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全ての過去に打ち勝つ今日

男「今夜も冷えるな」パチ


女「そうですね」パチ


男「マッチを擦ったら温かいご飯の夢を見れないかな」パチ


女「マッチを買うお金でおにぎりでも買ったらどうでしょう」パチ


男「夢がないなぁ。うう、それにしても冷える」パチ


女「家に帰ったらどうですか」パチ


男「勝ったら帰ろうかな」パチ


女「それじゃあ一生帰れないかもしれませんね」パチ


男「うわっ、また角取られた」


/


女「それにしてもよくオセロなんて持ってきましたね」


男「折りたたみ式だからな荷物にはならん。案ずるな」


女「いや、墓地にそぐわないという意味なのですが」


男「じゃあ墓地にそぐうボードゲームってなんだよ!!」


女「何故ボードゲームにこだわるのでしょうか。何故半ギレなのでしょうか」


男「あーあ。負けたから仕方ない。罰ゲームを甘んじて受け入れよう」


女「そんな話ありましたっけ」


男「何したい?」


女「えー、じゃあ…でこぴんとか?」


男「手繋ぐとかじゃなくていいの?髪に触れさせてくださいとか。ほらほら、照れてないで……痛っ!!」


女「でこぴん執行です」


男「いててて……」


/


男「人狼ってゲームしってる?」


女「そういうのが流行ってたということだけは」


男「人狼、村人、占い師とか色んな役割があるんだ」


女「やったことあるんですか?」


男「それが一度もない。世間であれだけ流行ってたのに、ちっともやったことない」


女「それなりに面白いんでしょうね」


男「興味ないの?」


女「ルール覚えるのが大変そうです」


男「イメージでやってみようよ 」


女「イメージで?」


/


男「じゃーんけーん」


女「わっ、ポン!」


男「俺の勝ち。俺人狼ね」


女「それじゃあ、私は占い師で…」


男「グルルル…」


女「あれ、これって最初に正体明かしていいんでしたっ…」


男「アオーーーン!!!!!!!!」


女「ひぇっ!?なにっ!?」


男「アオーーン!!キャンッ!キャンッ!」


男「ガルルル……ワァゥウ……」


女「今日満月じゃありませんよ!!」


女「というか、犬の鳴き真似とてもお上手なんですね…」


男「バウッ!!バウバウッ!!!」


女「やめて、くださ…恥ずかしい…」


女「お腹いたい…んふふっ…」


男「バウッ!!!」


/


女「ひい…ひい… 」


女「んふっ……ふぅふぅ……」


女「……久しぶりにこんなに笑って頬が筋肉痛になりそうです」


男「くぅーん」 チラッ


女「別に撫でたりしてあげませんからね」


男「なんだい」チッ


女「あっ、元に戻ってしまいました」


男「俺の勝ちだな」


女「完全敗北でした」


男「占い師はどうした」


女「未来を視ようとする前に狼が襲ってきましたから」


男「いつか来る時のことばかり考えてたら、今に足元をすくわれるっていう教訓を学んだな」


女「はい、そうかもしれませんね」


男「でだ」


女「はい?」


男「罰ゲームは何をしようかなぁ…」ニタァ…


/


女「まだ続いてたんですかそれ」


男「ぐへへへ」


女「お手柔らかにお願いしますよ」


男「それじゃあ」


男「……連絡先教えてもらってもいい?」


女「できません」


男「     」


女「わたし、携帯電話持っていないんです」


男「ほっ」


女「驚かれるものかと思ってましたが安心されるとは」


男「君の友好電波基地局の圏外にいるのかと思って」


女「なんですかそれ」


/


男「とかなんとか言ってる間に朝日が出てきそう」


女「それじゃあお開きといたしましょうか」


男「おう。気を付けて帰って」


女「気を付けます」


男「あのさ、提案なんだけど」


女「提案?」


男「もっと早い時間に会わない?君が嫌じゃなければ」


女「どうしてですか?」


男「この時間は女の子が墓地を出歩くには危険な時間帯だということに気付いたから」


女「なるほど、それは盲点でした」


男「どうかな?」


女「……いろいろと事情があるのです。私はいつもこの時間にしかここにいません」


男「そうか。わかった」


女「あなたも無理しないでいいですからね」


男「……わかった。次はもっと軽いボードゲーム持ってくる」


女「そうです……えっ?」


男「それではまた深夜に」


女「あなたって人は。はい、また深夜」


/


女「こんばんは」


男「こんばんは」


女「今日も寒いですね」


男「火が欲しいところだな」


女「今日もなにか持ってきてるようですね」


男「中身は開けてからのお楽しみ」ガサゴソ


女「もう開け始めてますね」


/


女「それって、線香花火じゃないですか!」


男「いけね。線香と間違えて買ってきちまった」


女「どんな間違いですか!」


男「しょうがない。今夜はこれで夜を凌ごう」


女「もう、相変わらずの不謹慎さですね」


女「よく見たら律儀に火消し用の水も何本か買ってありますし」


男「飲み物用は一本しかないから、あんたが飲み終わった後に出したのを俺が飲もう」


女「そして相変わらずの変態度合いです」


/


パチパチパチ…


女「うわぁ、懐かしいです」


男「冬でも花火ってできるんだな」


女「意外と火つきますね」


男「どうして冬に花火をする風潮がないんだろう」


女「やっぱり寒いからじゃないですかね」


男「火は寒い時につけるものなのに」


女「願い事はしましたか?」


男「願い事?」


女「線香花火の火の玉が落ちなかった時、込めた願いが叶うと言われているそうです」


男「初耳。どうしようかなぁ」ジュッ…


女「うふふ、もう落ちちゃいましたね」ジュッ…


男「そっちもな」


女「あら」


/


女「今日も不謹慎な1日の終わりを迎えそうですね」


男「夏休みの宿題が終わってないことを夏休みあけに先生に伝える気分になってきただろう」


女「私はちゃんと夏休みの序盤にはほとんど終わらせていました」


男「えっ、なにそれ!?ノーベル宿題賞だよ!!」


女「夏休みの友、ぐらいしか友達がいませんでしたからね。うふふ」


男「えっ、あっ、そうなんだ…」


女「冗談です。友達くらいいました。失敬な」


/


男「夏休みの日記、みたいな宿題はどうしてたんだ?」


女「未来を描いていました」


男「か、かっこいい」


女「あの頃はまだ未来を描けていたんです」


男「切なくなるこというなよ」


女「あなたはどうしていましたか?」


男「そりゃあ最終日に30日分まとめて書いてたよ」


女「大変ですね」


男「それでも俺はまとめて日記を書くことを割と楽しんでいた」


男「日記の中では、俺は過ごしたかった夏休みを過ごすことができたからな」


女「切なくなること言わないでくださいよ」


/


男「大雨の日に外で遊んだことにしてたのに先生に怒られなかったからな。どうせ見てないんだって思ったよ」


男「まぁ今思えば、40人近い生徒の宿題なんて目を通すこと自体とても大変なことだったんだよな」


女「私は精神年齢が高いので当時から教職員に同情を抱いていましたよ。しかし驚いたことにですね、誤った未来を怒られたことがあるんです」


男「誤った未来を怒られたことがある、ってセリフ生きてる間に一度は言ってみたいな」


女「生きてる間に言えなかったら死んでから言えば大丈夫です」


男「俺はゾンビか何かか。それで、なんなんだ、その、"誤った未来"、ってやつぁ」


女「キザな言い方で聞くほど気に入ってくださってなによりです」


/


女「中学の時の宿題で、それこそ日記のようなレポートの提出の宿題が出されました」


女「小学生の頃にそうしていたように、私は夏休みの序盤にはほとんどの宿題を終えて、日記形式の宿題は未来の日付とともに想像で書きました」


女「想像した未来の内容が現実と違っていたので注意されました。それも、晴れの日が雨の日だったなんてものではありません」


男「まさか……雨の日が、晴れだった?」


女「それ全然レベル変わってないですからね」


女「星です。私が空想で描いた星の描写に疑いを持ってくれたんです」


/


男「前に言ってた先生か?」


女「はい。担任兼理科の先生でした。美人で親近感のある人」


男「最高じゃん」


女「大人気でしたよ。運動神経がかなりにぶいことが判明しても、むしろ好感度が上がっていました。矛盾するような言い方になりますが、完璧な人の欠点は、その完璧さにより拍車をかけるんです」


男「そんな先生がいじめられるなんて、やっぱり女子の世界は怖いんだな」


女「美人を悪口の対象にする傾向は確かにありますね」


男「じゃああんたも大変なんだな」


女「おやおや、言うようになりましたね。女慣れしてる人みたいです」


男「い、意味わかんねーよ」


/


男「その人に嫉妬してる、リーダー格みたいな人がいたのかな」


女「続きが気になるところでしょうけど、もういい時間ですよ」


男「今日はお開きにするか」


女「花火楽しかったです。お金は大丈夫でしたか?」


男「釣りはいらねぇ」


女「申し訳ないです。あいにく、手持ちが全くなくて」


男「手持ちより気持ちがあれば充分よ」


/


男「なぁ」


女「なんでしょう」


男「こうやって、真夜中の墓地で2人で花火してるなんて、ありえない光景だよな」


女「そうですね」


男「もしかしたらさ。俺らという存在も、どこかの小学生が夏休みの日記に書いた幻なのかもしれない」


女「…………」


女「冬だからその可能性はないですよ」


男「あっさり」


女「それじゃあ、私からも一つ」


男「なんだろう」


女「線香花火をしながらなんやかんやと会話してる時に、一つだけ火の玉が落ちませんでした」


男「まじか、すごいな。なんか願いを込めた?」


女「叶ってからのお楽しみです。おやすみなさい」


男「気になるな。まぁ叶えたいことがあるのは何よりだ。おやすみ」


女・男「また深夜」


/


男「こんばんは」


女「こんばんは」


男「今夜も真っ暗ですね」


女「今夜も手がかじかみますね」


男「よろしければ、私のズボンのポケットに手を入れませんか?」


女「えっ」


男「って言って手を入れたら、ポケットの底に穴が空いててノーパンっていう痴漢を考えたんだけど」


女「…………」


男「手を入れる間柄の人にしかできないというのが残念なところ」


女「……最低です」


男「度が過ぎたかな、これは失礼…」


女「まぁそういう冗談を言うくせに、いざ性に対峙した時はピュアな自分を捨てきれない浅はかなところがあるのは知っています」


男「うっ、冷たい言葉が心に刺さる」


女「寒さも手に刺さります」


男「?」


/


女「もうすぐ年明けですね」


男「その前にクリスマスイブがあるだろ」


女「そうですね」


男「その後にクリスマスがあるだろ」


女「そうなりますね」


男「そのあとに年明けだ。イベント続きでうんざりするよ」


女「クリスマスはお嫌いですか?」


男「クリスマスは嫌いじゃない。クリスマスに自分が嫌いになるだけだ」


女「どうして?」


男「毎年ひとりぼっちだったから」


女「片想いしてた人に今から連絡を取ってみたらどうですか」


男「急だな。そしたらクリスマスに過ごす相手探しみたいに思われるだろ」


女「現実的な考えですね。まだ未練はありますか?」


男「もうほとんどないよ。夜中にお墓で立ちションする程度しかない」


女「ありまくりの重症じゃないですか。クリスマスを言い訳にしたら、年明けも言い訳にするし、年明けには受験を言い訳にして、4月からは浪人を言い訳にしますよ」


男「浪人前提かよ」


女「夜中に墓地で甘えてる人に現実はやさしくしてくれませんから」


男「この空間は俺にやさしいんだけどな」


女「そうですね。ここは非現実的な空間です」


男「非現実ってなんなんだろうな」


女「愛や夢や希望が存在しない空間です」


男「それはいい。存在しなければ、喪われることもないからな」


/


女「そういえば、クリスマスイブのイブってどういう意味か知ってます?」


男「前日って意味?それともアダムとイブのイブと関係があったり?」


女「夜、って意味らしいです。24日の日没から25日の日没までがクリスマス。その間に訪れる夜は24日だけですので。ほら、今でもイブニングって英語があるじゃないですか」


女「いつの間にか24日の一日中がクリスマスイブだと思われるようになってしまったそうです」


男「へぇー、知らなかった。朝のニュース番組の特集みたい」


女「深夜の墓地の特集です。以上、現場からお伝えしました」


/


女「そういえば、昔テレビで街頭インタビューしているのを見たんですが」


女「『明日地球が滅びるとわかったら何をしますか?』というものでした」


女「それに対して町中の人は『昨日と同じように過ごす』と答えていました」


女「どう思います?」


男「本当のことかもしれないと思う」


男「世界が滅亡する系の小説だとさ、金属バットで街中のガラスを割ったり、綺麗な女性に襲いかかってる描写があってさ。そうなんだろうなぁって思いながら読んでた」


男「けれど、やっぱり今日に至るまでの選択の集大成が今日という一日なんだ。”死後も人々から愛されたいから”という理由だけで、病死や自殺を目前にした人は死を前にして大人しくしているわけじゃない」


男「明日世界中が粉々になってしまってしまうことが確実だとわかっていても、人は今までの生き方を死の直前まで捨てられないんだ。残り50年あって変えられないままなら、50秒後滅ぶとしても何もかわらないままなのだろう」


女「なんだか、襲いたいのに襲う勇気がない人が多いみたいな言い方に聞こえてしまいました」


男「最後の日くらい、復讐してやり放題やってやろうって人は、割合的にはかなり少ないんじゃないかって思う」


女「あなたはどうですか?」


男「わからない。けれど、ここに来るんじゃないかな」


/


女「だけど、わかりませんよ。滅亡を前にしたあなたが、昨日までと同じあなたである保証なんてない」


男「そうかな。人間そんな簡単に変われたら苦労しないよ。悪い人間が良い人間に変わることが難しいのと同じくらいに、いやそれ以上に、良い人間が悪い人間に変わることも難しいことなんだ」


女「犯罪者だって、ある日突然犯罪者になるわけじゃないですか。昨日までは犯罪者じゃなかったのに、今日積み重ねたものによってコップの水が溢れ出してしまうんですよ」


女「世界の滅亡や、自殺したいという気持ちが、その最後の大きな一滴に充分なり得るとおもいますよ。ある日まではお墓に来なかったあなたが、翌日にはお墓で立ちションをしていたように」


男「それは、そうだけど」


女「まぁ、ただでさえ寒くて暗いんですし、明るい話題に変えましょうか」


女「さっきまで好きな人への想いを未練たらたらに思っていたあなたが、もう10秒後には携帯でメッセージを送ってデートの約束を取り付ける可能性だってあるってことですよ。告白したいという思いの水がコップから溢れるときが、たった今来たのです」


男「や、やるわけねーだろ!!いつから恋のお悩み相談室になったんだここは」


女「他人の恋を責任持たずに楽しむのは多少不謹慎なことですから。私に不謹慎なことをさせるって言ってたじゃないですか」


男「人を呪わば穴2つだな。やばい、想像しただけで汗が出てきた」


女「穴があったら入りたいですか?」


男「墓穴だろうからやめておく…」


女「おお、立ち向かうということですね!じゃあさっそく今から送りましょう!」


/


男「ちょ、ちょっとまって!本当に送るの!?今何時だと思ってるんだ!」


女「文章は今作成して、明日のお昼に送信しましょうよ」


男「ラブレターは夜に書いちゃ駄目だって聞いたことがあるぞ」


女「伝わらなければ0点です。悪いことを伝えたらマイナス100点かもしれません。けれど、どうせ合格点である60点以上にしか意味はないんです。だったら昼間に書かないラブレターよりも、夜に書けるラブレターの方に価値があるんです」


男「何年も連絡取ってないんだぞ。連絡先だってちょっとしたノリで交換したきりだ。向こうだっていきなりメッセージがきたら嫌だろう。ストーカーだって思われるかも」


女「嫌かもしれないって話はやめませんか。言ってたじゃないですか、不謹慎な存在になってやるって」


女「不謹慎とは慎みや考慮、思慮分別の欠如のことをさす言葉でしょう?」


女「まさに、恋愛のことじゃないですか」


/


男「本当に、ちょっと、待ってくれよ」


女「いいですよ。何分待ちますか?」


男「文章を作成する気になるまで」


女「パソコンを使ってる時にたまに見られる、ずっと動かないダウンロードのバーみたいなのはやめてくださいね」


男「せっかく文章を作成しても、もうアカウントが変わってるかもしれないし。多分そうだよ。他のSNSアプリでも知り合い欄に表示されないし。それに、恋人がいるかもしれないし」


女「他のSNSアプリで知り合い欄に表示されないから送らないんですか?恋人がいるかもしれないから送らないんですか?」


女「また日記でも書けばいいですよ。あの子と付き合えてたら送れていたはずの夏休みってタイトルで」


男「……挑発して単純に乗るほど馬鹿じゃないぞ」


女「馬鹿になってくださいよ。思慮分別があったから、今まで何もできずにいたんでしょう」


男「思慮分別があったらお墓で立ちションなんてしない」


女「お墓で立ちションできるならメッセージくらい送れます」


男「メッセージすら送れないからお墓で立ちションする目に遭ってんだ」


女・男「ぐぬぬぬ……」


/


男「もう、一体何なんだよ。世捨て人が集まる場所じゃなかったのかここは。青春コーナーに分類されている本も映画も一切避け続けてここまで逃げてきたってのに」


女「あなたが好きだった人が今現れて、そして明日には地球が滅亡するとしたらどうしますか?」


男「強引にキスをしたあと、金属バットで街中の窓ガラスを割ってやるさ」


女「思ってもないことを言って」


男「告白出来るほど親密だったことなんてない。会話なんて数えるほどしかない。向こうは俺のことなんて覚えてないかもしれない」


男「幻想だよ。あの子の本当の姿なんて知らない。あの子よりも美人で、あの子よりも性格が良い女の子なんて、世界にやまほどいるはずだ」


男「なのにあの子が1番だと思ってるのは、脳の錯覚だろ。好かれてるわけでもないのに、好きになってるのは、やっぱり勘違いだろ」


男「あの子のこと、好きになっちゃいけなかったんだよ……」


/


男「…………」


女「気は済みましたか?」


男「疲れた…」


女「じゃあ文章を送りましょう。会って喋りたいと」


男「せめてクリスマスが過ぎるまで待ってくれないか。さっきも言ったけど記念日を過ごす相手探しだと思われるって」


女「文章は明日にでも送って、会うのは年末とかにすればいいじゃないですか」


男「俺が明日送信ボタンを押すと思う?」


女「押したらかっこいいですよ」


男「押さなかったら?」


女「特に何も」


男「じゃあ押さなくても良さそうじゃん」


女「特に何もない今までの人生どうでした?」


男「……クソクソ、アンド、クソ」


女「クソクソ、アンド、クソ、ですか」


男「親の愛も、友達との笑いも、恋が実っていればもっともっと素直に感謝出来ていたと思う」


男「けれど今から一発逆転ホームランなんか、そんな都合のいい話があるとは思えないんだよ」


女「数年間に及んで毎日落としてきた後悔の水滴の粒が、今やっとコップから溢れて勇気に変わったんですよ。一発逆転なんかじゃありません」


/


男「はぁ……」


男「疲れた。心が疲れた」


女「元気を出しましょ。こんな言葉を例の先生から聞いたことがあります」


女「"他人に幸福を求めて話しかけてはいけない。自分が幸せな時に他人に話しかけなさい"」


女「いい言葉でしょ?」


男「その先生はしばらくしてからきっとこうも言ってたぜ。『学校辞めます』」


女「それは先生のせいじゃありません……」


男「疑問に思うんだけど、そんなに素晴らしい先生をいじめようとしたやつらって一体どんな」


女「今考えるべきことは。文章の内容ですよ」


男「文章はあんたが考えてくれるよな?」


女「何を言ってるんですか?」


男「女性の方が女性の気持ちがわかるだろう」


女「女性を口説くのは女性ではなく男性ですよ。ほら、今も夕陽を背景に、イタリアで8人の男性が情熱的な告白をしました。あっ、今はアメリカで男性が3人告白をしていて、2人が告白準備中です。おや、デンマークでは既に告白を終えた男が4人もいるみたいです」


男「墓地で考えた文章を送って数年越しの片想いが実った男性は?」


女「…………」


女「涙とともにパンを食べたものにしか、人生の本当の味はわからないとゲーテがおっしゃっていました」


男「泣く結果が待ってるのかよ。というより振られたら何も喉を通らないからな」


女「その調子でどんどん文章も考えて下さい」


男「それができたら苦労しないよ」


女「苦労しましょう。今までそれが足りなかったんですから」


男「耐え忍んできただけだったな」


女「過去も偲んでいましたよ。オセロみたいに、連なった黒が全部白にひっくりかえるといいですね」


/


男「……できた。どうかな?」


女「いいと思います」


男「うまくいくかな」


女「どう思いますか?」


男「付き合えたらどうしようって思う」


女「ワクワクしますね」


男「同時に、脳内で今までの自分が言い訳をしまくっている」


男「パーフェクトベビー願望っていって、出産に苦労した母親は、生まれた子供に過度な期待を抱くらしい」


男「俺も、数年間自分を呪ってきた恋が終わるなら、それはとてつもないハッピーエンドになるものだと思いこんでしまっている」


男「と、自分を自分で客観的に把握していることを意識して、プライドを保とうとしている。聞きかじった知識さえ盾にしようと必死だ」


女「明日送信ボタンを押しさえすれば、あなたは過去に打ち勝つのですよ。昨日まで生きてきた18年間のあなた全てに」


女「それとも、やっぱり私といる時に送りますか?でも深夜になっちゃいますよね……」


男「いや、お昼に、自分で送るよ。自分の意思で送るよ」


女「わかりました」


男「申し訳が立たないからな」


女「誰に対してですか?」


男「過去の自分に」


/


女「そろそろ夜がふけます」


男「さきほどのイタリア男はどうなった?」


女「5人振られて、3人成功しました」


男「そうか」


女「でもその5人も、"あの時告白していれば"という後悔をすることはなくなりました」


男「告白しなければよかったとはならないかな」


女「そんなの未来次第です。成功した3人の中でも"告白しなければよかった"と将来結婚してから後悔する人もいるかもしれませんからね」


男「さすが、未来を描いていた女だけある」


女「あなただって宿題でそうしてきたように、過去の思い出は楽しい思い出で塗り替えてしまえばいいんですよ」


男「なんだか今日は、久々に生きてるって感じがするなぁ。丑三つ時のお墓で実感することになるなんて」


女「ふふっ、私もです」


男「青春って感じだ。高校生、恋愛。素晴らしいね」


女「恋も立派ですが、受験勉強もはじめてくださいね」


男「やってやるとも。なんだか、勉強でさえやる意味が感じられてきた。少しだけど」


女「夏休みの宿題みたいに一夜漬けでやっても間に合わないですからね」


男「まぁいいんだよ勉強なんて。明日地球が滅亡するなら、勉強じゃなくて恋をするからな」


女「もう、調子に乗って」


男「頭の中は、ちゃんと不安でいっぱいでかなり緊張してるから大丈夫だよ」


女「その方がむしろ心配です」


/


女「今夜はこのへんでお開きにしましょう」


男「今日は本当にありがとう。おやすみ。気をつけて帰ってね」


女「そちらこそ気をつけてくださいね。気負い過ぎないでくださいね」


男「お墓で立ちションする以上に、暗い未来なんてないよ」


男「再会して幻想を崩されても、気味悪がられて振られてショックで寝込んでも、それは誰もが経験するようなありきたりな痛みじゃないか」


男「あり得たかもしれない幻想をずっと抱き続けていること以上に、つらいことなんてきっとないよ」


女「ええ、そうですね」


/


男「これが一段落着いたら、次はそっちの番だからな」


女「えっ」


男「お墓に来てた理由。ちゃんと話して貰うからな」


女「私は、いいですよ……別に」


男「楽しんでいるわけじゃないよ。あんたの抱えてるものは、きっと誰かの、死、だから」


男「好きな人に告白できずにうじうじしてた、なんてのとは比較にならない出来事だろうから」


男「だけど、できることをしてあげたい。それが無理なら、できないことを見守ってあげたい」


男「それは、今まで俺が他人に求めていたことで、そっちが求めていることとは違うかもしれないけどさ」


男「誤っていた俺の過去をあんたは正してくれた。だから、あんたが送りたいと思ってる未来に導けるように少しでも役に立ちたいんだ」


男「迷惑、かな?」


女「…………」


女「迷惑じゃないですよ。ましてや不謹慎でもない」


女「そうですね。お気持ちうれしいです」


女「けれど、今はあなたのことに集中しましょう。あなたがうまくいったら私も励まされますから」


男「そうか。そうかもな。ありがとうな、ほんと」


男「おやすみ。またな」


女「はい。おやすみなさい。素敵な明日を」


/


男「……うあっぁあああああ!!!!」


男「ついに送信しちった!!連絡先も消えてなかった!!」


男「ぎにゃああああ!!!」


男「付き合ってという文言はいれなかったけど、会って話したいということは書いた」


男「勇気を出したはいいものの、不安でしょうがない」


男「深夜のお墓に来る女性に恋の応援をしてもらうこと以上に、好きだった人と会って話すというのは可能性の低いことなのだろうか」


/


男「それにしても、久しぶりの学校だったな」


男「30人のクラスなのに、8人しか来てなかった」


男「出席日数を今まで律儀に稼いでいた真面目な生徒が、入試直前になって今更ワアワア喋りだす実力不足の担任や教師に嫌気がさして、ほとんど家か予備校で自習してるんだよな」


男「真面目な学級崩壊とでも呼べばいいのか」


男「数十人の思春期の学生を束ねることなんて、やっぱり難しいことなんだよな」


男「俺はろくに勉強すらしてないけど」


男「…………」


男「なりたかった自分に本当になろうとすることの大切さこそ、毎日授業してもらいたかったよ」


男「けれど、それは、自分で学ぶべきことなんだろうと今は思う」


/


男「返信は時間あけて来そうだな」


男「嫌だな。さっきから無意味なところをずっとあるきまわってる」


男「夜になったらあの子に報告しに行こう」


男「成功に終わっても、失敗に終わっても、あの子に尽くそう。そんな自分に生まれ変わろう」


男「今からやり直せるかな。まだ取り返しがつくのかな」


男「こんなに心が騒ぎながら人生について考えるのなんて、いつぶりだったかな」


/


男「放課後の学校は、やっぱり青春って感じがするな」


男「校舎には吹奏楽部の練習の音が響き渡る。校庭ではサッカー部が走り回っていて、グラウンドでは野球部がノックをしてる」


男「俺は、この人達を見下していた。自分にとっては抱えている恋が人生の全てで、それ以外のものなんて無価値だと思ってたから。その無価値なものに熱中している人たちを見て、否定してあざ笑っていたんだろう」


男「いつの間に、そんな人間になっていたんだろうな。ちゃんと、自分に積み上げられるものを積み上げていればよかった」


男「どっちも、やってればよかったな。もっと早くにメールも送って、卓球も続けてればよかったな」


男「2つの選択肢があるときには、2つの選択肢をちゃんと追うべきだった」


男「二兎を追うものは一兎も得ないこともあるかもしれないけれど。一兎だけを追って捕まえた人だって、もう片方の兎も追っておけばよかったと後悔するかもしれない」


男「恋ともう一つの選択肢が与えられた時に、いつも自分に都合の良い方を選んでいた。今はアレやコレがあるからって言って、好きな人と向き合うことを避け続けた」


男「そうやって片方のものだけを積み重ねてきても、本当に一番欲しかったものに挑戦してこなかったことを思い出して、虚しくなって、今まで積み重ねてきたものの価値さえ否定してしまっていた」


男「両方のものを追えばよかった。ほしいもの全部を手に入れようとすればよかった」


男「仮に、2つの選択肢が与えられた時に、2つとも得る実力が自分にないことがわかっていたとしても。その時に諦めるものが、決して恋であってはならなかった」


男「ダメだ。一人だとズブズブ沈んでいきそうだ。はやく、あの子と話したい」


男「そういえば、いつもお墓にいったらあの子が先に待ってるよな。もっと早くから来てるのかな」


男「夜も危険だし、俺が先に着いているべきだったのかな。でもあの子が大切にしたい独りの時間もあっただろうし」


男「ううぅうぅわかんないことだらけだよぉおおお」


/


男「結局早めに来てしまった。まだ23時か。まだっていうのも変か」


男「この時間だと真夜中ほど寒くないな。会社帰りの人なのか、通行人もちらほらいる」


男「はぁー、落ち着かないな。胸がざわざわするな。俺の心って生きてたんだな」


男「昨日まで虚無の人生だったのに。それはそれで楽だったな」


男「ああ嫌だな。嫌だ嫌だ」


男「幸せが目の前にある時が、1番苦しいな」


男「あの子とおしゃべりでもして気を紛らわせたい」


男「真面目な話もしたいな。幸せの定義とか、恋と愛の違いとか、答えのない問題について一緒に考えて欲しい」


男「それとも。俺の恋が成就したら、そんなことどうでもよくなってしまうのかな」


男「あの子ならなんていうかな」


男「幸せとは、幸せについて考える必要のない状態ですよ。恋と愛の違いは、受け取ることを喜びとするか、与えることを喜びとするかの違いですよ」


男「うーん、なんだか俺っぽい答えかな」


男「返事もまだ来ないし。ああ、そわそわするなぁ」


男「あと何時間待てば……ん?」



/


男「あの子がお祈りしていたお墓に、菊の花が供えてある。あの子が置いたのかな?」


男「やっぱり、毎日お祈りしていたのかな。俺がいない時間とかに」


男「今夜聞いてみよう。わざわざ、俺が来てる時に花を隠してるなら、そんな必要ないって」


男「まだまだあの子についても知らないことが多いからな。こんなに毎晩話してるのに」


男「何年間も片思いしてきた女の子よりも、今では、あの子との思い出の方がずっと多くて」


男「あの子といる、時間は、掛け替えのないものになっていて……」


ピコン


男「あれ、通知だ」


男「…………」


男「やばい。あの人から返信が来た」



………………


…………


……



/


女「男さん。男さん」


男「……ん、女?」


女「おはようございます」


男「あれ、朝?」


女「いいえ、丑三つ時です」


男「……そうだ。俺、寝てたんだった」


女「風邪引いちゃいますよ」


男「風邪は引きたく無いな」


女「どうでしたか?」


男「駄目だったよ。詳しくは言いたくないけど。拍子抜けするくらい、あっさりと終わった」


女「勇気を出して連絡を取ったのは立派です」


男「当たり前の結果だよ」


女「結果は予想できたことです。でも、勇気ある行動はご自身でも予期せぬ出来事だったんじゃないですか」


男「結果より過程か。聞き飽きたよその言葉」


女「でも本気で体験したのは初めてでしょう」


男「まぁ、そうだな。過程さえ無い人生だったから」


/


ガサゴソ


女「どうしました?」


男「お菓子買ってきた。お礼にあげる」


女「……えっと、私はけっこうです」


男「つれねえなぁ」


女「つれない女ですみません」


男「代わりに連れションでもするか」


女「できません」


男「冗談だよ」


女「お墓にかけたら腐食してしまいますもん」


男「腐食の問題では無いだろ。というか墓にかけるなよ」


女「おっ、一般人みたいなツッコミしますね」


男「悪かったな」


女「お墓にビールをかけるのもダメですよ。糖分が鉄分と化学反応を起こして錆を発生させますから」


男「詳しいな」


女「理科系が得意だったので」


男「勉強を教えてほしいもんだよ」


女「教えてあげますよ。ここでよければ」


男「月明かりでテキストを照らしてな。蛍雪の功みたいだ」


女「なんだか前向きでよかったです。出会った時のあなたと随分変わりました」


男「そうかもな。我ながら、何年も逃げ出していた勝率のない戦いによく挑んだよ」


男「携帯電話を1日操作するだけの戦いに、1000日近い俺が避け続けてきたのに。1001日目の俺は、ちゃんと勝負に出れたんだ」


女「本当に凄いです」


男「一つ気になることがあるんだけど」


女「何でしょう?」


男「君みたいな聡い女の子でもさ、小さい頃にはペッドボトルを股間に挟んで『男子の小便の真似』とかやったりしたの?」


女「やりません。いつもの調子を取り戻すのが早過ぎます」


男「俺は男子なのにやってたのになぁ」


女「ピュアな部分との落差が相変わらず激しいですね」


/


男「今日何の日か知ってる?」


女「あえて触れなかったのに」


男「いつの間にかこんな日になってたな」


女「あなた風に表現すると、自分が幸せかどうか結果発表される日ですか」


男「俺がいいそうだな。そう、クリスマスイブだ」


女「今幸せですか?」


男「幸せかどうかでいうと地獄」


女「不幸突き抜けましたね。未練が断ち切れたとはいえ、心に傷は負いますよね」


男「小学生の時から少年漫画を読んで、ヒロインと青春物語を繰り広げる様々なヒーローに憧れて俺にもこんな冒険が待ってるのかなって思ってたけど」


男「クリスマスイブにお墓で寝てる未来はさすがに想像してなかった」


女「クリスマスイブにお墓で寝てる主人公の少年漫画があったらぜひ読んでみたいです」


男「ヒロインにしたかった人からは振られちゃったけどな」


女「ヒロインのいないヒーローもきっといますよ」


男「ヒーローじゃなくていいからヒロインがいてほしかったな」


女「ヒロインはヒーローのそばにしか現れないんじゃないんですか」


男「結局ヒーローになるしかないのか」


/


男「なんだか、この前の話を聞いてからクリスマスの意識が変わったな」


女「この前の話?」


男「24日の日没から25日までの日没がクリスマスだってはなし」


男「今は24日の深夜だからまさにクリスマスイブだろ。だとしたらクリスマスはあと18時間くらいで終わっちゃうってことだ」


女「終わったっていいじゃないですか」


男「どうして人はクリスマスになると焦るんだろう」


女「何かやり残した気がするからじゃないですか。とりわけ、美しいイルミネーションに囲われると、この景色に見合う自分でなくてはならないと」


男「ここお墓だから、今の俺にはまさにお似合いだな」


女「お墓はいつもと同じですね」


男「飾り付けでもするか。虹色に光る豆電球でお墓をデコろう」


女「そうしましょっか。あなたが最初に小便かけたお墓にでも」


男「もはやとめないのな」


女「いいじゃないですか。今日という日は、恋人のいない人が苦しんでいる中、恋人のいる人たちがとても楽しむ日。最高の不謹慎日和なんですよ?」


/


男「さて、買い物しに町中でも行くか」


女「うふふ。初めてですね、一緒にここから出るの」


男「……あれ?」


女「どうしました?」


男「菊の花がなくなってる。あんたが祈っていたお墓に供えてあったのに」


女「……あれですか」


男「あんたが供えてるんだろ?」


女「私は逆です。あの花を撤去しています」


男「えっ?」


女「……………」


男「どうして?」


女「答えは教えません。推理は自由です」


男「……例えば、あれは君のお母さんのお墓で。君のお母さんを死なせた人は罪の意識を抱えていて、お花を供えているけれど、君はそれを許さないでいる」


女「男さん、凄いです」


男「合ってたのか」


女「全然違います。でも想像力が凄いなって」


男「違うのかよ。違くてよかったけど」


女「正解は、実は私が嫌っている人のお墓なので、嫌がらせで撤去していただけでした」


男「とてつもない不謹慎だな」


女「そんな誉めなくても」


男「そういう人には見えないんだけどなぁ」


女「見えるかどうかと実際どうかは違いますからね。特に夜はそういうものっているじゃないですか」


男「?」


/


男「コンビニついた。何か食べたいものある?」


女「食欲は全然ないです」


男「夜にケーキ食べるとふとっちゃう~、みたいな乙女心とか?」


女「食欲の前に、お金を持ってないんです」


男「今日は俺の奢りだ。お小遣いもいっぱい持ってきた」


女「いつもわるいですよ。ここで待ってますから、好きなものを買って下さい」


男「外で待ってたら寒いだろ。中に入れよ」


女「えっ、でも」


男「いいからいいから」


女「……ええと、わかりました」


/


店員「いらっしゃいませー」


男「何から買おうかな」


女「そんなに買うものあります?」


男「ケーキと、シャンパンと、ろうそくと、デコレーションを買おう。火はこの間花火で使ったライター持ってる」


女「豪華ですね」


男「でも女は食べないんだっけ」


女「……男さんが食べているところを見てます」


男「それだとなんか悪いな。シャンパンだけにしとこっかな。飲み物くらいは飲むだろ?」


女「……男さんが飲んでるところを見てます」


男「飲まないのかよ!」


女「ごめんなさい……」


男「じゃあ俺だけ飲むことにする。喉乾いてるし」


女「ええ、どうぞ」


男「……男さんが出しているところを見てます」


女「見ません!それはもう見ました!」


男「えっ!?見てたの!?」


女「あっ、いえっ!今のは言葉の綾です!!」


男「見てても気にしないよ。ちょっと買ってくるから待ってて」


女「見てませんってば!!」


/


女「けっこう列ができてるみたいですね」


女「少し立ち読みでもしてましょうか」


女「あっ、この漫画最新巻出てる」


女「懐かしいな。へー。やっと舞台が新しい街に移ったんですね」


女「へー。へー」


……


男「買う?」


女「わっ。びっくりした」


男「集めてる漫画なの?」


女「いつも漫画は、古くなった巻の立ち読みを古本屋でしていました」


男「それじゃあ最新巻読めるのずっと先になっちゃうよ?」


女「そうですね」


男「というかこれ、グルメ漫画じゃん」


女「そうですね」


男「食べるの好きなの?」


女「まぁ……今夜はそうじゃないですけど……」


男「まあいいや。ほら、買ってきな」


女「悪いですって」


男「読み終わったら俺に貸してよ」


女「そうはいっても」


男「人生救ってもらったお礼を少しはさせて」


女「……わかりました。ああ、でも」


男「ん?」


女「私の代わりにレジへ……いや、お金も出してもらうのに失礼ですよね」


男「ん?」


女「買ってきます!」


男「おう、買ってらっしゃい」


/


男「意外な趣味を知れたな」


男「というか、かっこよく奢ってるけど、全部お母さんから貰ってるお小遣いなんだよなぁ」


男「そのお小遣いもお父さんの給料からだし」


男「今思えば、お父さんってすごいよな。家ではあんなんだけど」


男「あいつの家族ってどんな感じなんだろ」


男「深夜に女の子が一人でお墓に来れるってことは、やっぱりあまり心配されてないんだろうか」


男「うちの親はそもそも俺が外出してることに気づいてないみたいだけど。でなけりゃあの母さんが俺に説教してくるはずだもんな」


男「あいつのお父さんとお母さんって一体どんな…」


店員「うわぁああああああああ!!!!」


男「何だ!?」


/


女「!」


タッタッタ…


男「ちょ、ちょっと待てって!一体何が!」


店員「て、て、……!!」


男「どうしたんですか!?」


店員「て、てが、てがすり……」


男「手が?」


店員「お、お釣りわたそうとしたら…」


店員「手が、すり抜けて……」


男「手がすり抜けた!?」


店員「か、監視カメラ。店長にも電話しないと」


男「監視カメラの画像俺にも見せて下さい」


店員「き、君にはみせらんないよ。け、警察も呼ばなくちゃ…」ブルブル…


男「何があったか説明してください!」


店員「君は…あの子の知り合いなのか…だとしたら君も!?」


バチン!!


男「いてぇええええええ!!!!」


店員「いたぁあ!!!!!」


店員「なんで殴れるんだ!!しかも硬い!!」


男「おめえ何なんだよいきなり!!てかどこかで見たぞこの光景!!」


店員「誰か!!誰か来てくれ!!」


男「パニックになってる……まずいな。とりあえず女を追わないと」


/


男「やっぱりここに戻ってたか」


女「…………」


男「今から最低な考察を言ってもいい?」


女「……私に関することですか?」


男「君と出会う前からしていた考察」


女「……どうぞ」


男「ライトノベルのヒロインは、どうしてはみ出しものが多いんだろうって疑問だった。そういう方が出版物として売れるからとかじゃなくて、純粋に何故そういう物語が成立するんだろうって」


男「ヒロインは圧倒的な存在感を持ってる。凶暴だったり、奇抜だったり、半獣だったり、無表情だったり」


男「俺自体があまりラノベを読まないから、最初はその要素自体が魅力なんだって思ってた」


男「でも、こう思うようにもなったんだ。圧倒的美少女が、冴えない主人公の隣にいられる必然性を、『紛れもない短所である』性格や素性によって成り立たせようとしたんじゃないかって。美しさという長所を、中身の欠点で釣り合いを取ろうとしたんじゃないかと」


男「中身に欠点のあるヒロインは世間に居場所がない。そして主人公は、圧倒的美しさには興味があるけれど、中身なんて気にしない。むしろ、人間離れしていればいるほど、自分の隣にいる必然性が強くなってくれるからありがたいくらいだ」


男「だから、世界の大多数にとっては明らかな短所を持っていながら、それが主人公にとっては取るに足らない短所である場合、圧倒的美女のヒロインと冴えない男の関係が成立するんだ」


女「何が言いたいのでしょう?」


男「君が幽霊だとしても、君は僕の大事な人だ」

美しい少女がいるとして、それがヒロイン足り得るのは。


主人公が、ヒーローになるからだ。


一見冴えなくても。


ある日突然覚醒をして、ヒロインを守りぬく。


あるいは、弱くても戦って、ヒロインの生きがいとして愛される。


かっこいいから、やさしいから、魅力があるから、恋に落ちるんじゃない。


救おうとしてくれるから、恋に落ちるんだ。


第6話「幽霊部員と幽霊」


男の子は、ヒーローになるために生まれてきた。

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