秘密の特訓
エミリアが……
俺は父に呼ばれ、執務室に来た。なぜ呼ばれたかは明白だ。
今日、クラージュ少年へ言ったことについてだ。
俺があの場で言ったことはすぐに貴族社会に広まっていった。
執務室の門番が王太子様が来られました。
といい、扉を開けられる。俺は内心びくびくしながら中に入って行った。
中には父と右大臣と俺が見たことがない男がいた。
その男は本当に歴戦の戦士とように見える。
顔や体のあちこちに傷があり、年はとっているが一目見たら気絶しような怖い顔をしている男だった。
「よく来たな。なぜ呼ばれたか分かっているな。お前はあたまがよいと思っていたのだが、なぜあんな所であんなことを言った?」
いつもの父の雰囲気とは全く違う、威圧感のある声で言った。
いつもと違う父の姿に驚きを隠せなかったが、ここでひるんではならないと思い意を決して口を開いた。
「はい。その意味は分かっております。しかしあの少年は私の見立てではこの国の英雄になります」
そう、俺のような王族が大勢の人の前で特定の人を特別視するようなことは基本的に言ってはならない。
もし、その相手が身分と能力が高ければ問題にはならないが、俺が言った男の子は下級貴族でステータスも低かった。
そんな子にあんなことを言った俺は、貴族社会に人の見る目がないと宣伝しているようなものだった。
そのことを心配して、父は起こっているのだと思う。
俺の言った英雄という言葉に怪訝な反応を示しながら父は言った。
「英雄?調べてみればその少年は普通以下のステータスではないか。どのような根拠でそんなことを申すのだ?」
「根拠なんてありません。直感です。ですので1年、いえ半年私に猶予を与えてくれませんか?その間にあの少年を将来英雄になるということを皆に納得させます」
父は大きく出たなといい、俺を優しい目で見る。その目はまるで子の成長を喜んでいる目だった。
父の左右にいる男たちは父に何かを言いたそうだったが、どちらも口を挟まなかった。
「そこまでいうならやってみなさい。しかし、失敗したらお前の信頼はガタ落ちだぞ。
キャロットから頼まれた少年の滞在費は俺が払おう」
「ええ、そうでしょうね。しかしもし成功したら私の評価はうなぎ登りですね。
滞在費の件、ありがとうございます」
「それと、チャキセス家の次男のことだが。お前はあの者に何か罰を与えるかはあるか?話によるとあの者は随分と舐めた真似をしたようだな」
あぁ。そんな事もあったなー。と遠い昔を思い出すように目を細めた。
別にあんな奴どうでもいいや、と思いそのように言った。
「いいえ、そんなことは考えておりません。それに舐められないように脅しましたし」
溢れんばかりの笑顔でそう言った。
そんな俺の様子に父は少し苦笑いしながらも、そうだな。と言い、それ以上は何も言わなかった。
俺は失礼します。と言い振り返る。
部屋から出るとき、父が小さな声で昔の俺にそっくりだ。と言った声が聞こえた。
自分の部屋に戻り、キャロットがどうなったかを聞いてきた。
俺は執務室での話を簡単にして、キャロットに頼みごとをした。
「今からあの少年をここに呼んできてくれ。少々の用事ならいいが、できるだけ早く来させてくれ」
「はい。それは構いませんが、王太子様はどうなさるおつもりなんですか〜?」
少し頬を上げながら、イタズラ顔で秘密だ。と言った。
――――――――――――――――――――――――
キャロットが俺の頼みを聞き入れ、部屋を出て行って4時間後、暇つぶしに本を読んでいる俺にドアをノックする音が耳に聞こえた。
「王太子様。連れて参りました〜」
「そうか。入れてくれ」
そう言い、扉が開かれる。
キャロットとクラージュが入ってくる。キャロットはいつも通りの腑抜けた顔だが、クラージュは今にも気絶しようなほど緊張していた。
キャロットが俺の机を挟んで正面に椅子を準備する。その後、お飲物はいかがしましょう?と聞かれ、俺はいつもの。と少しカッコつけながら言った。
キャロットがクラージュの方を向くが、何も言わない。どうやら聞いていなかったようだ。もう一度尋ねる。
クラージュは挙動不審になりながら紅茶をください。と言った。
キャロットは部屋から出て行った、2人きりになったがクラージュは一向に俺と目を合わせようとしない。
心の中でため息をつきながら、できるだけ優しく座りなさい。と言った。
「いえ、大丈夫です」
いやいや。一応貴族のお前を立たせながら喋ることはできねーだよ。
あー、めんどくせーな。
「いいから、座れ」
あえて、少し苛立ちを隠せない様子で言った
その甲斐あって、彼は座った。床に。
彼の奇行に呆気にとられていると、扉がノックする音が聞こえ、キャロットが飲み物を持って入ってきた。
一瞬、今の状況に呆気にとられたがクラージュの方に近づいて、言った。
「クラージュ様。そこではなく、椅子にです」
「いや、しかし。私のようなものがフラムスティード様と肩を並べるのは、恐れ多いです」
キャロットは呆れていた。心の中でこいつは貴族かよ。と言っているのがありありと分かる。
少し面倒になったのか冷たい声で俺に向かって、
「よろしいですよね?王太子様?」
「あぁ、もちろんだ。元々そのつもりだ」
俺の言葉を確認すると、キャロットは無理やりクラージュを立たせて椅子に座らせた。
これでやっと話せると思い、飲み物を入れるキャロットを見ながら待つ。
どうぞ。といわれ、ついも通りの甘々のカフェオレを飲む。このカフェオレに入っているミルクは特製だ。
牛人族の女の子が入れた、特製ミルクが入ったカフェオレだ。ぐへぇぇぇ。
(主人さま。今はお控えください。目の前の少年がびびっています)
なんだ?少年に対して随分と優しいな。
嫉妬をしてしまうなー。
(うるさい。黙れ。ただ、この少年が主人さまに振り回させていて見ていられないだけです)
そうですかい。そうですかい。
俺のどこが振り回しているのかなー?と思いながらも、いい加減話を進めようと思い、彼を見た。
彼は未だに紅茶を飲んでいなかった。まあいつ飲むのかは好きにしたらいいが、この様子ではいつまでも飲まない気がする。
「なあ、飲まないのか?キャロットが入れた紅茶は絶品だぞ?」
「あっ、はい。すみません。頂きます」
そう言い、ぎこちなく紅茶を飲む。ぎごちなかったがその飲み方はある程度形になった飲み方だった。
忘れそうになるがこの子は貴族だったなと感じた瞬間だった。
俺は話をしようと思ったがその前にしなければならないことを思い出し、斜め後ろにいるキャロットを見た。
「なあ。キャロット。今からこいつとする話は秘密だ。それを守れないならこの部屋から出て行ってくれ」
俺の前にいる少年は驚きながら、俺とキャロットを見ていた。しかしキャロットはまるでそう言われることが分かっていたように無表情だった。
「王太子様は国や陛下に害の為す事をなさるおつもりですか?」
「いいや。そんなことしないよ。ただ、ばれないようにこの城を抜け出すだけだよ」
俺は笑いながらそう言った。その言葉にキャロットも笑い出した。
クラージュはどういうこと?と思いながら首を傾げていた。
「まだ、秘密を約束していない私に秘密を言ってもよろしいですか〜?」
「なんだ?キャロットはこのことを誰かに言うのか?」
「いいえ、言いませんよ〜」
俺は知ってるよ。と言った。
この茶番はクラージュに俺とキャロットの信頼度を見せるデモンストレーションのようなものだ。
何度か言っているが、キャロットはごく稀に見る天才だ。そんなキャロットが俺のことを非常に信頼していると見せたかったのだ。
実際、キャロットはあちこちで伝説を残している。そのため今の俺より人望はある。クラージュもキャロットの凄さは知っているだろう。
茶番を終え、クラージュの方を改めて見る。
これのさっきの城から抜け出す。と言う言葉にハテナマークをさせていた。
今からその説明をしてあげるよ。と思いながら口を開いた。
「俺はお前に訓練を行いたいと思う。戦闘訓練だ」
俺の言葉にはっ?と言う顔をしたが無視をして続ける。
「お前にはごく稀に見る戦闘の才能がある。しかし今のままではそれが生かされない。だから俺と戦闘訓練をしてもらう」
「お話に割り込んで申し訳ありません。戦闘訓練と言いますが、王太子様は戦闘のご経験はあまりなかったと思いますが?」
その言葉にクラージュをうんうん。と首を頷いていた。そうだ、俺のステータスには戦闘系スキルがなかった。
おそらくそのことを言っているのだろう。
だが、問題はない。先生がいてるからな
「大丈夫だ。先生がいてる。転移魔法すら操ることのできる素晴らしい先生だ」
俺の言った、転移魔法という言葉は2人は信じられない様子だった。
それはそうだ。転移魔法は数千年に一人ほどしか使える人が現れない、そんな魔法だ。
彼らの表情は、それを使えるという人物を今まで知らなかったことへの驚きと俺がそんな人物を知っていることへの驚きだろう。
「その先生の名は紫衣と言う」
(はぁー。やはり私ですか。そうだと思っていましたよ。このどうしようもない主人の野郎は)
やって頂けますか?
(後で私の前で3回回ってワンと言えば、やってあげなくもないですよ)
やらさせて頂きます。むしろご褒美です!
(そう言うと思いましたよ。この変態は)
俺と紫衣が取引?していると、どうやら2人が再起動したみたいだ。
「王太子様はそんな方といつお知り合いになったのですか?」
「秘密だ」
キャロットは少し頬を膨らましたが、諦めたようでそれ以上はなにも言わなかった。
クラージュが何か言いたそうだったので、どうした?と聞いた。
「はっ、はい。フラムスティード様が僕のことを訓練したいことは理解しましたが、僕のステータスはご存知の通り普通以下です。到底、フラムスティード様が望むようなことにはならないと思いますが……」
「大丈夫だ。俺の感は大抵当たる。お前は先ほど言ったが、稀に見る天才なんだ。俺の感がそう訴えている」
はあ。と言い、それ以上はなにも言わなかった。
腑に落ちない顔をしているクラージュに言った。
「いずれか、その意味が分かるさ」
――――――――――――――――――――――――
今日はクラージュを帰らせて明日に訓練を行うことにした。
今日の晩に誰もいなくなった後、紫衣と訓練の作戦を練り始めた。
レベル上げって、どこでやる?
やっぱり、適当な森?
(いいえ、ダンジョンがよろしいかと思いますよ)
えっ?でも、ダンジョンの場所がばれてしまうのでは?
(転移をすればよろしいのでは?)
あぁ、そうか。そうだな。
じゃあ、エミリアに断っておく必要があるな。
エミリアなら紫衣が頼めば一瞬て了承してくれるだろう。
(はぁ。会いたくありませんけど、仕方ないですね。どうしようもない主人さまのお願いですからね)
ありがとう。紫衣!
愛してるよ。
(なに、ふざけこと言っているんですか。話を進めますよ。明日はどのように合流するおつもりですか?)
あれ?照れると思ったんだけどなー。照れないだと……免疫がついたか?
ここで合流したらいいんじゃないの?
デモンストレーションとして転移して、ここに来たらいいじゃん。
(あぁ、そうですね。それが一番手っ取り早いですね)
よし、これでいいよね。それじゃ、エミリアのところに行こうか。
そう言い、ダンジョンの最深部のエミリアの部屋に転移した。
急に現れた俺の姿にエミリアは驚愕していたが、すぐに跪いて言った。
「私の親愛なるご主人様。どうかお姿を現してください」
嫌そうだったが、紫衣はスキルを使って出てきた。
後は任せた。頑張れ。と言い、紫衣を応援する。
「面をあげなさい。エミリア。今日はあなたに頼みがあってきたの」
「紫衣様は奴隷の私に頼みなんて言葉お使いになってはいけません。命令するでよろしいのです」
エミリアは光悦の表情をしながら言った。
幼い見た目のエミリアがそんな顔をすると、犯罪臭が漂うのだが、今は俺と紫衣しかいないから問題はない。
その表情をカメラに残したいなー。と思いながら、エミリアの表情を脳裏に焼き付ける。
「そう。それでは命令します。私の言うことを聞きなさい」
いやー。流石のドSっぷりですねー。その目がたまらない。
エミリアの目がハートになっているように見える。
幸せそうな表情でエミリアは答える。
「はひぃーー。喜んで!その命令に従います!」
「明日、このダンジョンの雑魚モンスターを倒します。魔石は後で返しますので、そこまで負担はないと思いますので」
淡々とそう言い、スキルを使って俺の中に戻ろうとする紫衣。
しかし、何かを思い出したように踵を返した。
「主人はたまには奴隷にも優しくしてあげないといけませんね。ほら、エミリア。私の足を舐めさせてあげます。いえ、舐めなさい」
その言葉を聞き、エミリアは光悦の表情を超えて泣き出した。
それは。それは。ブッサイクに鼻をヒクヒクさせて。
エミリアは泣きながらも這いつくばって紫衣の足下に来た。
そして、ゆっくりとゆっくりと情けなく舌を出しながら紫衣の足に口を近づけていく。
足をひと舐めした瞬間、びくびくと体を跳ね上がらせて、白目を向いたまま気絶してしまった。
紫衣は振り返り、俺の方を向いた。
その時の紫衣の表情はエミリアを支配したような満足気な顔だった。
紫衣は小さな声で女は女でいいな。と言い、スキルを使って俺の中に入っていった。
なにも言うまいと思い部屋に戻ろうとしたが、ふと同族のことが気になった。
この後、目が覚めたらご主人様がいなくなっているのはかわいそうだと思い、アイテムボックスから紫衣の匂いが染み込んだ服を置いてあげた。
その服を魔法で真空状態にしたままで。
その後、部屋に戻った。部屋に戻るとすぐに紫衣がスキルを使い出てきた。
ん?どうしたんだろう。と思っていると。
「おい。豚。さっきのでいきり立っただろ?今日は沢山虐めてやるよ」
「ぶひぃ。ぶひぃ、ぶひぃーーーー!!」
心の底から悦びを感じるのだった。
なぜ、エミリアはあんな風になったんだ!?
次はクラージュ視点を入れようと思っています。
この話で書けなかった、訓練シーンも少し書きたいと思っています。