様がやって来た。
「叔母さま、いらしていたのね。でも、どうなさったの?」
号泣している百合子様に、怪訝そうに尋ねた。
やっぱり、血縁者だったのか。叔母と姪の関係なのね。
葵様の登場によりすっかり安心した私は、2人の顔を眺める余裕ができていたので、目が似ているような気がするな、泣いて腫れているから判りづらいけど、などと他人事のように観察していた。
葵様の登場に、ほとんど飛び上がりそうな勢いで、分かりやすくオロオロとして驚いたのは百合子様だった。
「あのね、今度、特待生が来ると聞いていたから不思議に思っていたのよ。今までそんな事はなかったものね。
そうしたら、葵がその特待生を家に呼んだとお兄様がおっしゃるものだから、それで、ここに来たのよ。だって、わたくしの生徒になるのだもの。理事長が感動して星蘭学園に編入させるなんて、本来ならばあり得ないことよ。前代未聞だわ。わたくしの目で見て、音を聞いて、確かめなければと急いで来たのよ。なのに、葵の部屋へは立ち入り禁止だと言うじゃないの。
例え、百合子様でもダメだと言われて、待たされていたのだけど。
ピアノの音がしたから、音につられて思わず来てしまったの。
来て、良かったわ。本当に良かったわ。」
と言いながら、また泣き出した。
良かったと言うことは、怒っている訳ではないよね、とホッと一安心したが、また泣き出してしまった百合子様をどうすれば良いものかと、助けを求めてお姉様を見ると、百合子様を訝しげにジッと眺めながら、何やら考えこんでいるようだ。
そんなお姉様の視線を感じた百合子様は、慌てたように
「亡くなってしまった大切な人に、似ていたのでビックリして涙が出てしまったの。
似ていると言っても、姿じゃないのよ。ピアノよ。
奏でる音や雰囲気が似ているの。
明るくて優しい、軽やかで華やかなのに、癒される深い音がそっくりだわ。難曲でも何でもないように楽しそうに弾くところや、テンポも似ている…。
とても、とても、とても大切な、大好きな方だった。ピアノも本人も。
ずっと憧れていた方だったの。わたくしが、ピアノを好きなのはその方の影響なのよ。
今のわたくしがいるのは全て、その方のおかげなのよ。
だから、取り乱してしまって。二度と聞けないと思っていたのに、幸せだわ。遙香様、貴女を歓迎致します。星蘭学園に来て下さるなんて、本当に嬉しいわ。」