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卓球部の幽霊部員

男「不謹慎な!」


女「不謹慎で不衛生ですね」


男「そんなに離れた位置からじゃ見えないだろ」


女「確かにこんな真夜中だと視覚はあまり働きませんが、においは暗闇でも伝わってきますし」


男「今臭いで判別したと言ったのか?」


女「言いましたけど」


男「君は自分以外の人間の小便の臭いを嗅いだことはあるのか?」


女「あるわけないじゃないですか」


男「なのにどうして小便の臭いだと判別できたんだ」


女「何を言いたいのでしょうか……」


男「つまり、こういうわけだ」


男「“私は、私が生まれてから垂れ流してきた汚水の臭いと一致する臭いを、あなたに見出しました”」


女「!?」


男「僕の小便の臭いと、君の小便の臭いが同じだと言いたいわけなんだな?」


男「おそろいだというわけか」ニヤリ…


女「き、気持ち悪い!!」


/


女「そもそも、手にビール瓶を持ってないじゃないですか!ここからでもそれくらいわかりますよ」


男「じゃあ何を持っていると思ったんだ」


女「えっ?」


男「臭いだけが判断材料ではなかったということだろう?」


男「君は僕の手にしている何かを見て、墓標にかけた液体がビールではなくて小便だと主張したいわけだ。なら、僕が手に持っていたものは何だと思ったんだ?」


女「べ、べつにここからじゃ、遠いですし…」


男「言葉にしないとわからないぞ」


女「月明かりくらいしかないから暗いですし…」


男「さぁ、答えよ!僕が今持ってるこれは何か!」


女「えっ!今も持ってるんですか!」


男「さぁ!!さぁ!!!」


女「と、とにかくビール瓶はここから見えないほど小さくありません!!」


男「    」


/


女「まだ持ってるならしまってください」


男「    」


女「先にセクハラしてきたそっちが悪いんですからね」


男「    」


女「というか、墓標に小便してたあなたがわるいんですよ」


男「    」


女「自分が何をしたかわかってます?どれだけ心の闇抱えてるんですか」


男「    」


女「私が通報しないだけありがたいことだとおもってください」


女「今のあなたを見て、あなたの全てが悪であるとは思いません。私だって心が苦しい時に、理性の欠片もない悪いことをしていたこともあります」


女「今私の前にいるあなたが異常な人間だとしても、明日には友人を笑わせている心優しい人間に戻っていることを想像してあげます」


女「あなたの気持ちも少しはわかるんです。だから今日はもう帰って……」


男「立ちション趣味あるんですか!?えっ!?えっ!?」


女「自暴自棄になる気持ちに共感したんです!!変態趣味には興味ありません!!」


/


男「それにしても、惜しいな。今日がスーパームーンだったら、もっと明るかった。君も僕に生まれつき付いているビール瓶の大きさにさぞ驚いていたと思う」


女「何を今更見栄張ってるんですか。というか認めましたね。見栄をはるためにわかりづらい例えを用いながら小便かけてたこと認めましたね」


男「それをいうなら、どうして君もわざわざ丑三つ時にこんな墓地で露出プレイをしに来たんだ。冬にコート一枚では火照りも冷めてしまうだろう」


女「しようとしてません!律儀に会話に付き合っているのが不思議に思えてきました」


男「俺もこんな時間に自分以外の人がいて驚いたよ。思わず漏らしそうになった」


女「立ちションはしてましたけどね」


男「まだ言うか!!れっきとした俺の親友の墓に、俺はビールをだな」


女「まだ認めないんですか」


男「証拠はあるのか証拠は。ま、まさか、確かめる気か!?」


男「ぺろ……!これは、アンモニア!」


女「味見しません!一つ質問をするので、それに答えてください」


男「こいよ」


女「そのお墓に書かれている名前はなんですか」


男「えっと」チラ…


女「チラ見しないでください」


男「やべ、ど忘れしちゃったな……尿道の先端まで出かかってるんだけど……」


女「それを言うなら喉元まででしょう」


男「ええと……コナン……未来少年コナン!」


女「咄嗟に名前出すならせめて名探偵の方にしてください。そこ、女性の名前が書かれているでしょ」


男「えっ……うわ、まじだ」


女「これであなたが嘘ついていることがばれましたね」


男「というか、そこから名前が見れるなら俺のアレも本当は見てたんじゃないか?」


女「それは見てません!」


男「……」チッ…


女「どうして今舌打ちしたんですか!あなたこそ露出狂なんじゃないですか!」


/


女「いいですか。墓標に小便かけるのは犯罪ですよ。もっと後ろめたそうにしたらどうですか」


男「墓標に小便かける精神状態の時点で、もう底なしの状態にいってるのを承知して欲しい。かけてないけど」


女「犯罪者になるほどつらい目にあったから犯罪するのを許してくれってかなりおかしなはなしですよ」


男「むぅ……」


女「かわいくないです。もう見逃してあげますから去ってください」


男「去ったあと警察に通報しないよね?」


女「こんな時間にお墓に訪れるほど私も世界に失望しているので、世界がどうなろうが知ったこっちゃありません」


男「それは俺も思った。こんな時間にお墓うろついている男がいて怖くないの?」


女「大丈夫ですよ。だってこんな時間にお墓にうろついてるんですよ?」


男「ん?」


女「そんなの、幽霊に決まってるじゃないですか」ニヤニヤ


男「えっ?どういうこと?この人怖い」


女「触れようにも触れられないんですもん。掴もうが殴ろうが」スタスタ


男「(あれ、俺幽霊だと思われてる?たしかに卓球部の幽霊部員ではあるが……)」


男「(A.幽霊だから殴ろうがかまわない)」


男「(B.卓球部員の幽霊部員だから殴ろうがかまわない)」


男「(多分Aの思考回路だろう。Bなら人間として最悪だ。いずれにせよ俺は殴られそうになっている)」


男「というか、普通幽霊であること自体に恐怖を感じないか?幽霊と生者間で暴力が通じる通じないの話の前にさ」


女「何をしても何も起こらないから何をしてもいいって最低の贅沢ですよね」


男「ちょ、うわ、近い近い!怖い」


女「ふふふふ。何してみようかな」


男「落ちつけ!!卓球部員は触れられるし痛覚もある!!」


女「あ、当たり前じゃないですか!!」


男「気づいてくれたか!!よかった!!さぁその拳を下ろ…」


女「か、身体つきでわかるものなんですかね…でも私途中で部活行かなくなったし…もしかして雰囲気とか…」


男「ん?」


女「べ、別に卓球だっていいじゃないですか!!」


男「(卓球部員だったのか…しかも幽霊部員の。俺と全く同じじゃん)」


女「あなたみたいな人は目潰しされればいいんです」


男「ちょ、うわ、落ち着け」


男「よせ!近づくな!!危ない!!」


女「うふふ、私が怖いですか?」


男「違うよ!!足元!!」


女「足元?注意をそらそうとしても無駄ですよ」


女「そういえば幽霊に足がないっていうのはある時期を境に流行り始めた演出なんだそうですよ」


女「幽霊なら蹴ろうが踏もうが……」


ビチャッ


男「あっ」


/


男「大丈夫」


男「大丈夫だよ」


女「…………」


男「だってそれ、ビールだから。あんたが今踏んでる液体」


女「…………」


男「ビールだから。ビールだと思えばね」


女「…………」


男「動物のおしっこが蒸発して雨水になる。その雨水を濾過してできた綺麗な水からビールがつくられ、それを飲んだ人間が放尿してまた雨水へと還る。君が踏んだ液体も、元をたどればビールだったかもしれない」


女「…………」


男「さっ、そろそろ帰ろうか。丑三つ時ももう過ぎた。昼夜逆転した幽霊部員もお家に帰る時間だよ」


男「ということで、さよなら。ビールを踏んだお嬢さん」


女「ちょっと」


男「おっと?」


/


男「いてぇええええええ!!!!」


女「いたぁあいぃいいい!!!!!」


女「ちょっと!!なんで殴れるんですか!!しかも硬い!!」


男「俺ただの幽霊部員だからね!!幽霊部員も頭蓋骨はかたいからね!!」


女「うぅううう、最悪!!もう帰ってください!!!」


男「帰るわ!!!そちらこそ露出狂のお仲間と遭遇しないように!!」


女「あなたといる以上に危ない目になんてあいません!!」


男「そりゃどうも!!小便踏みつけたお嬢さん!!」


女「ああああっ!!ついに認めました!!!認めてほしくなかった最大の瞬間に認めました!!!」


男「今度はスーパームーンの時にあいましょう!」


女「この変態!!」

家に1人でいられる日は、学校にも行かずに映画を観ていた。


名作と呼ばれる映画のヒーローとヒロインの出会いはどれも最低か最悪だった。


例えば雪の上を靴も履けずに立っているところや、いじめっこに見立てた大樹をナイフで刺しているところを見られる、等。


私と彼の出会いがそれ以上に滑稽だったのは、二人があまりにも、ヒーローとヒロインにふさわしくなかったからだろう。


けれど。


救う人のいない世界で、救われない二人が出会ったことは、真夜中の墓地に到底似合わぬ明るいはじまりをもたらした。


雨のあとの、虹のように。


次回「丑の刻参り」


お互いを救い合おうとした丑三つ時の御伽噺。

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