お墓でピンポン
カン カン
女「…………」
ポン カン
女「何の音でしょうか」
スパン!
女「痛っ!」
男「よう!おまたせ!」
女「待ってないです。何しにきたんですか」
男「俺と、卓球しようぜ!!!」
/
男「ラケットも2つ分持ってきた」
女「…………」
女「鳥肌が立ちました」
男「そんなに感動することかよ」
女「いや、気持ち悪さで」
男「いいから。運動して身体をあたためないと」
女「あの、どこでやるんですか?」
男「ここでに決まってるだろ。ほら、ラケット」
女「あの、何を開き直ったふりをしているかは知りませんが、私はあなたの不謹慎に付き合うつもりなど……」
男「ほい!」ポン
女「わっ、いきなり、やっ!」ポン
男「ほい」ポン
女「ちょっと、こんなこと、あっ」ポン
男「上手上手。俺よりうまかったりして」
/
男「はい。アウト。この暗さだと見失ったら大変だな」
女「あの、やめましょう。不謹慎が過ぎます。気が乗りません」
男「こっちのサーブね。はい」
女「きゃっ!だからやらないって」
男「口ではそういいつつ身体は反応しちゃってるぜ?」
女「罰当たりですよ!こんなところで!んっ……でも、見かけによらずに……ああっ…!」
男「これでもレギュラーに選ばれてたからな。今じゃ幽霊部員だけど」
女「どうしてやめたんですか」
男「3サイズと引き換えに教えてやろう」
女「自分の3サイズなんて知りませんよ」
男「男はちゃんと測ってるんだけどな」
女「3サイズを?」
男「14cmだった。大きいときで」
女「なにが?」
男「ナニが。あっ、またアウトだぞ」
/
女「はぁ…はぁ…」
女「疲れました…寒くて息がすぐあがります」
男「不謹慎なことをした気分はどうだ?」
女「うーん、あまり実感がわかないものですね」
男「卓球をした気分はどうだ?」
女「実力差があって悔しいです」
男「精進したまえ」
/
女「…………」
男「…………」
女「…………」
男「よっこらセック」
女「好きな異性の話などはないのですが、好きな先生がいました」
男「(危ねぇ大事な話をしはじめる雰囲気を壊すところだった)」
女「中学時代の女性の担任です。明るくて、やさしくて、快活で、なにより容姿が美しいひとでした」
女「たまたま二人きりになったことがあるんです。私は憧れている女性といるのが気まずくて、部屋から出ようとしたのですが、先生から話してくれたんです」
女「学校の先生は、学校が嫌いだった人がなるべきなのに、学校が好きだった人しか先生になろうとしないと」
女「その先生も学校が昔嫌いだった時期があったそうです。だからこそ、理想の先生像を思い浮かべたり、学校が嫌いそうな生徒の気持ちにもよりそうことができるとおっしゃっていました」
/
女「私は先生がますます好きになりました。私もいつか、学校の先生になろうとしました」
女「しかし、先生の受け持つクラスでいじめがおこってしまいました。被害者は誰だと思いますか?」
男「もしかして、あんたか?」
女「その答えを期待していましたが、不正解なんです。被害者は、先生でした」
女「先生は、日に日に疲れていく様子が見えました。そして卑屈に馴染もうとしたり、無理やり笑う回数も増えていきました」
女「学校が大嫌いだった頃の先生に戻ったかのようにみえました」
女「そして、私の夢から学校の先生はなくなりました」
女「以上です」
男「後味悪っ」
女「そうでしょう」
男「でも話してくれてありがとう」
女「あら、こちらこそ」
/
女「今日はもう帰りましょうか」
男「ああ、そうしよう。もう遅いしな」
女「それをいうなら会った時点で丑三つ時でしたけどね」
男「そろそろ昼夜逆転のひきこもりが眠りにつく時間だ。じゃあ、また明日」
女「明日もここに来るんですか?」
男「来るよそりゃ」
女「何をしに?」
男「何もしない」
女「それは、いいですね」
男「いいだろ」
女「私も明日、ここにきて何もしない予定です」
男「うん。じゃあまた」
女「また」
/
男「こんばんわ」
女「こんばんわ」
男「あっ、髪型少し変わったな」
女「変えてないです。というか、こんなに暗いのにわかるわけないじゃないですか」
男「今日は曇り気味だからな。夜の天気なんて、ろくに気にしたことなかったけど」
女「なんで髪型変えたなんて言ったんですか」
男「見てるってことを伝えることに意味があると思って」
男「床屋に行った帰り道、前髪が切られすぎたことを気に病んでしまうんだけど、翌日学校に行ってみると自分が髪を切ったことにすら気づかないやつさえいる」
女「女同士ならそんなことないですけどね」
男「自分にとってだけは自分の変化というのはとても大きいものだ」
女「変わったって言われると、変わっていなくても嬉しく感じてしまうものですね」
男「でも、なんか昨日までとは違う感じに思ったんだけどな」
女「もしかしたら、あなたの私を見る目が変わったんじゃないでしょうか」
男「ん、どういう意味だ?」
女「知りませんよ。私が知っているのはあなたが昨日爪を切ったことくらいです」
男「……うぉっ!よく気づいたな!俺でさえ忘れてた!」
女「ふふ、観察力はあるんです」
男「世渡りが上手そうだ」
女「世界はそんな単純じゃないですよ」
男「世界って言葉不思議だよな」
女「どんなところがでしょう」
男「よく使うじゃん。世界が広がった、とか、世界が悪い、とか、世界を救う、とか。どの範囲までを指してるんだろうって」
男「曖昧で、漠然とした言葉の割には、みんなちゃんと同じ範囲を想定して使えてる気がしてさ」
女「たしかにそうかもしれませんね」
男「日本なのか、六大陸なのか、地球なのか、宇宙まで含むのか。死後の世界まで含むのか」
男「よくわかんなくなってさ、結局最後は"自分"って言葉に置き換えるとしっくりくるんだよ」
男「"自分が広がった""自分が悪い""自分を救う"」
女「なるほど。よく考えてますね、世界のこと」
男「世界の中にいる自分のことを、だな」
/
女「孤独っていうのも不思議な言葉ですよね」
男「一人で何ができるかで、その人の孤独具合が決まると思う」
女「一人でご飯を食べてるから、友達がいないということですか?」
男「そういう場合もあるだろうけどさ」
男「一人でボーリング行ったことある?」
女「友達ともないです」
男「一人で焼肉行ったことある?」
女「友達ともないです」
男「一人でカラオケ行ったことある?」
女「友達とも……」
男「えっ、ないの!?」
女「あ、あるんですか!?」
男「え、う、うん…どうだったかな…」
女「いいですよ気を遣わなくて……で、何の話でしたっけ」
男「孤独から遠ければ遠い人ほど、これらのことができるというわけさ」
男「自分を認めてくれる恋人がいる人や、周囲が羨むような容姿を持って生まれた人は、独りで行動しても平気なんだよ」
女「すみませんねいつも自分の殻に閉じこもってばかりで」
男「べつにあんたがどうだと言ったわけじゃないさ」
女「深夜のお墓で一人だって平気な人はどうなんですか」
男「それは、うーん」
女「モテますか?」
男「モテるモテる」
女「あなたと一緒だから説得力無いです」
男「ちくしょお慰めようとしたのに」
女「うふふ」
/
男「そういえばさ」
女「はい」
男「どうして敬語なの?」
女「最初そうだったので」
男「俺は最初からタメ口じゃなかったっけ」
女「普通初対面の人とは敬語で話すものですよ」
男「でも今初対面じゃないじゃん」
女「たしかにそうだ」
男「えっ」
女「ほら、違和感あるでしょ」
男「別にいいけど」
女「まぁ敬語だと距離感も置けますしね」
男「ちょっとちょっと、俺ら連れションの中じゃん」
女「その様なことは決してございません」
男「うわ、さらに距離感開いた」
/
女「でも、話している限り私の方が年齢高い感じはしますね」
男「そんなこたぁない」
女「まぁまぁ、女性の方が精神年齢が5才高いとも言うじゃないですか」
男「あんた何歳なんだろう」
女「これで私があなたより年上だったら、あなたはもう次のターンから微妙に敬語を使い始める気まずい展開になるかもしれません」
男「うわ部活で同じ新入部員だと思って話しかけたら先輩だった時にあるパターンだ……」
女「別に私は言うのは構いませんよ。年齢にかかわらずそのままタメ口で話されることも」
男「うーん、制服姿ということは俺と近いはず……制服もこれ近くの高校で見たような気もする……」
男「うーん……もしかしたら……たしかに……」
女「絞り込めそうですか?」
男「病気で寝てる俺を夜通し世話してくれるメイド姿の1個下の妹がほしいな」
女「いつの間にあなたの願望の話になったのでしょう」
/
男「あんたは俺の年齢わかる?」
女「高校3年生が受験勉強もせずに、大事な冬の時期にこんなところで油を売ってていいのかなとおもっています」
男「あれ!?話したっけ!?」
女「女性は色んなものを見ているんです」
男「うう、参った……。大人びてるし、あんた、やっぱり年上?」
女「それだと高校4年生になっちゃいますよ」
男「遊んでばかりいたら留年する可能性だってあるだろ」
女「私が大人びてた話どこかにいっちゃったんですか」
/
女「というより、受験勉強しなくていいんですか?」
男「しないとまずい」
女「でもしてないんですか?」
男「そうだな」
女「不思議ですよね。受験勉強なんて、絶対にしたほうがいいに決まってるじゃないですか。なのに、ただめんどくさいという理由でやりたくないんですよね」
男「あんたは勉強好き?」
女「まぁ、運動よりは」
男「体育の授業、男子生徒で嫌いなの俺だけだったろうな」
男「『体育の授業だけを楽しみに学校来てる』みたいな友達も多いよ」
男「バレーボールのサーブもろくに入らない、敵のアタックも打ち返せない、俺からしたらプチ地獄だ」
女「でも卓球は得意だったんでしょう?」
男「玉遊びには自信がある。今はピンポン玉2つで毎晩遊んでるぜ」
女「下ネタ中にすみませんが、自分が褒められそうな話題になったから、恥ずかしくて誤魔化したでしょう?」
男「え、いや、別に……」
女「あなたには得意なこともたくさんあるのに、あなたの性格がそれを押し隠そうとしてる、みたいなことがとても多いと思いますよ。あなたには人より優れた能力や感性があると思います」
男「う、ええ…うーん……」
女「おやおや、やはりレシーブは苦手なようですね?」
/
男「そういえば、もうお墓参りしなくていいのか?」
女「こうやって今日もお墓に来てるじゃないですか」
男「あの、あんたの家族のお墓に祈らなくていいのかってこと」
女「家族かどうかはさておき、しばらく放置しておくことにしたんです」
男「そっか」
女「墓標に対して波阿弥陀仏を唱えることを、やはり祈ると表現するのですかね」
男「拝む、だと少し違う感じもするよな」
女「そうですね」
男「それにしても、ちょっと眠くなってきたな」
女「今日はもう帰りましょうか」
/
女「おやすみなさい」
男「おやすみ」
女「…………」
男「かえる、かぁ」
女「どうしました?」
男「俺は今からお家に帰る」
女「はい」
男「死者の魂が、帰宅の帰るだと現世へ戻ってくるイメージなのに」
男「生還や帰還の還るだと、常世へ行くイメージ」
女「つまり…?」
男「俺は今、寝ぼけているということだ」
女「そうかもしれませんね。今度こそおやすみなさい」
男「おやすみ」
/
女「…………」
女「やっぱり何もないなんてこと、ないと思いますよ」
女「今のあなたをここまで絶望させるくらいに、あなたの中にある美しい思い出のヒロインは素敵な人なのでしょうか」
女「ずっと遠くで見ていたのでしょうか。それとも、ずっとそばにいて手を出さずにいたのでしょうか」
女「ふふっ、こんなんじゃ嫉妬深き宇治の橋姫みたいになってしまいますね」
女「もしもあなたが結ばれるようなことがあったら、もう真夜中に立ちションするような迷惑行為は終わるのでしょうか」
女「それとも、やはり立ちションは単なる性癖で、これからまた再開するのでしょうか」
女「まったく。あなたのせいで、1人の時間に考えることがまともではなくなってしまいましたよ」
女「はぁ。いずれにしても」
私はわかっています。
これは、終わりのある物語だということを。
絶望が終わらない苦しみよりは、希望が終わってしまう悲しみを私は選ぶでしょう。
あなたが、同情なのか、哀れみなのか、些細な好奇心なのかはわかりませんが、私にかまってくれることの恩返しとして。
私も、気まぐれを動機にして、残りの時間にあなたの役に少しでも立てたらと思います。
次回「全ての過去に打ち勝つ今日」
さて、今日は、どんな不謹慎なことをするんですか?