一章 0 世界への怨嗟
輝く魂たちの歌が聖堂へと響き渡る。
空高く、かごの中の小鳥の鳴き声。
山中を木霊する、獅子の咆哮。
闇夜を疾る狼の遠吠え。
湖に溺れる緋色の花の波紋。
蒼穹に縛られる雲と吹きつける風。
呪詛、憤懣、世界を呪う声。
運命を、感情を、自らをとりまくすべてを悩む声。
それは泣き声にも、笑い声にも、叫び声にも聞こえた。
*
知的好奇心の犠牲。
終わらない苦しみへの焦燥、困惑。
手の届かない憧憬。
識らないことへの恐怖。
識ることのできなかった後悔。
愛せず、愛されないことへの無念と不満。
過ぎたことを望む下等への嫌悪。
外道への軽蔑。
罪を知らないものへの羨望。
怨嗟の声への罪悪感。
包まれるすべてへの害意、殺意。
いつか来る赦しへの期待。
双子の宝石の優越感。
二対の石ころの劣等感。
助けてくれないすべてへの怨み。
生きることの苦しさ、切なさ。
世界への怒り。
死への諦念。
生への絶望。
与えられず、奪われる空虚。
渦巻く運命への信頼、裏切り。
あるべきものがない、喪失感。
ないものはなに、焦燥。
たりないものは、困惑————————————
不当な運命、不当な喪失、不当な時間。
許さない、憤怒。
橙が輝く。
剣戟と怒号と悲哀。
失われる。
不当な運命、不当な喪失、不当な時間。
信じない、傲慢。
紅色が閃く。
連ねられる文字とゆがめられる歴史。
失われる。
不当な運命、不当な喪失、不当な時間。
妬ましい、嫉妬。
灰色が零れる。
磨かれた輝き、朽ちていく感情。
失われる。
食らいつくす、暴食。
黄色が弾ける。
満たされない空虚と渇望。
失われる。
見ないふり、怠惰。
茶色が迸る。
渦巻いた光と癒えない心と。
知ったことか、色欲。
何も知らずに、愛に身を潜められるなら。
奪い返す、強欲。
喪失、奪取、決して逃がさない。
不当な運命、不当な喪失、不当な運命。
しかし、正当な結末。
識って想って記して、
憂い続ける、憂鬱。
重ねて塗って壊して、
隠し通す、虚飾。
————————————失われた。
*
紫も青も消えた。
弾ける輝く閃く零れる光の中であふれ出す哄笑。
失われた輝きは宙をさまよい、戸惑うように揺れて。
橙色のそれに、自然と手が伸びる。
「おいで」
————————————刹那、聖堂から光と音のどれもが失われた。