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幽霊部員と幽霊



女「…………」


女「悪くはないですよね」


男「考察が?」


女「釣り銭渡す時に手しっかりつけてくる店員の人」


男「あっ、そっち?」


男「自分が女で、男の店員が手をしっかり触れさせてきたらちょっと嫌かもなぁ」


女「私は全然気にしないですね」


男「じゃあニギニギしてもいい?」


女「そういう人がたまにいて気持ち悪いという話を、コンビニでバイトをしていた友達としたことがあります」


男「ごめんなさい」


女「反省して下さい」


男「申し訳ございませんでした」


女「私こそごめんなさい。実は、幽霊でした」


男「それはちゃんとコーチにも言わないと駄目だろ。毎日一生懸命練習に取り組んでる仲間もいるんだし……」


女「幽霊部員じゃなくて幽霊です!!いや、幽霊部員でしたけど本物の幽霊です!!」


男「地縛霊なの?」


女「はい。いつも真夜中のここの墓地から一日が始まるんです」


女「しかも手も擦り抜けますし」


男「本当?てい」


女「ちょ、ちょっと」


男「触れるぞ」


女「触れてますね」


男「…………」


女「…………」


男「…………」


女「…………」


男「…………」


女「…………」


男「触れるぞ?」


女「さ、触れてますね」


男「どうしたそわそわして」


女「し、してません!こんなのお釣りと一緒です!!」


/


男「いろいろ確認したいんだけどさ。姿は店員からも見れるの?」


女「はい」


男「漫画も持てるし線香花火もできる」


女「できます」


男「俺以外の人に触れる?」


女「さわれません。あなたにも会う以前に、人にうっかり触れてしまったことがあるんです。というより、触れそうになったのに擦り抜けてしまいました」


男「だから最初俺のこと殴った時にあんなに驚いていたのか」


女「触れたことに対する驚きもありますが、あなたの頭の硬さに驚きました」


男「誰が石頭だ」


女「痛かったですよ」


男「頭と手は触れるみたいだな。ふともも付近はどうなんだろう。へその下らへんとか」


女「触ってみますか?」


男「そうだな。ためしに触ってみてくれ」


女「グーで叩いてみますね」


男「ごめん。セクハラごめん」


/


女「私、死んじゃったんですね」


男「だけどこうして話してる」


女「あなたも死んでるんじゃないですか」


男「ははは。まさか」


男「…………」


男「えっ!!?」


男「だ、大丈夫だよ!店員からもしっかり殴られたし!」


女「えっ!?暴行されたんですか!!」


男「びびったけど漏らしはしなかったぞ!!」


女「膀胱と暴行を掛けてる冗談とか今はいいです!!」


男「あんたもやばいぞ。監視カメラにばっちり映ってたと思う」


女「カメラに姿は映るんでしょうかね」


男「きっと夜7時のテレビの心霊動画特集に出されてスタジオで悲鳴あげられるぞ」


女「生きてる時は悲鳴上げる側だったのに。自分が悲鳴あげられると思うと地味に傷つきますね」


男「あの店員の勘違いで済まされたらいいけど」


女「私が毎晩ここに出現するのがばれたら観光名所になってしまいます」


男「その時は線香花火でも販売して一儲けしようかな」


女「それで儲けたお金で大きな花火でも打ち上げたいですね」


/


女「今何時ですか?」


男「3時よりちょっと前」


女「いつも丑三つ時あたりに出現して、明け方あたりに意識が途絶えるんです」


男「寝てるだけじゃないの?」


女「まさか」


男「俺てっきり、紫外線に凄く弱い体質なのかと思ってたりもした」


女「太陽を浴びたら死ぬか、死んでるから太陽を浴びれないかの違いです」


男「大きな違いだな。なんで昼間は意識が途絶えるんだろう」


女「私が昼間を拒んだからじゃないですか」


女「死ぬときのこと、うっすら覚えているんです。まだやり残したことがあるって。でもそれを成し遂げたくないって」


女「一時的にこの世に戻ってこれたけど、昼間に生きる資格は与えられなかったのかもしれないです。荒唐無稽な想像ですが」


男「地縛霊ってやつかな。でもこの墓地から移動はできるみたいでよかった」


女「地縛霊って言い方より、幽霊って言い方のほうがかわいいです」


男「おかしな所にこだわるな」


/


男「どうして俺のことは触れるんだろう」


女「似た者同士じゃないからですかね」


男「似たもの?」


女「死に近い所」


男「やめろって」


女「たかが青春に失敗しただけのあなたですが、夜中に墓標に立ちションするくらいに追い詰められていたじゃないですか」


女「死の淵にいたんですよきっと。あなたなりの自傷行為がすでにはじまっていたんでしょう」


男「なるほど……確かにこんな話を聞いたことがある」


男「死にたいと思った時に、女の子はリストカットをするけれど、男の子は身体を傷つけるようなことはしない」


男「ただしめっちゃオナヌーをして発散しようとする」


男「ははは!!死にたい時に、女は自傷行為、男は自慰行為ってか!!やることは正反対じゃないか!!痛っ!」


女「あ、やっぱり叩けるんですね」


男「シモネタが嫌ならそう言って」


/


女「それともう一つ判明してるのが、食べ物には興味が無くなったということです」


男「もしかしてずっと食べてないのか?」


女「そうですね。食欲がまったくわきません。もちろん水分補給も必要ないです」


男「じゃあ!!じゃあ一緒に立ちションできないじゃん!!!」


女「すると思ってたことに私が驚いています」


男「お菓子を見た時とかどう思うの?」


女「なんとも思いません。ふでばこを差し出されて『食べる?』って聞かれてるような感じです」


男「体力とかはどうなってる?全力で走り続けられる?」


女「それは生前と変わりません。疲れて息切れします。空を飛んだり、浮遊することもできません」


女「思うに、大きく2つのことを制限されているのでしょう」


女「生きるために必要な行為。人に触れる行為」


女「だから睡眠も必要ありません。まぁ消滅してること自体が睡眠代わりなのかもしれませんが」


男「マッドサイエンティストに人体実験なんかされたらエラいことになるな」


女「何を試されるんでしょうね」


男「ものは触れる。でも人はすり抜ける」


男「でも人は衣類というものを身に付けているだろう?だったらコートや手袋に触れることはないのか?」


女「できないみたいです。誰かが脱いだコートには触れられるのですが」


男「壁を人間だと思いこんですり抜けることは?」


女「抜けれません」


男「確かに俺も性欲が凄い時期に弥勒菩薩半跏思惟像を裸の女だと思って抜こうとしたけどできなかった」


女「発想がずば抜けていることは認めます」


/


女「私も24時間営業のファストフード店に入って色々実験してみたんです」


女「椅子に座っている人の椅子には触れられるけど、その人には触れない。コートを着ている人に手を伸ばしてもすり抜けてしまう」


女「人のお腹に顔を突っ込んでみても、身体の内側が見れるわけではなく真っ暗になる」


女「つまるところ、人の感触を感じる行為が必要ないとされているのでしょう」


女「生前の私が生きてきた世界というデータを体験してるといえばいいのでしょうか」


男「ゲームの世界に紛れ込んだバグのような存在かもな。女湯の建物に主人公がめり込んだことあったけどやっぱり視界は真っ暗だったよ」


女「それは残念でしたね」


/


男「気になってたんだけどさ。もしかしてあのお墓って」


女「はい。私のお墓です」


男「勘違いとかじゃない?」


女「フルネームも一緒ですし、確かに死ぬ前はこの街にいましたから」


男「どうやって死んだか覚えてる?」


女「あっ、死ぬなって思って、本気を出せば死ななくて済んだんでしょうけど、やる気が起きなくてそのまま死んじゃいました。私は私を殺したようなものです」


男「なんだそりゃ。やる気出せよ」


女「夏休みの宿題をちゃんとやらないあなたに言われたくないです」


男「もともと死にたかった人間に、死ぬ機会が訪れたって話だろ。電車に飛び降りて死ぬ人も、その日たまたま1番前に立ってたから飛び降りたわけで、2番目に立ってたら死ななかったんじゃないかなって思うよ」


女「私だって、自分に自殺願望があったとは思いませんでした。ただ、とても疲れていたんです」


女「こうやって地縛霊になってるからには、この世に強い執着があったのでしょう」


女「あの時ああしておけばよかったという後悔は一生抱えるほど強いエネルギーを持っているのに、後悔を克服しようとすることはさらに強いエネルギーが必要なんですね」


男「俺の先日の告白もそうだったな。うちの親父も学歴コンプレックスなんだけど、学生時代はあまり勉強しなかったらしい。母さんも、痩せたいと言ってる割にはよくお菓子を食べてるよ」


女「程度の差こそあれ、みんな同じ気はしますね。幸せになる方法はわかっているのに、その方法を実行できないところ」


/


男「これは、あんたの名前だったんだな」


女「そうです。決して、尿を飲むのが趣味のあなたの友人ではございませんでした」


男「はは、そっか。俺、あんたの墓標に立ちションしてたんだな」


女「そうですね」


男「なぁ、女さん」


女「なんですか、かしこまって」


男「本当に、ごめんなさい」


女「謝らなくてもいいですよ」


男「ううん。本当に、申し訳なかった」


女「私は私のお墓に愛着なんてまるでありませんでしたからね。自分で自分を成仏させるためにナンマイダを唱えていたくらいですもの」


男「謝りたいんだ。許されなくてもいいから」


女「だから許すも何もないですって。自己満足のためですか?」


男「自分のためだ。でも、満足なんてしない」


女「やっぱり悪いことはしちゃだめなんですよ。放尿なんてもってのほかです」


男「すまなかった」


女「もういいですって」


男「うん……」


女「丑三つ時で誰が見てなくとも、自分が見ているんですからね」


男「うん……」


女「わるいことは自分に跳ね返るんですよ」


男「うん……」


女「尿だけに!なんちゃって!」


男「うん……」


女「もう!!」バシッ!


男「痛っ!」


/


女「これで終わりにしてあげます」


男「……もっと叩いて欲しい」


女「いつもなら『もっと叩いてくださいまし!』ぐらいの勢いがありましたよ」


男「もっと叩いてくださいまし」


女「叩きません」


男「そうか」


女「代わりに、背中をさすってあげます」


男「…………」


女「男さんは、凄いですね」


男「凄いところなんてないよ」


女「ごめんなさいが言える人です」


女「あなたの人生の後悔の原因が"好き"の一言が言えなかったことに集約されるのだとしたら」


女「私の人生の後悔の原因は"ごめんなさい"の一言が言えなかったことに集約されます」


女「男さん、あなたは線香花火の火の玉になんと願いを込めていましたか?」


男「あの子との過去が精算されますようにって。付き合う未来は考えてもいなかった」


女「そうだったんですか。実は私も、自分の抱えてるものについて願いを込めていたんです。こんな風に」





女「私が憎悪をぶつけたせいで学校を辞めてしまった先生に、謝りたい」


/


男「女が!?だって、尊敬してたって……」


女「私の墓にお花を供えてくれる人、誰だと思います?」


男「女の家族じゃないのか?」


女「私には血の繋がった家族はもういないんです」


女「実母がなくなった後に実父が再婚しました」


女「最初は3人で暮らしていたのですが、二人の口論がやがて増えるようになりました。実父は心の病になって、二人は離婚をしました。実父が今どこにいるのかは知りません」


女「親戚も祖父母の家も私を預かれる状況ではありませんでした。継母には新しい恋人もできました。私は赤の他人の男女の家に転がり込むような状況になったんです」


女「暴力こそふるわれないですが、継母から疎まれているのはありありとわかりますよ。自分を嫌っている大人に生活の面倒を見てもらう後ろめたさったら、凄いストレスなんです」


男「そのストレスがどうして先生に向けられたんだ」


女「先生にお願いしたんです。私の、お母さんになってくれませんかって。先生の家に住まわせてくださいって」


女「そんなことはできないと言われました。まぁ、当たり前ですよね」


女「そのあたり前のことが許せずに、私は先生を追い込むことばかり考えるようになりました」


女「男性関係についてあることないことを言いふらしました。いや、ないこと尽くしでしたね。ですが、ただでさえ美しい人でしたから、その悪評の真偽を確かめずに楽しもうとする女子生徒も、女性の教員も数多くいました」


/


女「男さん。人が恨むのって、どういう相手に対してだと思いますか?」


男「嫌なことをしてきた人?」


女「やさしくしてくれた人です」


女「今まで与えてくれていた人が、与えてくれなくなった時に、どうして与えてくれないんだと恨んでしまうんです」


女「ここで男さんの質問に戻りましょう。私の墓にお花を供えてくれる人は誰なのか」


女「そう。それは、先生でした」


女「私は事実の意味を受け容れきれずに、お花を捨てていました。私なんかが受け取ってはいけないという気持ち、今更やさしくしてくれることに対する恨みの気持ち、また花を買って供えてきてくれるのでないかという歪んだ期待の気持ち」


女「私は線香花火にお願いしました。あの日のページに、誤りの指摘と、花丸をくれた先生に、謝りたいと」


女「けれど、怖いですね。真実を確かめることと、謝罪をすることは。おかしな言い方になりますが、それこそ死ぬほど怖いです」


女「先生に会おうと思えばいつでも会えたのに、会うことを拒んでいました。あなたに会うまでは」


女「夜中にお墓に放尿してまで現実から目を背けていた人が、現実と向き合う姿を見て、私の中の何かが観念してしまったんでしょう」


男「それじゃあ」


女「はい。私は先生に、謝りたいです。そして、何を考えていたのか、聞きたいんです」


女「男さん。そばにいてくれるだけでいいんです。私と、一緒に先生の家まできてくれませんか?」


男「断る理由なんかない」


男「たとえ何もかもが手遅れであったとしても。 好きとごめんの一言だけは、言う価値のある言葉なんだ」


女「男さん……!」


男「よっしゃ。次は、あんたの日記を修正する番だな!」

夏休みの絵日記に、想像で描いた星々。


それは、全くの空想ではなかった。


幼い頃に訪れた九州の旅行先で、丑三つ時に目を覚ました私を。


母は手を繋いで、離れにあるトイレへと連れていってくれた。


寒さで全身を震わせながら、ふと、上を見上げると。


夜空一面に広がる。


あの、あの、大きな星の海。


世界から抱きしめられているような。


愛することも愛されることも許されているような。


あの安堵感を。


母の手のぬくもりを。


束の間でいいから、思い出したかったんです。


許さなくてもいいから。憎んでもいいから。


どうか、私のことを。


忘れないでください。


第7話「墓地にかかる虹」


私のことなんか忘れて幸せになってね、なんて言うのは。


こんなことを言う私を、きっとあなたは忘れないでいてくれるから。

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