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丑の刻参り

男「もしも透明人間になれたら、俺は女湯なんかに行かないで、プリクラ撮ってるJKの後ろに全裸で立つスリルを味わうね」


女「おまわりさんこいつです」


男「う、うわ!びっくりした!今の独り言聞いてたの!?」


女「今の独り言だったんですか!?」


女「というか、なんでまたいるんですか。こんな真冬の、こんな夜中の、こんな墓地に」


男「君こそどうしてまた来たんだよ」


女「私の話はいいです。まさか、今夜も立ちションしにきたんですか?」


男「今夜も立ちション見に来たのか?」


女「見に来てません!私を痴女にしようとするのいい加減やめてください」


男「人にばかり性癖を語らせて、自分だけ話さないのはずるい痴女だと思います」


女「私は痴女じゃないからそもそも話して面白いような性癖もありません」


男「話しても退屈なような極普通の性欲しかわかないってことか」


女「そっちの方が生々しいんでやめてもらえます?」


男「好きな異性の仕草くらいあるだろう。壁ドンとか、親子丼とか、姉妹丼とか」


女「壁ドン以外を知らないのですが。それに壁ドンなんてされても怖いだけですよ」


男「墓ドンとかどうかな。墓に押し付けて壁ドン」


女「壁でよくないですかそれ」


男「もう一回遊べるドン。一度壁ドンしたあとに、もう一度壁ドンをする」


女「恐喝しているみたいです」


男「天ドン。ボケながら壁ドンをすることを素早く何度も繰り返す」


女「天丼っていうボケを繰り返すお笑い用語ありましたね。というかそれ恐喝レベルあがってます」


男「テポドン。めちゃめちゃ威力の高い壁ドンをする」


女「もはや政治に関わるのでそのくらいでやめてください」


男「よくも真夜中からくだらない雑談に付き合ってくれるものだ」


女「本当ですよ。昼間にふさわしい話題でもないですが」


男「こんな遅くまで起きてて昼間寝不足にならない?」


女「私は夜を生きるので。あなたこそ、眠かったらどうぞお帰りに」


男「あんたはまだ帰らないのか」


女「あなたとは違って、私は用があってここに来たんです」


男「用を足しにきたのか?俺と同じじゃないか」


女「用事があってきたんです!というか、あなた用を足しにきてるんですか!」


男「そうだな。昨日はたまたま近くにあったあのお墓で用を足したからな」


男「今日からは毎日、世界への恨みを晴らすために、一番端にあるお墓から順番に立ちションしていこうと思う。目標は100個だな」


女「恨みは晴らそうとするほど自分の心が曇っていくものですよ。退屈な道徳観でわるいのですが、お墓参りする人の気持ちを考えたことあります?」


男「俺だって祖父や祖母の墓参りをしたことはあるさ。あまり話したことはなかったけどな」


女「自分のお母さんが亡くなったとして、お母さんの墓標に立ちションしている人がいたらどう思います?」


男「仮定の話はやめよう。"もしも貧困国の子供に生まれて、日本の大学生が募金もせずに漫画を買ってたらどう思うか"と聞かれたって、募金する気にはなれないだろう?」


男「俺の立ちションは誰にもとめられないのだよ。ふははは!!」


女「警察に通報すれば簡単にとめられますけどね。尿という証拠も残ります」


男「でも通報しないんだろ?」


女「はい。通報もしないし咎めません。あなたの特殊な百度参りが達成できるといいですね」


男「じゃあ今からしてくる」


女「勝手にして下さい」


男「あんたは見にこないのか」


女「なんで私が見たがってると思ったのか疑問しかわきません」


男「なぁ、むしろ一緒に立ちションしないか?」


女「いってらっしゃいませ」


男「なんだよ連れねえなあ。連れションだけに」


/


男「それにしても、なかなかに広い墓地だな」


男「この町で育って今までも何度も見かけたはずなのに、全く意識を向けたことがなかったな」


男「本当、暗いし寒い。民家も少し離れてるし。小学生のときの自分じゃ絶対来れなかっただろうな」


男「いつの間に夜中が怖くなくなってしまったんだろうな。夜中の不気味さよりも嫌いなものに昼間が囲われてしまったからかな」


男「世界が悪いんだ」


男「よし、これかな。名前から察するに、お爺ちゃんの墓だろう」


/


男「誰も見てないよな」


男「チャックをおろして…」ジィー…


男「女はもうどこにいるかすらよくわからんな」


男「わるいな、爺さん。あんたには恨みがないが」


男「ここで、放尿されてもらうよ」







ジャー……


/


女「用は済みましたか?」


男「ああ。最高の気分だった」


女「本当に人の気持ちを考えないんですね」


男「朝墓参りする人が何事もしらずに済むように、こうして夜中に小便かけてるじゃないか」


女「都合の良い言い訳をまたすぐつくって」


女「放尿される故人は何を考えてると思います?される方の気持ちこそ考えたらどうですか」


男「知るかよ。死後も自分を心配してくれる人がいていいですね、としか思わない」


女「……そうですか」


男「そうだよ。ところで、あんたは用は済んだのか?」


女「あなたに話す義理はないです」


男「いつからこの墓に来てるんだ?」


女「嫌な人が現れる前からは」


男「さっきより一段と機嫌が悪いな」


女「私もう帰りますね」


男「そんなにカリカリするなよ。もしかして今日……、スーパームーンの日?」


/


男「殴りもせず帰りやがった」


男「…………」


男「生理だったらそういえよ」


男「…………」


男「あいつ、いつも何しに来てるんだ」


/


男「こんばんは」


女「また来たんですか」


男「百度参りが終わるまでは」


女「そうですか。どうぞご自由に」


男「あんたこそ毎晩何しにきてるんだ」


女「お墓への用事なんて普通1つでしょう。まぁあなたみたいな人を除いては」


男「お墓参り?」


女「正解です。では、今日はこの辺で」


/


男「こんばんは」


女「また来たんですか。本当に100個のお墓に放尿する気ですか?」


男「しちゃ悪いかよ」


女「悪いですよ」


男「俺は悪いことをしにきてるんだよ」


女「そうですか。それじゃあ私は用があるので」


男「つれねぇなぁ。用があるって同じ墓地だろ」


女「独り言をまた楽しんでいればいいじゃないですか」


男「はいはい。独り言と尿による真夜中のオーケストラを楽しんでおくよ」


女「吹奏楽部の人が聞いたら怒りますよ」


男「幸いここには卓球部しかいないからな。俺が伝説の卓球部員だって言ったら」


女「信じてあげますが、放尿の音は聞きたくありません。それではごきげんよう」


/


男「なぁ、あんた」


女「こんばんは。また来たんですか」


女「その継続性を人生の早いうちから役に立つことに使っていれば、こうやってお墓に放尿する人生を送らずに済んだのではないでしょうか」


男「継続してきたさ。何事も継続しない無意味な日々をな」


女「手を顎にそえて言ってもかっこよくないです。何を言ってもあなたの放尿の正当化にはつながりません」


男「今日はもう用事は済んだのか?」


女「いえ、これからです。あなたは?」


男「俺もまだ用を足すという用を達してない」


女「んんーわかりにくい」


男「あんたと会話する前に放尿してはいけない気がしてな。あんたに放尿の許可を取らないといけない気がしてしまう」


女「許可してないですし!なんですかその毎晩の儀式みたいな」


男「俺は今自分の中にある罪悪感と戦っているんだ」


女「それこそ負けるが勝ちですよ。それが本心なんです」


男「本心に逆らって放尿してるのか俺は」


女「人間は複雑ですね」


男「あんたも何か隠してないか?」


女「隠すも何もさらけ出そうともしてません。あなたと違って」


男「夜風に自分の分身を晒すのはなかなかいいぞ」


女「心のはなしですからね。ところであなたは私の何を疑っているんでしょう」


男「ふっふっふ。あんた、墓まいりしていないだろう」


女「じゃあ何をしていると?」


男「丑の刻参りだよ」


女「ほう」


/


男「こんな真冬の、こんな丑三つ時の、こんな墓地」


男「あんたには失礼な表現になるが、よっぽど頭のおかしいやつしかそんな時分に訪れない」


女「言葉が跳ね返ってますよ」


男「丑の刻参りは人に儀式をしている姿を決して見られてはいけない」


男「だからあんたはわざわざこの時間を選んでやってきたんだ」


女「…………」


女「死んでしまえばいいと思ってた人がいたんです」


男「やっぱり…!」


女「その者の身体を確かに消滅させることはできました」


女「けれど、魂だけはどうも消滅しきらないようです」


女「毎晩、毎晩、ここで祈り続けても、しぶとくこの世に縋り付いているんです」


男「な、何を言ってるんだ」


女「丑の刻参りは、その姿を誰かに見られたら呪いが自分自身に跳ね返ると言われています」


コツ…コツ…


男「ちょ、近づくな、ストップ!!」


女「そして、丑の刻参りを目撃した人はすぐさま逃げなければならないと言われています。何故だかわかりますか?」


男「ちょっと止まれ!!尿!!尿かけるぞおらぁああああ!!!」


女「目撃者を殺せば跳ね返りがなくなるからです」


男「俺は見てない!!本当だ!!信じてくれ!!」


女「知られてしまえば同じことです」


女「もう底無しの精神状態だって以前言ってましたよね」


女「本当に底無しかどうか、試してみましょうか」


グググ……


男「ぐお……」


女「ふふふふっ」

「さむしろに 衣かたしき 今宵もや われを待つらむ 宇治の橋姫」


昔から橋は"この世とあの世を繋ぐ場所"だと考えられていた。


嫉妬に狂い丑の刻参りを果たした宇治の橋姫の逸話により、宇治橋に縁切りの風習が生まれたのは皮肉なことであろう。


死を象徴する墓地において、生の価値をあの子に教えてもらったことも、また皮肉なことなのだろう。


この世とあの世を繋ぐ橋。


自分とあの子を繋ぐ墓。


あの子と誰かを繋ぐ墓。


宇治の橋姫は、誰しも心の中に持つ。


次回「世界で一番不謹慎」


好きな人を独占したいという気持ちは、そんなに罪深い呪いなのだろうか。

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